12.ユーシとガクトと忍岳スペース
やはり真髄は、ふたりがテニプリスペースを訪れたことであった。キャラクターの衣装で買い物をしているレイヤーは多いし、逆にサークル側もコスプレをして売っている場合もある。テニプリスペースでは当然ながらテニプリのキャラクターに扮しているレイヤーがほとんどで、跡部と跡部が擦れ違うなんてこともざらだった。今年は立海大付属中のコスプレが人気らしく多かったが、やはりユーシとガクトは群を抜いて人目を集めていた。男性がテニプリキャラのコスプレをしているだけで、十分に噂になるくらいなのだ。本物に瓜二つのふたりの破壊力は、それはそれは凄まじいものだった。特にガクトは「可愛らしい女の子みたいな外見の男の子」という一部の理想を実体化させたような存在で、何これ夢ですか、と己の頬を抓る輩まで存在する始末だ。
そして羞恥プレイは始まった。主に、サークル側が辱められて東京ビッグサイトの床に穴を掘って埋まってしまいたくなるような、そんな形で。
「俺とユーシの新刊ってどれ?」
大きな瞳で、机の上に並ぶ本を端から端まで眺めてから、小首を傾げて尋ねてくる向日岳人。天然ならではの自然な赤みがかった髪がさらりと揺れて、うわああああ岳人超可愛い女の子マジ女の子でも男前だよ漢と書いてオトコと読むよ、と絶叫しそうになった売り手さんは悪くない。おそらく。ガクトは相手が初対面であっても敬語を使わなかったし、その少しばかり生意気で不遜な態度がまさに向日岳人そのままで、話しかけられる側としては「ひゃっほい!」と叫ぶしかなかった。冬コミ参加して良かった、とはユーシとガクトのコスプレに魅入った誰もが思った感想だろう。
「なぁ、俺とユーシの新刊」
「っ・・・ああああああ、こここ、これです! すいませんこれですこれしかないです! もう一冊は落としましたすみません土下座しますすみません! 岳人に会えるって分かってたなら有給もぎ取ってでも仕上げるべきでしたほんとすみません!」
「落ちたのって『侑士と岳人が修学旅行先で一線を越えちゃう初エッチ本』?」
「ぎゃああああああああああ! ほんとすみません切腹しますほんとすみませんすみませんすみません! ごめんなさいマジ許してください! 勘弁してください・・・っ!」
「・・・ガクト、あんまり虐めるんやない」
愛らしい顔で心底不思議そうに「俺と侑士の初エッチ本が書けなかったのかよ?」と言われてしまった、実際にガクトはそんなことは一言も言っていないのだが、責められたと思ってしまった売り子さんはもう顔面真っ赤の上に涙目だ。いろんな意味で気の毒すぎる。ユーシが横から口添えしてやれば、まぁ俺は十八歳未満だからエッチ本は買えないし別にいいんだけど、とガクトはあっさりしたものだ。
「じゃあこの新刊を一冊ちょーだい」
「ちょーだい、岳人がちょーだい・・・!」
「ちょーだい? ついでに俺ちょっと腹減ってきたから、何か食べ物とか貰えたら嬉しいかも」
「はい喜んでー!」
「ガクト、たかったらあかんて」
ユーシが諌めても、売り手さんが大喜びで自分の鞄を漁りだすから困ったものだ。これしかなくてすみませんむしろ今から買いに行かせてください、とミルクチョコレートポッキーを箱ごと差し出した彼女は、この数分間で一体何回すみませんと謝罪したのか。ありがと、と本の代金を支払ったガクトは、にやりと唇の端を吊り上げる。
「ポッキーかぁ。ジローと一緒に食おうかな」
「・・・っ!」
「それともユーシ、俺とポッキーゲームする?」
わざとらしく黄金の箱を掲げて聞いてくるガクトの振る舞いに、もはや忍岳だけでなく岳人受けスペースである周囲は悶絶だ。向かい側は忍跡スペースが並んでいるが、そんな彼女たちでさえ「岳人かっこかわいい男前・・・! もしや岳跡っていける!? いやむしろ岳人女王様総攻め本!?」などと言っているのだからその威力恐るべしだ。だからこそユーシも笑いながら身を屈めて、ガクトの耳元に唇を近づけた。きゃあだかぎゃあだか挙がる悲鳴が物凄い。
「ベットの上でやったら付き合うてもええよ? その後の保証はせえへんけどな」
ガクトが虐めた売り手さんへのサービスのつもりだったのだが、どうやら刺激が強すぎたらしい。彼女はがっしゃんとパイプ椅子どころか荷物までなぎ倒して、その場へと腰を抜かしてしまっていた。低音のユーシの甘い声が聞こえた左右のサークルの売り手さんも、真っ赤だったり突っ伏して震えていたりで惨事が起きている。少し離れた場所にいる人々にはユーシの台詞は聞こえなかったらしく、何々、と言った様子で身を乗り出しており、今度はガクトがどんっとユーシの肩を押して少し離れた。
「ばーか、調子に乗んな!」
頬を薔薇色に染めて、照れたように、それでも満更ではなさそうに笑うガクトの何たる可愛さか。ユーシにはそれも向日岳人としてのサービスだと分かっていたが、そうと知らない周囲はじたばたするしかない。そうしてガクトとユーシは忍岳スペースを端から虜にして練り歩いていったのだった。
そしてこのリアル忍岳のパフォーマンスが、次回の本への糧となるのです。
2011年1月5日