5.ユーシとガクトとジャンプショップ





ジャンプショップ。名前や存在は知っていても、実際に行ってみたことのあるジャンプ愛読者は意外と少ないんじゃないかとユーシは考える。そんなユーシとて高校生の嗜みとしてジャンプを読んではいるけれども、その店がどこにあるのかは知らない。身近なところだと東京駅構内にあるようだが、他にも名古屋やら大阪の某映画テーマパークの近くやら福岡やらにあり、そして東京ドームにも存在したらしい。確かに野球を観に来る子供相手にええ商売できそうやしなぁ、なんて感想を抱くユーシはもはや純粋な子供ではないのかもしれなかった。しかし海賊戦隊うにゃららかんたらのショーが行われているシアター前を通り過ぎたところにある店に足を踏み入れた瞬間、あたり一面を埋め尽くしたのはまたしても海賊だった。いや、海賊違い、「ONE PIECE」である。ゴーイングメリー号にルフィが乗っている。ついでにうずまきナルトと坂田銀時と沢田綱吉まで乗っている。なるほどこれがジャンプショップか。ユーシは思わず心から納得してしまった。ついでにツナの髪型が何やサイヤ人っぽくなっとるけど、あれでええんか、とも思った。
「ONE PIECEが多いですね」
「今一番旬なジャンルやしな」
「エースで盛り上がったしなー。姉ちゃんも毎週ぎゃあぎゃあ言ってたっけ」
「俺は魚人島編が始まった時点で少し離れましたけど」
「二年後は賛否両論やったし、しゃーないやろ」
「いんじゃね? 今はその二年間をどう捏造するかで盛り上がってるみたいだし」
「以前は連載年数の割に、驚くほどにジャンルの規模が小さかったですからね」
日吉と財前とガクトの会話を聞きつつ、ユーシはやっぱり自分が一般人の家庭に育ったことを噛み締めていた。普通の少年は、いくらジャンプショップに特定作品のグッズが今が旬の売れ筋野菜のごとく並べられていても、イベントのサークル数の推移に比例しているなんて考えない。いや、三人とて好き好んでボーイズラブを読むわけではないので、そこらへんの価値観は同じはずなのに、これはやはり育った環境に由るのだろう。腐女子恐ろしい。ほんま恐ろしい。夏のような暑さだというのに、ユーシはぶるっと身体を震わせずにはいられなかった。しかしガクトはすたすたと店内に踏み入ったかと思うと、すぐ近くの棚に置いてあった青と紫が混ざった微妙な色のプラスティック容器を一個手に取って差し出してくる。
「ほらユーシ、ゴムゴムのグミ」
「・・・ほんまや。それにしてもえらい色やなぁ。これ買うやつがおるんか?」
「いるから商品化してんじゃねーの? 買ったらグミ、一個ちょーだい」
「え、買うこと決まりなん?」
「決まりだろ。それともあっちにあるルフィモデルの眼鏡でも買う?」
「いや、この丸眼鏡はちゃんと度が入ってるんやで? おしゃれ眼鏡やないんやで? なぁ聞いとる、ガクト?」
「向日さん、テニプリは奥みたいですよ」
ユーシの必死の訴えも虚しく、ガクトは日吉に示されてぴょんぴょんと飛ぶように店内を進んでいく。放置される形となった忍足の横でトラファルガー・ローのボクサーパンツを検分していた財前が「ええんちゃいます、その眼鏡。笑い取れるし」なんて言っているが、別にユーシは笑いが取りたくてこの丸眼鏡をかけているわけではない。断じて。
店内は意外にも女性客ばかりではなく、男性陣の姿も多かった。これが本来のあるべき姿なのだろうけれども、そう思えないのはやはりフィルターがかかっているからなのか。銀魂の沖田総悟アイマスクやエリザベスハンドタオルなんかに目を奪われ、NARUTOのうちは兄弟ティーシャツから視線を逸らし、その先でREBORNのキャラクター相関図手拭いを思わずまじまじと読んでしまったり、スケダンのボッスン愛用パーカーが普通の服に思えたり、ぬら孫のお守りは果たして効果があるのかなんて訝しみながら辿り着いた奥、そこにテニプリコーナーはあった。女性が集まっているのは、やはりテニミュの東京凱旋があるからだろう。そんな中に平気で割り入ろうとするガクトの小さな背中が、ユーシには勇者に見えて仕方ない。
「わりぃ、ちょっと見せて」
「え?」
「え?」
「え?」
「っ・・・!」
「!」
「!!!」
ここでも激しい二度見が行われ、一瞬にしてガクトの周囲から女性が引いた。それは咄嗟の判断であり、余りに近すぎると逆に顔が見えないからこそ引いたのかもしれない、と観察していたユーシは思う。雪崩のように後方で衝突が起こっていたが、最前列の女性たちは食い入るようにガクトを見つめ、声なき悲鳴を挙げている。
