13.ユーシとガクトと謙也と光
「あ、あれってユーシの従兄弟じゃね?」
ガクトが指さした先には、四天宝寺を扱っているサークルスペースがあった。誕生日席と呼ばれる位置に、なるほど確かに忍足謙也がいる。四天宝寺のユニフォームを着て、コスプレしながら同人誌を売っているレイヤーさんだ。どうやら女性のようだが結構背が高くて姿勢が良いため、金髪も相俟って謙也に良く似ているように見える。
「隣におるのは財前、か?」
「謙也ばっかり売ってて、財前はやる気なさそうに携帯打ってんの。ひひっ、あいつらも結構原作そのままじゃん。ユーシ、行ってみようぜ!」
「せやけどガクト、あいつらも中身がキャラと一緒とは限らへんで」
「いいじゃん、そんなの。面白そうだし!」
ぴょんぴょんと跳ねるようにしてガクトが近づいていく。背負っているラケットバッグが本で物凄い重さになっているため、その動きはいつもよりも鈍かったけれども、それでも十分に小動物の動きだ。しゃーないなぁ、とユーシも失笑して後を追う。近づいてくるふたりに先に気づいたのは謙也で、彼女と言うべきか彼と言うべきか、とにかく謙也はぎょっと目を丸くしている。気づいた財前も携帯電話から顔を上げた。
「よっ!」
ぴょこん、とこれまた向日岳人ファンを虜にしそうな仕草で、ガクトは謙也に挨拶した。あたかも本当に知り合いであるかのような気安さで、実際にはそうでない謙也は目を白黒とさせて狼狽えている。あ、え、う、ほあ、にゃにゃにゃにゃ。慌てる様はやはり謙也というよりも女の子で、ガクトが堪忍なぁ、とユーシが割って入ろうとしたとき、口を開いたのは財前だった。
「久し振りっすわ、向日さん。秋の新人戦以来っすか」
「そうだっけ? おまえも謙也も元気そうじゃん。どーよ、四天宝寺は最近?」
「ぼちぼちっすわ。謙也さんはこんなやし、部長は相変わらずエクスタシーばっか言うとるし、ラブルスはキモイしで最悪や」
「ははっ! 変わんねーの!」
飄々と挨拶を口にする財前は、謙也と違い本当に男の子だったらしい。謙也と顔立ちが似ていることから、もしかしたら姉と弟なのかもしれない。知り合いやったんか、とユーシはガクトの横顔を見やるが、そこに浮かんでいるのは挑発的な表情だ。向日岳人がテニスの試合で見せる様な、少しだけ意地の悪い勝気な顔。なるほど、この財前は彼自身の意思で「財前光」を演じてガクトのアドリブに乗ってきたらしい。世の中には肝の据わった奴がおるんやなぁ、とユーシは感心する。
「売ってんのって四天本? カップリングがちとくらだったら買うんだけど」
「向日さん、そないな趣味やったんすか。意外っすわ」
「ちげーっての、俺の姉ちゃんの趣味」
「生憎うちの本は全部謙光っすわ。謙也さんの趣味で」
「ぷっ。謙光本をおまえと謙也で売ってんの? 何その私生活暴露」
「忍岳本を端から買い占めとるようなあんたらに言われたないっすわ。あれすか、忍足さんの愛が物足りなくて妄想に走っとるんすか。うっわーあかんわ、向日さん」
「黙って聞いてりゃ好き勝手言いやがって。謙也から奪っててめーを組み敷いてやろうか?」
「向日さんと俺やったら財岳に決まっとるっすわ。岳財は見たことあらへんし」
「・・・そういや見たことねーなぁ」
妙なところで納得して、まぁいいやじゃあ全部一冊ずつ、まいどー、なんてやり取りをガクトと財前は始めている。ほんま可愛い子ちゃんふたりはえらい度胸やな、とユーシはもはやプロ根性を目にした気持ちで呆れながらふたりを眺めていた。しかし、視界の端で四天宝寺のジャージがぷるぷると震えているのに気づく。見やれば、謙也が俯いて全身を震わせていた。その拳は強く握られており、デジャビュ、と三度気づいたユーシは今度こそ耳を塞ぐのに成功した。
「っ・・・受けふたりのお花ちゃん本や! 次は光と岳人がにゃんにゃん戯れとって、謙也と侑士が大慌てするダブルデート本で決定や! 春コミや春コミ! 光、次は春コミを目指すでぇ!」
「キモイっすわ、謙也さん」
熱く滾る謙也に、馬鹿馬鹿しいといった表情を隠さない財前。ここはここで見事なコスプレやな、とユーシは心から感心するのだった。
携帯を打つやる気ない財前の手を引いて歩く謙也さんという素敵謙光を冬コミで見かけた記念。
2011年1月6日