4.ユーシとガクトと二次元行き電車





電車の中は軽い羞恥プレイだった。ユーシは、これほど自分が忍足侑士にそっくりで、尚且つ名前まで彼と同じ「ゆうし」であったことを後悔したことはなかった。新宿で埼京線に乗り換えて、後は国際展示場駅まで直通というところまで来ると、もはや車内は平日の通勤時間もかくやといった混み具合になってくる。しかも、乗客の九割以上が同じく国際展示場を目指しているのだから空気は異様だ。ジャンルは違えど誰しもがそれなりの知識を持っている中で、「テニプリ」の忍足侑士にそっくりなユーシと、向日岳人にそっくりなガクトが目立たないわけがない。しかもふたりの格好は、昨日ガクトの姉が指定した通りの服装だ。詳細はユーシには分からなかったが、「ペアプリとミュを参考にしたの!」と姉が言っていたので、ほぼ公式に近い雰囲気の私服になっているのだろう。そんな服を着ているユーシとガクトに寄せられる視線は多い。扉が開いて新たな乗客が乗り込んで来る度に、特に女子はふたりを見てぎょっとして瞳を輝かすのだから尚更だ。すし詰め状態の車内で、ユーシは精神的にも肉体的にも色んな意味で限界だった。
「姉ちゃん! 席空いたから姉ちゃん座れよ」
「え、いいよ。ガクト座ったら」
「馬鹿、徹夜で疲れてるんだろ? 着いたら起こすから姉ちゃんは寝てろって」
「ガクト・・・! あんた最高! 男前!」
名前が下手にキャラクターと同じものだから、姉は普通に弟の名前を呼んでいるだけなのに、周囲の耳が聞き逃すまいと大きくなる。しかもガクトが姉と思われる少女のために席を確保していたり、心配をしていたりするのだからその光景は更に輝く。
「ちょ、何あのドリーム・・・!」
「姉弟設定!? がっくんのお姉ちゃんとか最高なんですけど!」
「いいなぁ、私もがっくんみたいな弟が欲しい・・・」
「あたしはジロちゃんを弟にしたい!」
そこかしこで聞こえてくる会話に、ユーシは本気で他人の振りをしたかった。しかしカーブに差し掛かって車内が揺れ、バランスを崩したガクトの腕を反射的に掴んでしまう。危ない、と力を込めて引き寄せれば、ガクトの赤みの強い髪がユーシの鎖骨あたりにぶつかった。
「って! 悪いユーシ、サンキュ」
「ガクトは軽いなぁ。もっと食わなあかんで」
「軽いとか女扱いすんなよ! 俺だって男だっつーの! 見てろよ、来年はユーシの背を越してやるからな!」
「楽しみにしとるわ」
くすっと笑っていつも通りの親友との会話を終え、ユーシははっとした。席についているガクトの姉は少しでも体力を回復するべく眠っているので大人しいが、周囲のボルテージが否応なしに盛り上がったのに気づいてしまったのだ。声に出していないあたり、まだ常識は保たれているのだろう。しかし連れ同志で互いに肩やら腕やらをばんばんと叩きあい、ぷるぷると身体を震わせている女子が多すぎる。口元に当てられている手は、にやけている唇を隠すために違いない。遠くにいた男性と目が合って、気まずげに視線を逸らされたのがその証拠だ。リアル忍岳。そんな言葉がユーシの脳裏にでかでかと浮かぶ。もはや岳忍ではないことを幸いと思うべきなのか。
「すっげー人。早く着かねーかなぁ」
「そうやね・・・」
はは、と乾いた返事をしたユーシの足に、誰かのキャリーバッグがぶつかった。痛くて、それとは別にいろんな意味で、ユーシはすでに泣きたくなってしまったのだった。





地元駅から会場の東ホールまでずっと一緒だった方がいらっしゃいました。お疲れ様です。
2011年1月2日