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番外編:マサハルとヒロシとレストラン
「オーニーイーチャーン」
「何ですか、可愛い弟」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「予想以上に気持ち悪いのう」
「まったくですよ。君の軽口に乗ってあげた私の労力を返してほしいものですね」
うんざりといった様子で顔を顰めあう青年がふたり。亜麻色の髪を持つ「お兄ちゃん」と呼ばれた方は、三人掛けソファーに横になって分厚い経済書を開いている。片や「弟」と呼ばれた方は銀髪の髪を揺らして、ソファーの手前のフローリングにクッションを敷いて胡坐をかいた。本からちらりと視線を寄越して、兄は弟へと会話を投げかける。
「もう明日の仕込みは終わったんですか?」
「完璧じゃ。新作の苺のタルトは絶品ぜよ」
「マサハル君は相変わらず料理の腕だけは素晴らしいですね」
「酷い言い様じゃのう。ヒロシこそ経営の腕だけは素晴らしいぜよ。今日のオンライントレードは終わったんか?」
「つつがなく。それで、一体どうしたんです?」
「これじゃ。これ、一緒に受けん?」
にこっと見事なくらいに愛らしい表情で笑ってみせたのは弟こと、マサハルだ。ヒロシの双子の片割れであり、現在は調理師学校を卒業して小さなレストランを開いている。銀色にカラーリングされてる髪は襟足が短く、ふわふわとしたショートカットだ。しかし淡い青を含んだグレーのプラスティックフレームの眼鏡が、どことなく彼に愛嬌を加味している。よくよく見なくとも気づく造作はとても整っており、特にレンズ越しに覗ける瞳は切れ長で艶っぽい。口元に添えられているほくろがまた艶を帯びていて、語られるでたらめな方言が逆に魅力的な青年だ。コックコートに身を包めば誰をも唸らせる料理やデザートを作り上げる彼は、齢二十三にしてすでに数多のファンを持つ隠れ実力派のシェフだった。
「・・・『テニミュ・セカンドシーズン役者オーディション』?」
マサハルに差し出された紙を読み上げ、眉を顰めるのは兄ことヒロシだ。マサハルの双子の片割れであり、現在は弟がシェフを勤めるレストランのオーナーとして、ホールと財務を一手に担っている。亜麻色の髪は襟足だけが伸ばされていて、いつもはひとつで尻尾のように結ばれている。理知的な顔立ちは何にも隠されておらず、マサハルとよく似た艶やかな目元ははっとするほどに色っぽい。涼やかな声が操るのはいつだって丁寧な言葉使いで、穏やかな物腰の彼に接客されて恍惚に浸らない客はいなかった。機転に富んだ頭で店を切り盛りする青年は、これまた実に確かな先見の明の持ち主で、ヒロシとマサハルはふたりでひとつのレストランを実にうまく繁盛させている。
「そ。応募せん? 俺が仁王雅治で、ヒロシが柳生比呂士じゃ」
「・・・今更中学生の役を演じろと? 年齢偽証にも程がありますよ」
「気にするほどじゃなかろ。前のシーズンでも二十代はざらにいたらしいしのう。俺とおまえでにおやぎゅじゃ」
「その間、店はどうするんですか?」
「そもそも夜しかやっとらんようなレストランぜよ。不定休には客も慣れとるじゃろ。ちーっとばかし留守がちにします、っちゅーとけばオッケーナリ」
「マサハル君がやりたくてやっているお店ですから、君がそう言うのなら構いませんが」
「オニーチャンが天才投資家で万々歳じゃ。そういや新しい椅子が欲しいけぇ、買うてくれん?」
「希望の品が見つかったら呼んでください。店舗のインテリアもマサハル君の担当でしょう」
「そんじゃ明日お買いものじゃな。オーディションの応募もふたり分済ませとくナリ。これで数年はふたりでにおやぎゅぜよ」
