2.ユーシとガクトとクリスマス
クリスマスといったって、中学生には余り関係のないイベントだ。もちろん貰えるプレゼントはサンタクロースが親だと分かっていても嬉しいものだし、ケーキやチキンなどの御馳走は成長期としてありがたい。しかしテレビで組まれている特集ほどに熱が入らないのもまた事実なのである。恋人でもいれば話は別なのだろうが、ユーシはそんな甘酸っぱい存在とは無縁だった。彼の名誉のために記しておくと、ユーシが女の子に人気がないといった、そういうことでは断じてない。むしろ学校内でも指折りの色男とされているユーシだが、まだまだ女の子といるよりも男友達と遊んでいる方が楽しい年頃なのだ。なので彼はクリスマス当日の今日も、ガクトと待ち合わせをして映画を見て、ご飯を食べて、街をぶらぶらと遊び歩いてから彼の家にお邪魔するという至って健全な過ごし方をしていた。白いふわふわとしたコートを着たガクトが女顔であることも相俟って一瞬だけ少女に見えてしまい動揺することはあったけれども、とりあえずは何事もなかった。
しかしガクトの家に到着した瞬間、その健全は脆くも崩れ去ったのだった。如何わしいとは、何だかまた微妙に異なる方向性で。
「ああああああっ! ユーシ君いらっしゃい! どうだったクリスマスデート! ガクト、あんたちゃんとヤドリギの下でキスしてもらった!?」
「姉ちゃん、クリスマス企画終わったの?」
「人間やれば出来るのよ! ひゃっほい私頑張った! サンタさんありがと愛してるー!」
「ユーシ、ケーキ食べるならリビングでいい?」
「俺はええけど・・・」
ドアを開くなりハイテンションに迎えられ、ユーシは若干引いた。ガクト家を訪れると毎回のことだからいい加減慣れるべきなのだろうけれども、どうも上手くいかない。ユーシを動揺させた張本人であるガクトの姉は、開いているサイトの企画を無事終了できたことが嬉しいのか、ひとりでくるくると廊下を回っている。ヤドリギの下で、キス。ヤドリギの下で、キス。おそらく、今回の彼女のクリスマス企画はそういった内容だったのだろう。テニプリの忍足侑士と向日岳人がヤドリギの下でキスをするような、イラストだか漫画だか小説だか分からないけど、とにかく何か。せめてフリーの「お持ち帰りください」ではないことを祈るユーシである。
ガクト家でユーシの存在はオールフリーだ。家族と同じような扱いで、ガクトの母も父も「いらっしゃい」と笑顔で歓迎してくれる。お夕飯食べていくでしょ、という言葉は常套句で、ユーシ用の少し大きめのスウェット上下すら完備されているような家なのである。ちなみに逆のパターンでも同じだ。ガクトはユーシの家を訪れる度にユーシの母親と姉に可愛い可愛いと抱き締められたり頬擦りをされたりしていて、父親は「いつお嫁に来るんだい?」と笑って問いかけたりしている。そんなふたりの関係は、実に美味しくガクトの姉の日々の萌えとなっていることもまた当然だった。
「そういえばユーシ君、三十日オッケーしてくれてありがとー!」
手土産に買ってきたケーキをガクトが母親へ渡しに行っている合間に、姉が話しかけてきた。オール電化が進んでいるガクトの家では、家中の至る所が床暖房であるためコタツが存在しない。ソファーに腰かけていたユーシは、角隣りの席に姉が座ったことで年末の自分の、おそらく精神的な意味で過酷になるだろう状況を思い出して青褪めた。
「あの・・・三十日って、やっぱり」
「冬コミ二日目! テニプリ忍岳スペースだからよろしく!」
「・・・やっぱり、そうやろうなぁとは思うとったけど。俺とガクトは売り子すればええんですか?」
「うん、私が席を外すときはお願いね。だけどどっちかっていうと売り子より買い子かなぁ」
「買い子?」
「売ってると席を外せないじゃない? だから私が欲しい本のリストを渡すから、ふたりにはそれを買ってきてもらおうかと思って。もちろんお金は私が出すから」
「ああ、せやったら多分大丈夫です」
自分たちにそっくりのキャラクターが絡み合っている本を売るよりも、広い会場を走り回って別の本を買ってくる方が数倍ましだ。ほっと胸を撫で下ろし、ユーシは随分と不安が薄くなった。でもねぇ、とガクトの姉は難しい顔で続ける。
「ネットなら分かんないからいいけど、オフだと年齢を提示しなきゃいけないじゃない? 私まだ高二だから十八禁が書けなくて。忍岳のラブラブエロが書けなくて! あああっ! すっごくすっごく書きたかったのに! いいネタも浮かんだのに書けなかったしー! 早く年取らないかな、来年にならないかな! 来年の冬では十八禁本を出すぞー!」
「・・・姉ちゃん、来年は受験やないんですか?」
「受験? そんなの秋に推薦で決めるから平気平気! はーやくらーいねーんがきーますよーにー!」
「さよか・・・」
自作の歌で来年の抱負を語っている姉は、容姿だけならガクトと似ていてとても可愛らしい。しかし中身は腐女子であり、そのテンションに着いていけないのもまた事実だ。いい人なんやけど、俺とガクトの日常をネタにするんは止めてほしいなぁ、とユーシがげんなりしていると、一瞬前まで隣で歌っていた彼女が何を思い出したのか勢いよく立ち上がる。びくっとユーシは震えてしまった。
「な、何や?」
「ユーシ君、ちょっとごめんね。大丈夫大丈夫、セクハラじゃないから。セクハラはユーシ君がガクトにしてくれていいから」
「姉ちゃん、その台詞がすでにセクハラだぜ」
「やーん! ユーシ君って肩幅広い! これが忍足の肩幅なのね・・・! 凄い、格好いい、素敵。マジ惚れる氷帝の天才」
「ガクト、ガクト! 見てるだけやなくて助けんかい!」
「だって姉ちゃん楽しそうだし」
「うーふーふーリアル忍足ー! あ、でも大丈夫だからね、ガクト! あんたからユーシ君を奪ったりしないから!」
「はいはい。つーか、そろそろユーシ離せよ。鳥肌立ってるから」
「はーい。あ、ケーキありがとー! じゃあ私、部屋で食べるから。これから型紙作って裁断しなきゃ! っひゃー! テンション上がる! じゃーねユーシ君、三十日は朝早いから前日から泊りでよろしく! 電車代とかは全部私が出すから心配しないでねー!」
ぱっとユーシから離れた姉は、ガクトから盆に乗ったケーキと紅茶のセットを受け取り、今にも踊りだしそうな足取りでリビングを去っていった。型紙? 裁断? 一体何のことや、と蒼白な状況でユーシは考える。もしかして、今抱きつかれていろんなところをメジャーで計測されたのは、まさか。
「っ・・・! コスプレさせる気なんか!? ガクトの姉ちゃん!」
「あー、何かそうみたい。氷帝のジャージと制服っぽい布、すげえ勢いで買ってたし」
隣に座って何食わぬ顔でケーキを食し始めたガクトに、ユーシは全身で脱力するしかなかった。ついさっき不安のなくなった三十日が、最初よりも更に無理難題の権化として圧し掛かってきている気がする。俺、ほんまに生きて正月を迎えられるんやろうか。嘆くユーシの口元に、ガクトがケーキの苺を無理矢理に押し付けた。
会場で見かけるレイヤーさんに、「本人が本人の同人誌を買いに来たらどうすんだろう、それ楽しい」と思った結果です。
2011年1月1日