(注意)『番外編:ユーシとガクトと日吉とテニミュ』とは別物としてお読みください。今年の母の日はセカンドシーズンでした・・・。
1.ユーシとガクトとテニミュとテニミュ
「あのさぁ、俺たち今度テニミュを観に行くじゃん?」
オレンジジュースをちゅるちゅるとストローで吸い込みながらのガクトの言葉に、高等部に進級してクラス替えが行われたというのにまたしても同じクラスに、尚且つ近くの席になったらしい見覚えのある文化部の女子生徒の肩がぴくりと揺れた。何や似たようなことが年末にもあったなぁ、なんて遠い目をしながら思わず箸の手を止めてしまったユーシに対し、日吉は明らかに眉間に深く皺を刻んでおり、だから何ですか、という声も険はないがどうでもいい感には満ち満ちている。
「その日って昼公演じゃん? ユーシとぴよし、夜は空いてんの?」
「日吉です」
「ぴよし」
「日吉です」
「いやいや日吉ちゃうやろ、おまえの本名」
ぺしっと手のひら付きで突っ込みを入れてしまった自分は悪くないとユーシは思う。日吉の名前は確かに「ワカシ」だけれど、苗字は決して「日吉」ではないのだ。しかしガクトとユーシは彼を日吉と呼ぶし、日吉もガクトとユーシを向日さん、忍足さんと呼ぶ。ガクトとユーシの名前も確かに以下略だけれど、苗字は決して再度以下略。つまりは名前は同じだけれど苗字は違う、それでもあだ名みたいな、結局は単純にそういうことなのである。
「そんでガクト、俺は夜も空いとるけど」
ちらりと視線をやって促せば、日吉も嫌々ながらに「俺も空いてますけど、翌日の月曜日は学校ですよ」と答える。ちゅる、とストローから唇を離して、ガクトは今度はクリームパンへと齧り付いた。
「そんじゃ夜公演も見るから空けとけよな! 夕飯も食って帰るって家の人に言っといて」
よろしくー、なんて言いながらもこもこもこもことガクトはクリームパンを平らげていく。些か固めにホイップされたクリームがここ最近のお気に入りらしく、売店で毎日のように購入している菓子パンだ。美味そうやなぁ、と母親の作る弁当を食べながらそんなことを考えるユーシは完全に現実逃避だ。分かっている。しかしどうやら日吉はまだまだ思考の彼方に飛べなかったらしい。
「なっ・・・! 夜公演って、どういうことですか向日さん!?」
「だからそのまんまだって。五月八日、日曜日、テニミュ、昼飯、テニミュ、夜飯、解散。オッケー?」
「あんた人のこと舐めてんですか!」
「あーほら落ち着きぃや、日吉。そんでガクトもちゃんと説明してぇな。夜公演って、そないなチケットどこから手に入れたん?」
ばんっと机を叩いて日吉は立ち上がるが、そんなことで動揺するのは周囲の生徒くらいのものだ。しかし彼らも慣れたもので、ああまたあいつらか、と納得してはそれぞれの昼食へと戻っていく。この中高一貫の私立校でガクトとユーシは元からの有名人だし、そこに昨年度の三学期に転入してきた日吉も加えたトリオはすでに知らぬ者がないとされている。もちろんその理由は彼らが「テニスの王子様のキャラクターに外見も中身もそっくり」であることは言うまでもない。
「だからー夜公演」
「ガクト」
「財前がチケット持ってんだよ。本当はあいつの姉ちゃんが自分用に買ったやつらしいけど、何か行けなくなったらしくて代わりに行って来いって言われてんだってさ。だけどあいつ、自分ひとりじゃ嫌過ぎるから一緒に行かないかって誘われてんの」
「財前?」
ぽんっとユーシの脳裏に浮かんだのは、これまた昨年の暮れに国際展示場の某所で知り合った「テニプリキャラにそっくり」な同類の顔である。黒髪に五つのピアス、ツンとヤンを8:2くらいの割合で掛け合わせ、そこに0.1のデレを加えたのが対謙也仕様なのだとガクトの姉が語っていた気がする、四天宝寺の天才少年。もちろん甘々モードでは猫デレ率が100パーセントを超えるとか何とか熱弁を振るっていた気もするが、こちらは今は関係ないだろう。実際に三次元の知り合いである彼は、確かに少しばかり生意気な物言いをするけれどもヤンデレではないとユーシは思っている。そんな大阪在住の彼からメールがあったのだと、ガクトは語る。
「・・・財前?」
しかし会ったことのない日吉は、不可解を浮かべて眉根を寄せた。ぴっとガクトが食べかけのクリームパンで行儀悪く指し示す。
「前に話したことあるだろ。俺らと同じキャラのそっくりさんで、でもって姉貴が謙光で活動してる、気の毒すぎる境遇が俺とそっくりなやつ。歳はひとつ下だから、ぴよと同じだよな」
「その財前の姉ちゃんが、東京公演のチケットを持ってたんか」
「そうそう。大阪公演のチケットは取れなかったから東京まで遠征するつもりだったらしいぜ? だけどその日、模試で駄目になったんだってさ」
「それは気の毒やなぁ」
なんてユーシは軽く言ったが、実際の財前の姉の嘆きようはそんなものじゃなかったのだろう。涙を流してのた打ち回る姿さえ想像出来てしまい、ユーシはイメージなのに「うわぁ・・・」と思わず引いてしまった。同行するはずだった他の三人も同じ学校のため模試に強制参加らしく、ぽかっと主の失くしたチケットが四枚、財前の掌へと押し付けられたらしい。
ちなみに五月八日の日曜日、ゴールデンウィークの最終日。ユーシとガクトと日吉はもともとテニミュこと「ミュージカル・テニスの王子様」を観に行く予定だった。ちなみにこちらは日吉の母親が購入していたチケットで、けれどそんな当人はママ友同士の付き合いで来れなくなってしまったという経緯がある。だったら俺たちも行かなくていいんじゃ、と一縷の望みに賭けてみた日吉は当日グッズを買ってくることを余儀なくされ、そんな彼に付き合ってユーシとガクトもテニミュを観劇する予定だった。自らも同じ立場であるため、決して強くは出れないのだろう。顔に大きく「嫌です」と書きながらも、日吉は首を縦に振るしかない。
「・・・分かりました、付き合いますよ。付き合えばいいんでしょう」
「おし。じゃあ財前に返信しとく。ユーシもいいよな?」
「せやなぁ。まぁ一回観るのも二回観るのも変わらへんし、ええよ」
「羨ましいって姉ちゃんに怒られそう。でも姉ちゃん、その日インテだしいーや」
「・・・ガクトの姉ちゃんは姉ちゃんで大阪遠征なんやな。受験勉強、大丈夫なんか?」
「大丈夫なんじゃね?」
知らないけど、と言いながらクリームパンの残りを口に詰め込み、ガクトは携帯電話を取り出してぴこぴこと操作し始める。隣でうっすらと空気を重くし始めた日吉の肩を、忍足は軽く叩いてやった。ちなみに近くの席にいたはずの某女子生徒の姿はすでになく、今頃きっと同類のお友達たちと黄色い声を上げ合っているに違いないと想像し、ユーシもちょっぴり切なくなった。しかしこれもまたこの学校ではお馴染みのことだったりするのだ。
ユーシとガクトは高等部一年、日吉は中等部三年、財前も中三。
2011年5月15日