「ですが、何で今頃になってテニミュなんですか? 『テニスの王子様』は私たちが学生の頃に読んでいた漫画ですから、懐かしいのは分かりますが」
経済書をテーブルに置いてソファーの上で寝返りを打ったヒロシに、マサハルは上半身を預けるようにして胸元に頬を摺り寄せた。一卵性双生児のふたりは髪色や眼鏡が手伝ってそうは見られないものの、その実とても良く似た容姿をしている。服装はどちらも洒落たものを好むから、連れだって街を歩けば女性から向けられる視線が痛いくらいだ。自慢のお兄ちゃんじゃ、とうりうりとマサハルは甘えて擦り寄る。
「この前、店に財前光のそっくりさんが来たじゃろ?」
「ああ・・・。あれには流石に驚きましたね。よもやまさか我々以外にも、あんなにキャラクターにそっくりの容姿をしている人がいるとは」
ぽんぽん、とマサハルの銀髪を撫でながら、ヒロシも年の瀬のことを思い返す。九時を少し回ったくらいだったか、ようやく店開きをしたふたりのレストランにやってきた少女と少年の組み合わせがあった。どちらもまだ学生のように見え、会話から察するに地元へと戻る夜行バスの時間まで腹ごしらえをするべく、通り掛けにあったこの店に入ってきたらしい。簡単なコースのディナーに、舌鼓を打ちながら食べていたのは確かに可愛らしかった。しかし問題は少年の、どうやら姉と弟のコンビだったらしいので、弟の方にあった。つんつんと完璧にスタイリングされた漆黒の髪に、鋭い同色の瞳。耳元で光る五色のピアス以上に、彼は「財前光」だったのだ。物言いも態度も発するすべてがキャラクターと酷似しており、何と名前までもが「光」らしい。接客しながらヒロシは感心していたし、厨房の窓から覗いていたマサハルも思わず拍手したほどだ。国際展示場で開催されたコミケ帰りのふたりは、美味しかったです、と言ってマサハル手製の土産用クッキーまで購入していった。確かにあれは少しばかり度肝を抜かれた出来事だった。
「あれ見て思ったんじゃ。俺らが仁王と柳生にそっくりの顔して生まれたのも、何か意味があるんじゃなか、ってな。せっかくじゃしのう、世間のお嬢様方を喜ばせてやるのもボランティアだと思わんか?」
「だからテニミュ、ですか。しかしオーディションに通ると決まったわけではありませんよ? 歌も踊りも私たちは素人じゃありませんか」
「謙遜しなさんな。俺とおまえに出来んことはひとつもなか。高校の文化祭で『しゅーじとあきら』を一緒にやったじゃろー?」
「学生とプロの舞台を一緒にしたら失礼ですよ。ですが、面白い」
うっすらと唇で弧を描くヒロシは、見惚れるほどに格好いい。切れ長な目尻が強烈なまでの男の色香を漂わせて、長い亜麻色の襟足がこれまた似合うのだから申し分ない。本当ならば、自分が柳生をやって、ヒロシが仁王をやった方がいいのかもしれないとマサハルは思うが、そこは意地だ。双子なのだから自分とて格好いいという自信があるし、入れ替わってみたときの客席の反応を想像すれば今から楽しくて心が震える。自分たちは一躍スターになるだろう。マサハルとヒロシは、仁王雅治と柳生比呂士として。
「楽しみですね」
「・・・ほんに、楽しみナリ」
くつくつと肩を震わせて笑い合う。密談はレストランから、やがて世間へと広まるだろう。その頃すでにふたりは舞台の上だ。華麗に歌い踊る自分たちが確固と描けて、マサハルとヒロシは笑った。甘い苺の香りが室内を柔らかく包み込む。
こうして「立海の紳士と詐欺師」は三次元へと降り立ったのだった。
23歳でレストラン共同経営者のリアル双子におやぎゅ。仁王が料理やメニュー作りやインテリアなど給仕以外のすべて担当。給仕かつ経営担当な柳生の本職は個人投資家。ちなみに6テーブルくらいしかない小さな知る人ぞ知る名店隠れ家レストラン(不定休)。芸能人もお忍びで来るよ!
2011年4月3日