16.ユーシとガクトと完売





午後二時を回って少し経った頃、ついにガクトの姉の新刊はすべて完売した。ありがとうございましたー、と最後の買い手さんにガクトの姉が頭を下げると、ぱちぱちぱちぱちと周囲で拍手が起こり、少し離れた島では「え? もう閉会?」と紛らわしい誤解まで生んでしまった。しかし、あの合計九百冊がすべて完売。恐ろしすぎるとユーシは思う。見ていたところ、ほとんどの客が一冊ずつの新刊セットを買っていった。全員がそうだったとしても三百人の買い手がいたということである。時には愛読用と保管用と宣伝用で三セットください、なんていう強者もおり、俺の知らない世界ってまだまだあるんやなぁ、とユーシは自分の小ささを実感していた。ちなみに「知らなくていい世界なんじゃね?」とクールに突っ込みを入れたガクトはもはやスコート姿を諦めたのか、パイプ椅子に腰かけて姉のために買ってきた戦利品を読んでいる。男同士の恋愛物も普通に読み進めるその極意を聞いたところ、姉ちゃんの部屋にタワーが出来てるし、との返事が返ってきたので、ユーシはガクト家の姉の部屋にだけは生涯入らないことを誓った。
サークル看板に「完売御礼! どうもありがとうございました!」とマジックで書きつけ、てきぱきとスペースを片付けて、潰した段ボールをせっせとゴミ回収場所まで運ぶ。余談だがこの際、ガクトが五枚を一度に運ぼうとえっちらおっちらチャレンジしていたところ、どこからともなく中々のイケメンが三人現れ、「手伝いますよ!」「俺らがやりますから!」「気にしないでください!」と爽やかな笑顔で申し出てくれた。一瞬で両手が空っぽになったガクトはやはりそのときもスコートを履いており、ガクトの姉曰く「あんた体毛薄いから大丈夫だと思ってたんだけどやっぱりね! 美脚むかつく!」と言った細く綺麗な足を惜しげもなく晒していた。戸惑いながらも、ええとさんきゅ、と告げたガクトに三人のイケメンたちは喜び、周囲でいつこの素晴らしい「男の娘」に声をかけようかと悶々としていた他の男どもは悔しさに歯噛みしたらしい。我が親友ながら恐るべし、と少し離れた場所でこれまた段ボールを抱えていたユーシに、女の子の群れが「手伝いますよー!」と近づいてくるのはそれから五秒後のことである。
しかし完売すれどスペースを空けるわけにはいかない。ましてや帰宅するなど以ての外である、とはガクトの姉の主張だ。なのでユーシとガクトは留守番を任された。
「来てくれた人には本がなくて申し訳ないんだけど、その分あんたたちがサービスしといて! 座って忍岳っぽく話しててくれればそれで十分だから! じゃーよろしく! あたし他のサークルさん回ってくる! 買い物してくる! っひゃー! 冬コミまだまだ終わらねー!」
首から財布を提げて、エコバッグ片手に飛び出すガクトの姉をユーシもガクトも止めなかった。開場からずっと売り子ばかりしていたのだ。少しばかり姉自身も会場を見て回りたいのだろう。いってらー、と見送り、パイプ椅子に座ってだらだらと喋り出すことしばし。いつの間にか、綺麗に片したはずの机の上にはお菓子の山が出来ていた。
「あの・・・もう完売しちゃったんですか・・・?」
「すまん、堪忍な? せやけどサイトで通販やる予定やから、良かったらチェックしてやってな」
「・・・もしかして、管理人さんですか?」
「えっ! ちゃちゃちゃちゃうちゃうちゃう、ちゃうから! 俺らは売り子やねん! サイトやっとるのはガクトの姉ちゃんで、ってガクト! おまえもちゃんと接客せんかい!」
「だってユーシ必死なんだもん。おもしれー!」
ぎゃはは、とガクトは腹を抱えて笑っているが、ユーシとしては作者と間違えられるのは全力で勘弁してほしかった。何が悲しくて自分そっくりのキャラと親友そっくりのキャラのボーイズラブ本を書かなくてはならないのか。買い手の女の子は最初はきょとんとしていたけれども、すぐにぷっと吹き出して、頬を薔薇色に染めて持っていた紙袋を差し出してくる。
「あの、これ、管理人さんに渡してください。中にメッセージも入ってるんで」
「サンキュー! 必ず姉ちゃんに渡しとくから」
「あ、あと、えっと、この飴、食べてください! それとチョコレートも!」
「だけどこれ、おまえのおやつじゃねーの?」
「ごごごめんなさい、侑士と岳人がいるって知ってたらもっとちゃんとしたお菓子を買ってきたんですけど、今はこれしかなくて・・・! あああ、あの、本は売り切れだったけどスペースに来て良かったです! これからもコスプレ頑張ってください!」
「ありがとな! 姉ちゃんのサイトも今後ともよろしく!」
ブイ、とピースを出してガクトがにこやかに宣伝する。お菓子をプレゼントした女の子は何度も振り返りながら去って行き、途中でガクトの履いていたのがハーフパンツではなくスコートだったことに気が付いたのだろう。見惚れてふらりとよろめいて、近くのサークルの机にぶつかっていた。幸いにも物を落としたりはしなかったようだが、顔を真っ赤にしてしゃがみ込んだ彼女に、そのサークルの売り手さんが慌てて話しかけている。何度かこちらを見たり指さしたりの所作があった後に、両者ともに熱く語りだしたから、まぁ問題ないやろな、とユーシは遠い目で判断した。
「ああああのっ! これ差し入れです! 食べてください!」
「おう、サンキュ!」
「コスプレ素敵過ぎますー! 写真撮らせてくださいっ!」
「すまんなぁ、コスプレ広場やないと撮影禁止なんやって。俺ら留守番やから動かれへんし」
「甘いものって大丈夫ですか!? すみません、『放課後の王子様』繋がりでクレープなんですけど・・・!」
「やった! 俺、甘いの大好き!」
「あかんてガクト、さっきも食うたやろ。もう止めとき」
「あっ! 返せよスイーツ!」
「ちょっ! OVAの名言来たコレ!」
「これ受け取ってください! あああああのあのあの会えて光栄です! 冬コミ来て良かったです! どうもありがとうございました!」
「・・・アロマキャンドル貰ってもうた。ええんかな、高そうやで?」
「がっくーん! かーわいーい!」
「スコート似合うー!」
「うっせー! 似合って堪るかっつーの!」
「侑士格好いいー!」
「おおきにー」
通るひとは必ずふたりに注視していくし、中には声をかけていく女子もいる。ガクトの姉ではなく、ユーシとガクトに差し入れをしてくれる相手も多くて、断るのも失礼かと思いふたりはすべて受け取っていた。その結果がお菓子で埋め尽くされているテーブルである。食品以外でもアロマキャンドルやタオルに始まり、ボールペンやブックカバーば元より、一会場から離れて買いに行ってきたと思われる明らかなプレゼント包装された一品まであった。開けてみればユーシ宛のはシックな手袋で、ガクト宛にはふわふわの白い帽子だった。こんなに貰っちゃっていいのかな、とガクトが些か不安になるくらいの貢物で、すでにキャリーバッグは溢れている。そうしてふたりは通り行く人々を眺めながら四時の閉会の拍手まで、少しまったりとした時間を過ごしたのだった。





ガクトはスコートでも足を開いて座るので、その度にユーシが注意してました。
2011年1月7日