1.ユーシとガクトと月末の予定





「うちの母が、足を怪我したんです」
それはいつも通りの昼休みに、ユーシの教室で昼食を食べているときだった。夏休みが終わり、二学期が始まってもうすぐ一ヶ月。十月の足音と共に秋の訪れをそこかしこで感じながら、ユーシは日吉の言葉に渋面を作ってしまった。脳裏にぽんと浮かぶには、何度か遊びに行った際にもてなしてくれた日吉の母の顔である。この無愛想な息子を産んだとは思えない、とても明るく愛嬌のある女性だった。思い返せば初対面、玄関の敷居をまたいで迎えられた瞬間が蘇る。はじめまして、とユーシが声を発した瞬間、きゃあああ、だか、ぎゃあああ、だか表現しがたい奇声を挙げて、日吉の母は文字通り廊下で飛び上がったのだ。何なん、とユーシが驚きと困惑で呆然としているのを余所に、横ではガクトと日吉が「こうなると思った」といった表情をしており、後に聞いたところによると日吉の母は中の人、所謂キャラクターを演じる声優やらキャストやらに萌える性質らしく、ユーシの「忍足侑士」と瓜二つの声を聴くのを非常に楽しみにしていたらしい。ボイスレコーダーを差し出され、「この台詞を言ってみて!」と強請られ、ボーイズラブの台本を読まされそうになったのは苦すぎる記憶だ。思わず顔が引き攣るが、とりあえずユーシは無難な返事をしておいた。
「・・・・そうなん。大変やんなぁ」
お大事に。そう付け加えれば、ありがとうございます、と律儀に日吉は答える。ちなみに昼食を食べ終え、残った時間をのんびりと話しながら過ごしている最中だ。クラス内も休み時間独特の騒がしさに満ちており、そんな中でガクトは携帯ゲーム機を取り出してぴこぴこと何やらやっている。学校やで、とユーシが注意すれば、平気平気と手を振り返され、どうやらゲームの先が気になっているらしい。タッチペンをせわしなく動かし、イヤホンは片耳だけにつけ、もう片方の耳はちゃんとユーシと日吉の話を聞いているようだ。
「捻挫ですから家の中ならどうにか動けるんですが、外出は出来なくて。最近は買い物も俺の仕事ですよ」
「ええやん。今のうちに親孝行しとき」
「俺は忍足さんと違うので常日頃からしています」
「言うてくれるなぁ」
「で、その母なんですが」
ぴこぴこと視界の隅でタッチペンを動かすガクトをちらりと見やり、日吉は話を続ける。
「今週の土曜日に、どうしても外せない用事があったらしいんです。でも怪我をして行けなくなったので、代わりに俺に行って来いと言ってまして」
「・・・まさか、それに付き合えっちゅーんか? テニミュやないやろな」
「セカンドの氷帝戦はこの前終わりましたよ。場所は池袋なんですけど」
「それやったら構へんで。俺もその日は空いとるしな」
「母から映画のタダ券を貰っているので、それで礼をします」
「気にせんでええのに。ガクトはどうや? 土曜、行けるんか?」
「んー? 別に行ってもいいけどさ」
ぴこぴこぴこべし。何故だか最後のタッチペンが乱暴だった気もするので、もしかしたらゲームのストーリーが気に食わなかったのかもしれない。心なしか唇を尖らせて、ガクトはユーシを見てくる。三秒経った後、今度は日吉へと視線を移した。すると何故だか日吉は顔を背けた。後輩にあるまじき生意気な態度が常で、睨まれたら睨み返す日吉なのに珍しい。ユーシがそんなことを考えていると、ガクトは大人びた仕草で肩を竦めた。
「池袋だろ? 映画のタダ券。でもって日吉の母さん」
「それがどないしたん?」
「べっつにー。ユーシが自分で言ったんだからな。自分の言葉には責任持てよ?」
「何やそれ、えらい物騒なんやけど」
「じゃあ土曜日の十時に待ち合わせでいいですか」
「映画、十時四十分の回? だったらいんじゃね? 場所は?」
「イケフクロウだと混んでいるので、ラビの二階のカーナビ売り場の前でいいんじゃないですか」
「えらい渋い待ち合わせ場所やな」
ガクトの台詞を遮るように日吉が待ち合わせ場所を決定し、了解、とユーシも頷く。それじゃあ失礼します、と日吉が弁当箱を持って立ち上がった。昼休みも残り五分になっており、もうすぐ予鈴が鳴るだろう。先輩の教室だというのに堂々と歩いて去っていく背中を眺め、ユーシはガクトへと声をかける。
「そろそろ止めな見つかるで。っちゅーかガクト、何のゲームしとるん?」
「んー、ドキサバ?」
教室の入り口で、日吉が物凄い顔で振り向いた。





え、ドキサバって何なん? 有名なゲームなん?
2011年10月2日