4.ユーシとガクトと当日券





「まぁ、そうやなぁ・・・。そうやろうなぁ。そうやとは分かっとったんやけどなぁ・・・」
「ユーシ、何ひとりでぶつぶつ言ってんだよ?」
キャスケットごと首を傾げるガクトの向こうで、三人連れの女性がこちらを見て、普通に話に戻り、再度物凄い勢いでこちらを振り向いている。所謂「二度見」というやつである。冬コミのときのように氷帝ジャージや制服ではないからか、一瞬ぱっと見ただけではキャラクターと瓜二つの顔をしているとは見定められないらしい。一度普通に戻って、そして「え!?」と振り向かれること、すでに両手の指の数を超えている。しかも現在の場所は東京ドームシティ。本日のテニミュの会場であり、ジェットコースターやら観覧車やらのアトラクションが諸事情により休止していることから、ここを訪れている人間の、特に若い女性の目的はほぼ間違いなくひとつと言っても過言ではない。彼女たちは当然ながらテニプリをこよなく愛する人々だ。つまりは忍足侑士も向日岳人も日吉若も財前光も知っており、そんな彼らと酷似しているユーシたちに初見では気づかなくても違和感を覚え、二度見して確信し黄色い声を上げる、あるいは友人同士でばしばしと肩を叩き合う。三歩進む度にそんな彼女たちに行き当たり、ユーシは流石にげんなりしてきた。冬コミは会場全体が異様だったため逆に救われたが、今回は日常生活から僅かに半歩出たようなところだからこれまた微妙だ。
「視線がうざいわぁ」
「まったくだ」
財前と日吉が周囲の二度見に面倒くさそうに、もしくは眉を顰めながら辟易している。しかしガクトはやはり視線を気にする性質ではないので、彼の注目する先はすでに出来ている行列だ。開場は十一時で、開演は十二時。現在の時刻はまだ十時十五分を回ったところだというのに、すでに入り口前に百人は並んで列を作っている。
「それにしても早くね? 俺らももう並ぶか?」
「せやけどガクト、開演は十二時やろ? そないに早く会場入りして何するん?」
「甘いな、ユーシ。物販に決まってんだろ」
「ぶっぱん?」
「物販ですよ、忍足さん」
「物販っすわ。散財にしか思えへんけど、姉貴の金やし」
何やそれ、と返したユーシに対し、日吉や財前までぶっぱんぶっぱんと言ってくる。せやから何それ、とユーシが再度問おうとしたところ、スーツ姿の男性が声を張り上げたため思わず口を噤んでしまった。
「当日券をお求めの方は、こちらの列にお並びくださーい! 引換券をお持ちの方はこちらです! 前の方と間隔を開けずに、二列に並んでお願いしまーす!」
ちなみにそのスタッフと思われる男性も台詞の最中にユーシたちに気づき、二度見をしたため最後の「お願いします」が「お願いしみゃあす!?」になってしまっていたが、それはもうどうしようもない。なるほど、と四人は納得し、じゃあいいやと歩き始める。日吉の母親が入手した昼公演のチケットはすでにコンビニで席番号まで印字されたものに引き返されているので、列に並ぶ必要がないのだ。
「なーんだ。じゃあ時間までどっかぶらぶらしてようぜ」
「せやったらジャンプショップに行ってもいいすか? 姉貴に何やいろいろ買うて来いって言われとるんで」
「ジャンプショップって大阪にもあるんじゃねーの?」
「置いとるもんがちゃうらしいっすわ。悪魔の実のグミとか買うて来いっちゅーてたし」
「え、そないなもん置いとるんか? それちょっと欲しいわぁ」
「だったら俺、フワフワの実な! 映画のシキの空飛べるやつ!」
「向日さんらしいですね」
ちら、くる、がばっ。ちら、くる、がばっ。きゃああああああ。ばんばんばんばんばん。そんな効果音を爽やかなほどに無視して歩き出すガクトと財前は、やはりあの姉らを持つだけあって逞しい。かといって同類の母を持つはずの日吉がそこまで吹っ切れていないのは、やはり息子という微妙な壁があるからか。もしくは日吉ママはキャストに萌えるのであって、ボーイズラブに萌えているわけではないからか。遠い世界やなぁ、なんて思わず寂れてしまいそうになったユーシは、慌てて前を行く三人の後を追った。ここで取り残されようものなら、周囲の肉食獣の、いや違った、周囲のハイテンションなテニプリファンの女子たちの良いカモになるのは目に見えているからである。





ちらほらと男性もいらっしゃいました。彼女さんに連れられてきた、みたいな。ひとりで来てた男性もいらっしゃいましたが。
2011年5月21日