9.ユーシとガクトと西ホール





テニプリ関係で欲しいのは全部事前に話を通しておいたから、あんたたちはとりあえず西に行って来い。もう二度と行けないと思うから、買い残しなく全部ちゃんと買ってきてね。でもって私の趣味だって少しでも思った本はとりあえず買ってきて? どっからそんな金が出てくるんだって? ふははははは! 私がいくつからお年玉貯めてきたと思ってんの! お小遣いだって切り詰めて生活よ! というわけでいってらっしゃい、いってこい! 全部買うまで帰ってくんなよ!
そんな笑顔と脅迫と共に送り出され、各地区のシャッターが閉まって行き来が出来なくなる九時三十分より前に実は西ホール入りしていたユーシとガクトは、扱うジャンルの違うこちらでも、やはり注目の的だった。「テニスの王子様」といえば、漫画だけでなくアニメにノベライズ、そして劇団四季もびっくりなロングランミュージカルを行っていることで有名だ。大量の腐女子を生み出した恐るべし漫画としても知られており、少年ジャンプで連載していたことから男女共に知名度は高い。というかコミックマーケットに来ている人間で、テニプリを知らない輩はいないだろうと断言できる。現在は「新テニスの王子様」として続編が連載されており、一時期より落ち着いたものの、やはり人気は未だ健在だ。そんなテニプリの中でもファンの多い氷帝のコスプレをしているユーシとガクトは、例えジャンルが違うスペースにいても視線を集めて仕方がなかった。ライトノベルのスペースに来ている今でさえ、サークル参加者、一般参加者共に、擦れ違う誰もがふたりに向かって視線を送る。あれ見て忍岳、という声は悲しいかなバックミュージックのように慣れ切ってきた。
「・・・ん?」
「何だよ、ユーシ」
「あ、や、ちょっと」
足を止めたユーシの存在に、驚愕したのはそのスペースの売り子さんだったに違いない。えええ何で忍足がうちの前に! っていうか岳人が「ゆうし」って呼んでるし! え、え、まさか中身まで成りきってる!? 何それ素敵過ぎる! テニプリって今まで興味なかったけど、ちょっといいかも! っていうかレイヤーさんが本気で素敵過ぎるんだけど! ・・・・・・などと脳内は派手にヒートアップしているが、その間にもユーシはじっと机の上に並べられている本を見つめている。白の特殊紙に紫色で題名が綴られているだけのシンプルな小説本だ。A5サイズで厚みはそれなりにあり、値段は600円。少し先に行っていたガクトが戻ってきて、ポップアップに目を通して「ああ」と頷く。
「このジャンル、ユーシがこの前読んでた本じゃん。結構面白かったって言ってたっけ」
「せや。後味が微妙やったから、ちょお気になっとったんやけど」
つい、とユーシが視線を上げる。丸眼鏡の奥の瞳に見つめられ、売り子さんは思わずがたんと椅子から立ち上がって直立した。
「見せてもろうてもええ?」
「あ、はい・・・っ! どどどどうぞ!」
「おおきに」
声まで何たるエロボイス再生。忍足万歳、とひとりの忍足ファンを増やしたことなど知らないユーシは、そっと本を手に取って開く。ガクトはその隣で姉手製のお買いものマップを広げており、あれは買った、今度はこっち、とぶつぶつ呟いては戦利品のどっさり入ったラケットバッグを背負い直している。その間、生きた心地がしなかったと、後に売り子さんは自身のブログで語ったという。立ち読みには些か長い時間が経過した頃、ガクトが横からユーシをせっついた。
「ユーシ、それ買うのかよ?」
「んー・・・」
「いつまでも読んでたら失礼だろ。気になるなら買えばいいじゃん」
「せやけど600円やで。俺の昼飯二食分やで」
「だから姉ちゃんからバイト代が出るから平気だって。その本の何が引っかかってんだよ?」
「組み合わせがなぁ・・・。オールキャラなんやけど、うーん」
「なぁ、これってどんな本なの? カップリングとかどうなってんの?」
うーんうーんと唸っているユーシを余所に、ガクトは売り子さんへと話しかける。向日万歳、とひとりの忍岳ファンを増やしたことなど知らないガクトに、売り子さんはどぎまぎしながら返事をした。可愛い可愛い可愛い、レイヤーさんホームページのアドレス教えてください、と心中で騒ぎながら。
「えっと、カップリングは、ない、です。主人公中心のオールキャラで、ギャグとシリアスが半々くらいの感じで」
「だってさ、ユーシ」
「公式カップリングも入っとらんの?」
「・・・すみません、入ってないですごめんなさい。個人的に余り好きじゃなくて」
むしろ出番すら少ないです、と売り子さんが肩身を狭くして訴えると、逆にユーシは表情を明るくして頷いた。
「せやったら買うわ。俺も正直、公式のふたりはあんま好きやないねん。出とるんやったらどないしようかなーと思うとったんやけど、出とらんなら買うわ。600円やったっけ?」
出さなかったあたしグッジョブ、と心底自分を褒めながら、売り子さんはユーシから差し出された五百円玉と百円玉それぞれ一枚ずつを受け取った。小銭を完備してるなんて流石忍足と感極まる一方で、むしろ御代なんて結構ですただで差し上げますので受け取ってください、ああでもそれって引かれるよねううう、なんてぐるぐると考える。購入した本をユーシがバッグにしまい、彼に決断させたガクトはというと、机の上にある薄い冊子を指さした。
「これさ、無料配布? 貰ってもいい?」
「あ、あああ、ハイどうぞ喜んで!」
「サンキュ。ユーシ、そろそろ行ける?」
「大丈夫や。おおきに、ガクト」
「『デュラララ!』は全部買えただろ? 次はハルヒだ」
「そこまで手ぇ出しとるんか・・・。幅が広すぎるやろ、ガクトの姉ちゃん」
「俺も弟ながらそう思う。雑食過ぎるよな」
会話をしながら遠ざかっていくふたりを、売り子さんは突っ立ったまま見送った。アニメ化して現在大人気のライトノベルのゾーンも、ふたりが近づくとモーゼのごとく人が脇に避けるのだから素晴らしい。しかし会場は混んでいるので、その分寄せ集めされた端の方がとんでもないことになっているのだが、それはそれ、リアル忍岳の前では女子は皆支持者に早変わりだ。
「・・・新刊落とさないで良かった・・・!」
売り子さんの心の底からの呟きだった。もう今日は一冊も売れなくていい、そんなことまで思って彼女は一日を過ごしたという。





drrrゾーンは凄かったらしいですよ・・・?
2011年1月4日