10.ユーシとガクトとコスプレ広場
「ああああの! 写真撮らせて貰えませんか!?」
大層な一眼レフのカメラを抱えてそう声をかけてきた彼女の存在には、実はユーシもガクトも十五分前から気が付いていた。ずっとふたりの後を追ってきていたのだ。コミックマーケットでは指定の場所以外での撮影は禁止となっているため、声をかける機会を窺っていたのだろう。時折勝手に携帯電話のカメラを向けられて、その度にスタッフが出てきて撮ろうとしていた少女たちに注意をするという光景を何度も見てきたユーシとガクトは、正面から尋ねられて正直少しほっとしていた。互いに視線を交わし合って、いいけど、とガクトが口を開く。
「俺たちこれから東に戻んなきゃいけないから、十分くらいしか付き合えないけど、それでもいい?」
「っ・・・もちろんです! 我儘言ってすみません!」
「じゃあ、えーと、レストランの外のコスプレ広場?」
「はい! よろしくお願いします!」
真っ赤な顔で、女性は折り目正しく九十度に頭を下げた。彼女自身はコスプレをしているわけではないが、このカメラの立派さから聞いてみたところ、レイヤーを撮るのが好きで、それが目的で今回も参加していたらしい。テニプリキャラは今までたくさん撮ってきたんですけど、おふたりはその中でも段違いに侑士と岳人です、と握り拳で主張されれば、ふたりとて悪い気はしない。人波を縫って西ホールを出て移動する。背後から慌ててカメラを持った人たちが我も我もと追いかけてきたけれども、一度で済むならとふたりは特に気にしなかった。
そして辿り着いたコスプレ広場は、一言で言うならカオスだった。きらびやかな衣装を身にまとったレイヤーたちは圧巻の一言に尽きるが、ジャンル問わず集合しているため、作品の違うキャラクター同士が並ぶという多重クロスにも程がある状態になっている。しかしそんな広場でさえ、ユーシとガクトが足を踏み入れた際には沈黙が訪れた。次の瞬間からはざわざわと波のように小声が波紋となって広がっていく。来た、来た、来た、来た! ついに来た! ねぇちょっとカメラどこ!? 例の忍岳がついに来たよ! 反響は見る間に広がっていく。
「えっと、じゃあ最初にひとりずつ撮らせてもらってもいいですか?」
一眼レフの調整を終え、女性が願い出る。お願いします俺も一緒に撮っていいですか、あたしもいいですか、俺も、あたしも、という雪崩のような許可申請を受けていたユーシとガクトは、全部まとめて好きにしてと言い放ち、空いているスペースへと向かう。じゃあ俺が先、とガクトがラケットバッグを置いてくるりと回転して立ち位置を決めた。
「こーいうときってポーズとか取った方がいいのか?」
「いえ、あの、十分に向日岳人らしさが出ているので、好きなように動いてもらって構わないです」
「ふーん? ラケットがあったら良かったんだけどさ、ないから何も出来ないし」
三十センチメートルを超えたり振り回したりで危険性のある小道具の持ち込みは禁止されているため、ここにはないラケットをガクトが嘆く。光るフラッシュの数は尋常ではなく、何やこのアイドルの撮影会は、とユーシは思わず引いていた。これから自分があの数のカメラを向けられるのかと思うとぞっとする。背筋を震わせていると、ガクトがにやっと笑ってユーシの手を強引に引いた。
「ほらっ! 一緒に撮ってもらおうぜ!」
「っ・・・ガクトの我儘には敵わんなぁ」
身長差があるため肩は組めなくて、それでも並んで笑い合えばフラッシュが光る光る。プラスしてそこここから黄色い声が上がる上がる。動きを止めて額を突き合わせ、真剣な表情をふたりでしてみたら、喧嘩する忍岳も萌え、なんて言葉まで貰ってしまった。しかしガクトが明るく笑うものだから、つられてユーシも笑みを漏らしてしまい、忍岳最高、なんて言葉に変わるのも早い。
「ここに日吉がいたらさ、俺の逆ハーレムになったのに」
悪戯な顔でガクトが言う。魂胆が分かってユーシも苦笑しながら話に乗った。
「右手に俺、左手に日吉か?」
「違うって。俺は左利きだから、左にユーシ、でもって右手に日吉」
「俺の方が上なん?」
「当然だろ? 日吉とのダブルスも楽しいけど、俺とユーシはやっぱり特別だからさ!」
至る所で更に悲鳴が挙がり、ガクトはやっぱりエンターテイナーやなぁ、とユーシは感心する。あの姉を持つからか、腐女子が一体どんなキーワードで喜ぶかを分かっているのだ。だからこそ現実には存在しない相手の名前を出して、より一層の興奮を煽る。方向性が向日岳人総受けなのは姉の影響もあるだろうし、ガクト自身愛される性質だからだろう。完璧な忍足侑士と向日岳人と共に合わせで撮りたいと願い出るテニプリレイヤーは山ほどいたが、このまま時間を潰していると東ホールでの買い物が出来なくなるためにふたりは断ってコスプレ会場を後にした。
最後に、一眼レフの女性からは「おふたりで召し上がってください」と箱詰めの菓子折りを貰ってしまった。何でも、そのイベントごとに一番素敵だと感じたレイヤーにプレゼントすることにしているらしい。写真はデータで送りますね、と言われて、ふたりは「何かあったらこれを教えて」と前もって言われていた姉の同人用のメールアドレスを伝えた。写真を撮っていた他のひとたちにも教えたため、一体何百枚の写真が送られてくるのか見当もつかないが、とりあえず同じレイヤーから見てもやはりユーシとガクトのコスプレは完成度が段違いだったらしい。
ホムペのアドレスを教えてくださいと言われて、そんなのないしと言ったら何故か嘆かれ怒られたリアル忍岳。
2011年1月4日