7.ユーシとガクトとコスプレ2





コスプレをするひと、コスプレイヤー、所謂「レイヤー」の比率は、現在では十人中女性が九人を占めると言われている。そのせいか男子更衣室は意外と空いており、もっと混んでいるかと思っていたユーシは拍子抜けした。入り口で代金を払って登録し、中へと入る。長机だけが置いてある空間は、現在はサークル参加者だけが利用可能なのだと思い当って考え直した。ネットやと女子更衣室はかなり混むらしいしなぁ、と一応調べてきた情報を頭の隅で思い出す。その間にもガクトはキャリーバッグを机の上に載せ、じじじと音を立ててチャックを開いていた。中は袋ごとに分類されており、それぞれマジックで「忍足制服一式」や「向日ジャージ一式」などが書いてある。まめやなぁ、と思わずユーシは感心してしまった。
「ジャージと制服、どっちにしろって姉ちゃん言ってなかったよな? どうする?」
「携帯で聞こか?」
「や、会場だとほとんど通じないらしいし、登録すれば着替えって何回でも出来るんだろ? だったら後で着替えりゃいいし」
「せやな。ほな、最初は制服でええんちゃう?」
「一応聞くけど、何で?」
「・・・まだ朝やし、ジャージやと寒いやん」
ぼそっと呟いたユーシに、ガクトがぶはっと吹き出して笑った。ぷるぷると震える赤い髪を後ろから小突き、ユーシは自分の分の衣装一式をキャリーから取り出す。未だにやにやと笑っているガクトも、同じようにして自分の服を取り出した。
「うわ、すっげー! これって本物の制服っぽい!」
「ほんまやな。ガクトの姉ちゃん、裁縫までいけたんか」
「家庭科の成績は普通のはずなんだけどなー? あれじゃん? 執念?」
「洒落にならんから止めといて。せやけどスラックスは茶にグレーのチェックなんやな。原作もこの色やったっけ?」
「たぶん違うんじゃね? 姉ちゃん、人目を引く色がどうとか言ってたし。これなら他の学校と間違えないからこれにしたんだと思う」
コスプレと言えど制服なので、学生の身として迷うことなく着ることが出来た。ワインレッドのネクタイは嫌味にならない上品さで、キャメル色のジャケットの胸元に刺繍されている氷帝の校章は、近くでまざまざと見ても歪みが見当たらない精巧さだ。しかもどの布もいいものを使っているからちゃちさは感じず、本物の制服にしか見えない。ベルトを締めて、靴を履きかえてしまえばハイ終了。五分で忍足侑士と向日岳人が完成してしまった。互いに着替え終えた相手を上から下まで眺め回し、ガクトは楽しそうに笑い、ユーシはどこか諦めたように溜息を吐き出す。
「ユーシ、侑士みてぇ! 格好いいじゃん!」
「ガクトもほんまに岳人みたいやで。俺ら、ほんまにそっくりやったんやなぁ」
これなら騒がれてもしゃーないわ、とユーシは実感するしかない。どうやって入れたのかテニスのラケットバッグもしっかり二人分入っており、ふたりしてそれを背負えば出来上がり。髪の色もガクトは元々赤みがかっているし、ユーシもどこか淡いブルーを感じさせるので染める必要がない。化粧は、と考えて、中学生男子が化粧をしている方がおかしいだろうと思って止める。これが女子で、男装をするのならまた別なのだろうが、ユーシもガクトも現役中学生だ。ナチュラルさを演出した方が良いだろうし、おそらくガクトの姉もそれを狙っているのだろう。俺は忍足侑士、俺は忍足侑士や、とユーシは自身に言い聞かす。ちょっと寒い、とガクトはつけてきた私物のマフラーをぐるぐると自身の首元に巻いた。後ろでちょこんと結ぶ様は、原作では見たことがないけれども「向日岳人ならこうするだろう」といった様子そのもので、ユーシはもはや感嘆することしか出来ない。
「ユーシも、ほら」
渡された濃いグレーのマフラーを巻きつけられる。おおきに、とされるがままにしていると、ユーシの場合は流すだけで結ばれたりはしなかった。これはこれで忍足侑士らしく、苦笑してしまう。軽く身支度を整えて、キャリーバッグに荷物を詰めて、よし、と気合を入れて拳を握る。
「そんじゃ、今日は頑張ろうぜ?」
「死にそうになりながら頑張っとったガクトの姉ちゃんのためにも」
「俺らは氷帝ダブルス! 勝つのは氷帝、負けるの青学ってな!」
にっと笑い合って、ふたりは男子更衣室を出た。もはやその時点で彼らを認めたサークル参加者たちが奇声を上げ始めるのだから、その威力は素晴らしい。目が合った女の子にガクトはひらりと手を振り、ユーシは優しく微笑んでやった。更に高まった歓声に、ちょっと気持ちいいかも、とガクトが笑った。





姉ちゃんはどうやらアニメとミュを基準にしたようです。
2011年1月3日