3.ユーシとガクトと水道橋駅





さて、ユーシがVS不動峰のDVDを見てやっぱり凹み、リピート再生している間にだんだん可笑しな意味で楽しくなってきて、実際に歌が口ずさめるようになってきた頃に、五月八日はやってきた。テニミュセカンドシーズン「青学VS聖ルドルフ・山吹」である。ユーシは知らなかったが、実は八日から始まる東京公演は、正確には「東京凱旋」と呼ぶらしい。すでに東京公演は四月の上旬に終了しており、その後大阪で行われ、そして再び東京に戻ってきた、その凱旋の初日が八日だ。場所は東京ドームに付随している施設のひとつ、東京ドームシティホールで、待ち合わせは最寄の水道橋駅となった。えっちらおっちらJR線を乗り継いで、途中で偶然にも合流した日吉と改札を抜け出たところで、ユーシはガクトと財前の姿を発見した。そのときの彼の発言がこうである。
「何や、あのおしゃれ男子は」
ちなみに五月八日は素晴らしい晴天で、降水確率なんて見るだけ無駄、七月あるいは八月と同等の夏日でしょう、なんて天気予報のお姉さんが言い放つほどの快晴にみまわれた。家を出るときにすでに気温は暑いくらいになっており、実際に日吉はティーシャツの上に半袖のシャツを重ね着しているような格好だったし、ユーシとて長袖のシャツ一枚という涼しさを求めた服装をしていた。しかし、あれは何や。思わずユーシがそう尋ねたくなってしまうくらいの凝った服装を、ガクトと財前はしていたのである。いや、もともとガクトは着飾るのが好きな性質だし、センスがいいのをユーシは知っている。しかし財前の私服は凄かった。彼の細くとも筋肉質な少年独特の足を覆っていたのは、最近の女性が好んでよく履く。
「おまえ、レギンス男子やったんか」
挨拶もすっ飛ばしたユーシの言葉に、久方振りに会う生身の財前は眉を顰めて見返してきた。つんつんの黒髪も耳元を飾る五色のピアスも冬コミから変わらず、相変わらずの「財前光」っぷりである。しかしそんな財前は、膝が見える丈のショートパンツの下にレギンスを履いていたのだ。スニーカーとの合間に覗く素足が暑く見えそうになるのを緩和しており、上はデザイン性の高い七分袖のシャツ。シルバーのブレスレットと腰からちらりと垣間見えるカーマインのごついベルトがまた絶妙で、そして極めつけが纏っているレース編みのショールである。女性的なファッションかもしれないが、それを見事に少年として着こなす財前の姿に、ユーシは感嘆してしまった。財前はおしゃれ男子なの、と拳を握って主張していたガクトの姉に今なら賛同できる気がするくらいである。ちなみにガクトは白いプルオーバーシャツにジャケットを合わせ、ショートパンツにサマーブーツ、そしてキャスケットという格好だ。こちらはもはや低身長ゆえに女子にしか見えず、実際に並んでいるふたりはおしゃれなカップルとしか映らない。もちろんユーシや日吉とてダサいというわけではないが、ファッションにそこまでの拘りを求めていないのも確かである。
「お久し振りっすわ、忍足さん」
「おう、久し振りやな。何や今回も姉ちゃんに振り回されたんやて? お疲れさん」
「まあ、全額姉貴持ちやからええっすわ。ただで東京観光出来たと思うときます」
ちら、と財前が台詞の終わりに日吉を見上げる。身長は日吉の方が僅かに高く、これもおそらく実際の公式キャラクターと同じ差なのだろう。何も体格までセンチメートル刻みで同じやなくても、と侑士は常々思っているのだが、どうやら彼の身長も忍足侑士と同じ178センチメートルで止まりそうだった。原作の次期部長同士は、じっと互いを見据えあっている。引き合わせた張本人のガクトはそれをにやにや楽しそうに笑って眺めているだけなので、忍足は溜息を吐き出しながら紹介してやった。
「日吉、こっちが財前や。いや、苗字はちゃうけど。大阪に住んどるおまえと同じ年」
「・・・」
「で、財前、こっちが日吉や。いややっぱ苗字はちゃうけどな。俺とガクトの後輩で、おまえと同じ年や」
「向日さんから話に聞いてた通りっすわ。ほんまにそっくりなんやな」
「ちなみに日吉のママさんは声優とかキャストとか中の人に萌える性質だぜ。でもって財前の姉ちゃんは謙光で本作ったり、自分だけでなく弟にコスプレさせたりして冬コミ参戦するような俺の姉ちゃんと同じタイプ」
「・・・おまえも苦労してるんだな」
「・・・あんたも大変そうやな」
ぴりっと走った険悪な空気は、これまたガクトが実にストレートにぶち壊して、見事に同類へと変えてしまった。睨み合っていた眼差しが「お気の毒に・・・」といった視線に早変わりし、日吉と財前は互いを労わり合っている。ガクトで慣れてしまっているユーシには些か奇異に見えたけれども、腐女子な身内に振り回される家族というのはこれが普通の姿なのかもしれない。ガクトがちょっとばかし男前すぎるだけの話で。
「まぁいいや、さっさと行こうぜ!」
とりあえずそんな感じで、四人は東京ドームシティへと向かったのだった。





レギンス男子財前は完全に久堂の趣味です。
2011年5月15日