19.ユーシとガクトと大晦日





寝て起きたら元旦だった、ということはなく、ユーシはちゃんと十二月三十一日の大晦日に目覚めることが出来た。しかし身体は正直なもので、起きたときにはすでに太陽は高い位置にあり、時計は昼の十二時を指していた。ううん、と微妙に筋肉痛を引きずる身体で携帯電話を開けば、すでにガクトからメールが届いており、起き次第うちに集合、との文字が躍っている。ちなみに財前からもメールが届いていて、執事喫茶で「おかえりなさいおぼっちゃま」とか言われたっすわどこの漫才や、とうんざりした様子が綴られていた。お疲れさん、と返信してからユーシは伸びをして立ち上がり、着替えるためにクローゼットを開く。ちなみにそんな彼は昨日帰宅した際に姉と母から冬コミの感想を尋ねられ、超次元や、と答えていた。
「で、マックとモスとケンタをはしごして十時まで延々と萌え燃えトーク! ジャンルの垣根なんか越えちゃってもう超ハイテンション! 旦那にするなら当然柾輝だし、でも渋キャプも捨てがたいよね! テニキャラをREBORNの守護者に当てはめてたら、白石がルッスーリア決定で大爆笑! ちなみにこの場合、孤高の雲が財前で掴みどころのない霧が千歳ね? 謙也は受け流す雨で、金ちゃんは超攻撃的嵐ポジション! そうするとザンザスとレヴィのラブラブ主従が小春ちゃんとユウジで決定! 銀さんと小石川が入んないのが残念だけど、ふたりを入れるとむしろふたりが可哀想だし不可侵ってことでそのまま保留! ちなみに最強守護者セットは大空がリョーマで嵐が金ちゃん、雨が鬼さんで雲が徳川さんで、晴が手塚で霧が入江さん! うん、これ最強間違いなしだって! 木更津チェルベッロも捨てがたい!」
「ガクト・・・姉ちゃん、ほんまに二日寝てないんか?」
「寝てないからゼンマイが壊れたおもちゃみたいになってんだろ」
「カラオケでは朝までテニミュコース! 『幸村のテニス』が入ってたの! やったぁ初めて歌えた! あーでもどこに行っても『プラチナペア』が入ってないのよ! あれ大好きなのにブンジャで熱く歌いたいのに! 『イリュージョン』とか柳生に歌わせたらどう思う!? 柳生が仁王に成りきって踊ったら素敵過ぎない!? うっわー素敵愛してるむしろ仁王を愛して柳生様! 柳生に捨てられたら間違いなく仁王は生きてけないね! 柳生はひとりでも大丈夫なんだけどね! だけど仁王を捨てない優しさにマジ惚れる282万歳!」
ユーシが午後二時過ぎにガクト宅を訪れたところ、すでにガクトの姉は帰宅していた。オフ会とやらに参加すると別れたときにはキャリーバッグひとつしか持っていなかったはずなのに、熱い一晩について語り尽くす傍らには土産物の山ほど入った紙袋が置かれている。オンラインの友人たちと会って互いに贈り合った品らしいが、故郷から上京する若人でもこれほどの土産は持たされないだろうという量だ。
「通販は年が明けてから始める予定! うーん、元旦から告知して八日スタートなら大丈夫かな? 申込み先着順で、在庫抱えると大変だから三百売り切りね! 封筒とビニール袋と宛名シールとお手紙カードとガムテープと、ああまた買い物に行かなきゃだし! 文具は正月セールしないから困るのよねぇ」
「だから言ってんじゃん。とらのあなとかK-BOOKSとかに委託すれば楽なのに」
「ばーかおっしゃい全部手製でやってこその同人でしょうが! 書店委託すると店頭価格の三割が手数料で取られちゃうから、印刷代の元を考えると冬コミで売るよりも高く設定することになっちゃうでしょ? そうすると買い手さんに申し訳ないし、そんなことするくらいなら私がちょっと手間取るくらいでお手頃価格真心サービス! うん、これ基本よね! 一月の土日は全部梱包作業で潰れるけどこれくらい買い手さんに対して当然よね!」
大晦日だというのに、ガクト家で大掃除は行われない。各自の部屋はきちんと掃除するけれども、本格的な窓拭きなどは何で寒々しい冬にやらなきゃならんのだ、が両親の言い分らしい。よってガクトの家の大掃除は春先だ。今日も相変わらず普通の休みと同じような感覚で、ユーシはのんびりとリビングのソファーにお邪魔している。脇の紙袋に詰め込まれているのは、今朝方黒猫さんが届けてくれた昨日の差し入れだ。ガクトと仲良く半分にして、ノルマとばかりに持ち帰ることを義務付けられた山ほどのプレゼントは、少なくともユーシの冬休み中のおやつの役割を十分に果たしてくれることだろう。
「せやけどガクトの姉ちゃん、封筒とかの代金は姉ちゃんの自腹やろ?」
「自腹ってほどじゃないけどねー。でもまぁ売り上げの中から宛がってるよ? さすがに送料はお支払いをお願いしてるけど」
「冬コミで配布した紙袋も無料やろ? コスプレの衣装もほんまええ生地やったし、そこそこの値段したんやないか? 体力も時間も削って、売り上げも案外とんとんやろ?」
「そうねー。赤字じゃないけど利益は完璧度外視ね」
「それなのに、何でオタクやっとるん?」
「そんなの決まってんじゃない!」
きらっと不思議なポーズをつけて、ガクトの姉はアイドルのように笑った。ランカ・リーという元ネタなど知らないユーシをも圧倒させる眩しさで。

