「君たちはキャラクターだ。それぞれの役に慣れるためにも、プライベートを持ち込むことは一切禁止する。稽古場においても呼び合う際は互いの役の名前で。言動や感情も、ちゃんとその役になりきって振る舞うこと。いいな?」
演出家の指示に、「はいっ!」と威勢の良い返事が何重にも重なる。顔合わせということで集められたメンバーは五十人を超え、その中でぽつんと少年は、「向日岳人」は呆気に取られていた。この期に及んでも彼はまだ、現状をうまく理解出来ずにいた。俺、何でこんなとこにいるんだろう。それが彼の率直な心情である。視線を落とせば、机の上にあるのは一冊の台本。ミュージカル・テニスの王子様。何これ。もしかして数日前、誰かから電話を受けていた姉ちゃんがすっげーハイテンションだったことと何か関係あんの? そういやあの日の晩御飯、焼き肉だったっけ。母さんも嬉しそうだったし、やけにいい肉だったし、美味かったし。あ、ちょっと腹減ってきたかも。チョコ食べたい。それか帰りにサーティーワンでアイスとか。
「・・・くと、岳人」
「ジャモカアーモンドファッジ食いたい。ストロベリーチーズケーキと大納言あずきのトリプルで。ショコラフランボワーズのクレープがついたらもう最高」
「何や、アイス好きなん? 練習終わったら食いに行こか」
独り言のつもりで呟いた言葉に返事がついてきて、うん、と反射的に頷いた後に「あれ?」と顔を上げれば、机に手をついて覗き込んできている美形の顔がある。丸眼鏡の奥の瞳が細められ、うっわ男前、と呟けば、彼は低く甘い声で「おおきに」と笑った。
「誰?」
「侑士や。忍足侑士。よろしゅうな」
「ゆーし」
「何や、えらい可愛らしいなぁ、俺のダブルスパートナーは」
ほら移動やで、と促されて立ち上がれば、いつの間にか周囲も何人かずつ固まって移動し始めようとしていた。どうやら先ほどの話の大半をスルーしてしまったらしい自分に気づいて慌てれば、隣に立つ青年、「忍足」が心配ないで、と笑う。
「次は学校ごとの顔合わせやて。氷帝は隣の部屋や」
「ゆーしって歳いくつ? 大学生?」
「それは言えへんなぁ。プライベートの詮索は禁止やて、さっき演出家の先生が言うてたやろ? 俺は忍足侑士で、氷帝学園中等部の三年。そんで岳人、おまえの相棒や」
「がくと。俺、岳人?」
「せや。一緒に頑張ろうな」
リアルで中学三年生の自分とは違う、限りなく大人の男に近い掌に頭を撫でられて、少年は、向日はきょとんと眼を瞬いた後に笑った。まるで太陽のような満面の笑みは確かに「向日岳人」のイメージ通りで、猫のように大きな瞳が見上げてくれば、少しだけ与える強気な印象も間違っていないのだと周囲に知らせる。さすがやな、と忍足は彼を見初めた演出家たちを内心で褒め称えた。聞いたところによると、向日役は一見で決まったのだという。一応の体裁として歌やダンス、そして欠かせないアクロバティックな動きをやらせてはみたが、その中でもやはり群を抜いていたらしい。小さくて可愛らしくて、そして強気で男らしい向日岳人。ぴったりや、と忍足は隣を歩く少年に思う。
「ゆーし! 終わったらアイス食いに行こうぜ!」
「ええよ」
「ジローとか宍戸とかも行くかな? 跡部に奢らせればいっか!」
「いや、さすがに財布の中身まで跡部にはなれへんやろ。苛めたらあかんで」
ぴょんぴょんと跳ねるように歩く向日に、忍足は失笑した。自分たちの会話がまるで原作のふたりそのままのようで、これからの未来が殊更楽しみになってきた。





『ユーシとガクトと』のプロトタイプ。テニミュ、むしろミュキャス話。こんなネタが巡り巡って何故か冬コミ話になりました。
2011年8月5日