3.ユーシとガクトと当日早朝





二十九日、ユーシはガクト宅に宿泊することを強要された。それは正しく強制だった。しかも当日着ていく服装まで正しく指定された。忍足ならコートでしょ、マフラーでしょ、足元はスニーカーじゃなくて革靴で、などなど。すべて着用してみれば、ガクトの姉は「ぎゃああああああ! 忍足! 愛してるー! 結婚して! 違う、やっぱり岳人と結婚してー!」と叫んで抱きついてくる始末で、本当にユーシはほとほと困り果てるしかなかった。ちなみにユーシが来る前にファッション指定を終えたらしいガクトは、「姉ちゃん、昨日から睡眠時間三時間だから我慢してやって」と至って男前でクールだった。そうして明日は早いから、と無理矢理寝かしつけられること午後八時。隣のガクトの姉の部屋からは、ミシンの規則正しい音と、時折物凄い奇声が、翌日の朝四時まで聞こえていたのだった。そうして迎えた十二月三十日、コミックマーケット二日目当日。
「・・・姉ちゃん、マジで大丈夫かよ?」
姉の奇行には慣れているガクトですら心配するほどに、姉の顔色は真っ青だった。どうやらいろいろなことが終わらなくて、結局一睡もすることが出来なかったらしい。それでもすべての準備を終えた彼女は執念の一言だとユーシは思った。
「だから言ったじゃん、グッズだけにしとけって。コピー本なんか作るからさぁ」
「うっさい・・・。だって岳人が私を呼んでたんだもの・・・。俺と侑士を幸せにしてくれって、岳人が。でもコピ本はジロ岳宍の幼馴染トリオなんだけど」
「はい、リポビタ」
「ありがと・・・」
弟に差し出された栄養ドリンクを、姉はおぼつかない手つきで蓋を捻って、唇に押し当てる。腰に手を添えて一気飲みする様は、とてもじゃないが花の女子高生には見えなかった。え、どこのおっさん、とユーシが思っているうちに飲みきって、ぷはあ、と言うものだから尚更だ。
「よっしゃ! じゃあ行くか! ガクトはそっちのキャリー持って! ユーシ君はそっちのボストンよろしく!」
「あの、姉さん、結局衣装って出来上がったん?」
「もちろん! 同人に不可能はないのよ!」
どちらかといえば出来上がらなかった方が良かったのだが、ぐっと親指を突き立てて返された爽やかな返事に、ユーシは「そりゃよかったなぁ・・・」としか返せなかった。そうして母親に見送られて家を出たのが、朝の六時前。当然ながら冬の今は太陽も昇っておらず、真っ暗な外は寒々しい。始発バスを待つ間も寒さが足元から駆けあがって来るのに、ガクトの姉だけは先ほどの死にそうな様子とは打って変わって全力で元気だ。
「姉ちゃん、何でそんなに元気なんだよ」
「そりゃ冬コミ当日だからに決まってんでしょ! YAーHAー! 待ってろ国際展示場!」
人がいないからってバス停で叫ぶのは止めてほしい。他人の振りをしたいけれども、この大荷物がどうしたって同行者だと主張してしまう。ほんま勘弁して、と祈るユーシの十二月三十日は、始まったけれどまだ始まっていないのだ。





ジロ岳宍の幼馴染コピー本。30部の無料配布。小学生時のミニミニトリオがきゃっきゃしてる話。
2011年1月2日