「同人が、好きだから!」

じゃあいい加減に限界っぽいから私寝るねー! 戦利品も読み終えたしめっちゃ最高! 私初夢に忍岳見るから二日の朝まで起こさないでね! ガクト、あんたちゃんとお年玉は貰っておいて! あ、ユーシ君これ今回の報酬ね! ガクトとふたりで合わせて二割だから少ないけど取っといて! 心配しなくてもそれ渡したくらいで赤字にはならないからうふふ平気よー! だって私九日には大阪のインテに行くんだし! 往復の交通費くらいはちゃんと稼げたし、インテでゲットした新たな宝がまた私のテンションに繋がるわけであーもー良く分かんないけどとにかく今年も幸せでした! 終わりよければすべてよしってことでじゃーおやすみ! また来年ね! よいお年を!
「おやすみー」
ひらひらとガクトが手を振り、姉を見送る。室内ということもあってキャリーバッグを両手に抱えて、るんたったと階段を上がっていく後ろ姿をユーシは呆然と見送るしかなかった。何か、とんでもないことを聞いた気がする。しかし、えーと、つまり、うん。妙に納得してしまった。つまりはそういうことなのだ。
「好きだから突っ走るんだってさ。何かもうそう言われると見守るしかないだろ?」
「うん・・・。ほんまやわ」
ガクトが辿り着けた境地に、ユーシも何だか足を一歩踏み入れたような気がしていた。好きだからやる、つまりは単純にそれだけなのだ。苦労も疲労もなんのその。好きだからやる。それのどこが悪い。
何だか狐につままれたような感覚で、ユーシはもそもそと手渡されたポチ袋を開いた。報酬と称されたそこには彼が予想していたよりもたくさんの諭吉さんがいて、うわぁ、と漏れた声すらもう脱力している。
「なぁなぁユーシ、二日に福袋買いに行こうぜ!」
横からタックルしてくるガクトに、ユーシは元気やなぁと呆れるしかなかった。こうして非常に摩訶不思議なユーシの年末年始は、滞りなく過ぎ去って行ったのだった。





好きだからやる。つまりはこれに尽きると思うわけです。
2011年1月9日