15.ユーシとガクトとコスプレ3
『そ、そそそそこの向日岳人ー! 会場内は走らないでくださいこんちくしょー! 可愛いんだよバーロー男惑わしてどうすんだコラー! 止まれ走るなサインしろー!』
スタッフのそんな静止にダッシュしていた足を止め、物凄い競歩で会場内を突っ切って、ガクトは二度目の着替えから戻ってきていた。何たる屈辱、とその小さな肩はぷるぷると震えている。男子更衣室は西ホールにあるため、姉のスペースである東に戻ってくるまでも物凄い恥辱に耐えねばならなかった。息を切らしてその後を追ってきたユーシは、あちゃあ、とガクトの様子を眺めている。ばんっと机を叩いて、ガクトは姉を睨んで抗議する。
「姉ちゃん!」
「っ・・・! あああやっぱり可愛い! あんた最高! 氷帝ジャージ万歳!」
「氷帝ユニはいいよ、氷帝ユニは! なのに何で・・・っ!」
ガクトの声が怒りに途切れる。ばんっと再度机を叩くことで、更なる視線が彼に向かっているのだが、当のガクトは怒り絶頂のため気づかない。あああああああれあれ見てあれ見て天使がいる! という周囲の感激に気づかない。
「何で! 俺がスコートなんだよ!?」
「だって岳人の女体化コスプレなんだもん。ちなみに忍足とミクスドね?」
「はぁ!? 公式でそんなのなかったじゃん!」
「ないからやるのが二次創作でしょ! っていうかガクト、胸は!? ちゃんと偽胸入れといたでしょ!? 何でつけてないの! ちゃんとにょた岳人ならAカップだと思ってちっぱいを入れといたのに!」
「そんなもんつけてたまるか!」
「駄目じゃない! 細部まで精密に表現してこそのレイヤーでしょうが!」
「俺はレイヤーじゃねえ!」
「忍足はねー巨乳よりは美乳派だと思うのよ。でも岳人なら何でもいけるっていうか? むしろ『俺が揉んで大きくしたるわ』みたいな? ちっぱいを気にする岳人って可愛くない? 可愛くない!? 両手を胸にぺたって当てて自分が貧乳なの気にしてて、『侑士が大きくしてくれる・・・?』って上目づかいに頼むの! 棚ぼたラッキーに忍足が動揺してたら、その隙に岳人が怒って『侑士が嫌なら日吉に頼むからいいよ!』って出て行っちゃうの! これだったら忍足へたれ設定万歳よね! でも日吉は日吉で固まっちゃって、『じゃあ跡部に頼むから』でエンドレスリピート! 結局はジロちゃんが『いいよー』って言ってくれて幼馴染でおままごとの延長っぽくエロに突入!? 『岳人ちっちゃい、でもかわいー』って無意識言葉攻めジロちゃん素敵!」
「それっ、それ素敵です! 是非見てみたいです!」
「今度サイトで書いてください! うわぁ、うわぁ絶対に岳人可愛いですよー!」
「可愛いですよね! やっぱり岳人はちっぱいですよね! あぁでも童顔で巨乳っていう王道も捨てがたいー!」
すっかり仲良くなった周辺の女子たちと盛り上がり始めるガクトの姉は、もはや男性向けも書けるんじゃなかろうか。ぽん、とユーシは慰めも含めてガクトの肩を優しく叩いた。それもそのはず、氷帝の制服からジャージへと着替えに行ったユーシとガクトだったが、何故か「岳人ジャージ一式」と書かれたセットに入っていたのはハーフパンツではなくプリーツのスコートだったのだ。スパッツも完備されていたのはせめてもの救いだったと思いたい。どうしようもなくなって仕方なくそれを履いたガクトが男子更衣室から出てきた瞬間、受付スタッフが「ここは男性専用ですよ!? 女性は会議棟一階を利用してください!」と真っ赤な顔で叫んだくらいだ。それくらい、ガクトのスコート姿は自然だった。身長差もあるため、ユーシと並ぶと本当に男女の混合ダブルスかと思ってしまうほどに。しかもガクト本人の容姿は相変わらず向日岳人と瓜二つであり、「女の子みたいに可愛い男の子」を原作と同じく地で行っているため、思わず二度見して振り向く周囲が倍増し、特にその中でも男性の視線は顕著だった。ちょ、向日岳人の女装ってありなんじゃね、誰かそんな本出してる奴いないのかよ、と訴えが広まってしまう程に。
「ほらほら、ちゃんと羽のヘアピンも入れといたでしょー? つけてつけて! ちなみにこれは宍戸からの誕生日プレゼント設定だから!」
「あ、それってサイトで連載されてる『エンジェル』の設定ですか!?」
「そうなんですよー! 今回はエンジェル岳人のコスプレなんです! 氷帝エタニティとどっちにしようかなーって思ったんですけど、ほらやっぱり忍足が一緒だから女体化かなって思って。跡部様か日吉か鳳が一緒だったら赤ニティにしたんですけど!」
「ふわああああ! 見てみたいです! 見てみたいですー!」
「ほらユーシ君、ぼーっと突っ立ってないでガクトの肩抱いて! というかお姫様抱っこ! ほら早く?」
「は? ええと・・・」
「ユーシ、やったら殴る!」
「殴ってこそエンジェル岳人! あんたたちどこまでリアル忍岳!?」
「・・・諦めぇや、ガクト」
「馬鹿ユーシ!」
すまん、と謝ってから少しだけしゃがんで、ガクトの膝裏に腕を通して一気に持ち上げる。バランスを崩さないよう、反射的にガクトの手がユーシの首へと回され、見事に周囲は歓声に満ち満ちた。離せ下ろせ馬鹿阿呆ユーシ、と酷い言われようだけれども、ははは、とユーシはもはや脱力するしかない。羽のヘアピンを付けたガクトはもはやどこから見ても「男の娘」にしか見えず、明らかに「女体化向日岳人のコスプレ」になっていた。恐るべし、と本日何度思ったか分からないことをユーシは思う。何やもう泣きたい。そう思いつつも期待を裏切れないユーシは、ガクトの姉の指示を受けて、ガクトの額にちゅっとキスして見せたのだった。
どんなに写真を撮らせてくださいと言われても、スコートガクトはコスプレ広場には行かなかったそうです。
2011年1月7日