「・・・これです。この『くつろぎコレクション』」
注目されるのが分かっていながらも、これを逃せばチャンスはないと思ったのだろう。日吉が一歩前に出て、ピンバッチが並ぶ下の棚から正方形の薄い何かを取り上げる。ひよがく、という絶叫がユーシには聞こえた気がした。え、何この展開! 嘘ここ確かに遊園地が近くにあるけど、もしかしてこれDVDオリジナルの日岳デートシーンのリアル再現!? あのがっくん確かに可愛かったけど! 顔真っ赤にして超可愛かったけど! っていうかがっくんの私服可愛すぎるんですけど本気で女の子ですかコラ日吉も格好良すぎるぜうわああああああ! ・・・という声が聞こえるような気がするのは何故だろうと、ユーシは心底げんなりしてしまう。確かに忍足侑士は「心を閉ざす」なんて怪しいテクニックを習得していたけれど、あれは間違っても「心を読む」なんて超能力ではなかったはずだ。うん。
「何これ?」
「うちの母が集めてるんですよ。十二人のキャラクターのプライベートシーンらしいんですけど、シールだかマウスパッドだか何だかで。越前を引き当てて来いって言われてます」
「ふーん。ってこれ、財前いんじゃん! 財前、ほら見ろよ! おまえがいるぜ!」
くるりとシールステッカーらしい紙パックをひっくり返して目を走らせたガクトは、顔を明るくしてユーシの方を振り返る。我関せずと店内を巡り、姉から命じられた品物を籠に収めていた財前もいつの間にか隣に来ており、「うっさいっすわ、向日さん」なんて言っている。ちなみに彼が現れた瞬間、ユーシと財前も周囲の女性陣に認識された。ぎゃあああ氷帝信号機トリオ! レギンス男子財前萌え! なんて言葉は聞こえない。聞こえない。聞こえない振りをしたいユーシである。
「幸村に手塚に白石に、あっ、ユーシもいるぜ? それと仁王に甲斐に丸井に謙也に、不二と越前と跡部と財前。うわすっげー。これ最後に財前持ってきたメーカーの人、本気で分かってるぜ。ピンバッチには財前いないくせに」
「謙也さんがイグアナとちゅーする三秒前のやつやろ。それやったら姉貴が持っとるっすわ。どのキャラが中るか分からへんし、謙光並べるまでに白石部長を五枚くらい引き当ててましたわ」
財前が謙光って言った、謙光って言った! 当人公認カプ!? いやむしろあたしは出てきた白石の名前にきゅんとするんだけど! そんな声も聞こえない振りをしたかったユーシだが、引き攣った顔を懸命に抑えてガクトの手元を覗き込む。身長差で少しばかり身を屈める形になったが、それすら周囲から歓声が上がるのだからどうにかしてもらいたい。視線が痛い。女性たちではなく、真っ当に東京土産のキャラクター菓子などを選んでいる男性や親子連れからの「何だあれ・・・」という視線が心に痛い。
「プライベートシーンだってさ? ユーシが読んでんのは間違いなく恋愛小説だよな」
「うーん、せやけど俺、こないなダメージジーンズ持ってへんよ」
「財前、おまえのパーカーのロゴがTAKOYAKIだぞ」
「ネタやったらもっとマシなのにしてほしいわ」
十八センチメートル四方のパックを裏返してキャラクターを確認する。丸井はケーキを食べていたり、手塚は子猫と戯れていたり、仁王は寝ぼけ眼で歯ブラシを銜えていたりと、確かに私服も相俟ってすべてがプライベートショットだ。税込で一枚五百二十五円のそれを、日吉は二枚手に取る。中身は見えず、越前が当たるといいな、とガクトがからからと笑った。
「もうすぐ十時五十分になるで。そろそろ行かなあかんのとちゃうの?」
「ほなレジ行ってきます」
固まっている女性の群れも、財前と日吉が一歩踏み出すだけでモーセの十戒のごとく左右に分かれ、レジまでの道のりを作ってくれる。むしろ今度はレジのお姉さんが裏返った黄色い声で「いらっしゃいませぇ!?」なんて接客になっていたが、すんません、としかユーシには言えない。ユーシユーシ、これ雲雀のトンファー! と楽しそうなガクトが非常に羨ましい。
その後、グッズ購入者には無料で参加できるゲームがあり、ボールを投げたりゴムで飛ばしたりして、日吉と財前はこれまた景品としてジャンプ作品のシールを手に入れていた。手に入れ過ぎて横流しされたのを受け取ったユーシは、そこに名言である「海賊王に、俺はなる!」を見たけれども、そんな彼のテニミュはまだ開演どころか開場もしていないのである。





サニー号だったらすみません・・・。正直ツナの髪型に気を取られて、船は良く見てませんでした・・・。
2011年5月21日