降臨する王者(予定、来年こそは!)
とんでもない一年生が三人、それには及ばずとも中々の実力者が四人、立海大付属中男子テニス部に入部届を提出した次の瞬間、部長の浦山しい太が自分に向かって浮かべた笑顔を、切原は一生忘れることがないだろうと確信している。独特の口調こそつかなかったものの、それは明らかに「任せたでヤンスー!」と語っていた。そしてその日から厄介な七人の一年生は、すべて切原に押し付けられることになったのである。ひでぇ、浦山部長。春から三ヶ月経ち、夏を迎えた今でも一日一回は呟かずにいられない。それだけ手のかかるルーキーたちなのだ。
「切原先輩、本当に強いんですか? 青学の越前さんって」
関東大会の会場で一角を占めている立海には寄せられる視線も多い。神奈川の伝統校でもあるし、去年は関東二位で全国にも出場している。試合開始にはまだ時間があるため、東屋で時間を潰していると七人のルーキーのうち、最も実力のある幸村が話しかけてきた。その左右には真田と柳が並び、興味津々といった様子でベンチに座っている切原を見下ろしてくる。その体勢が気に入らず、とりあえず座れ、と手のひらを振れば三人は地面に体育座りした。テニスが強いからこそ態度も大きな一年たちだが、彼らは基本的に切原にだけは従順だ。それは春先に、挑んできたルーキーたちをひとり残らず切原が返り討ちにしたことに由来するのだろう。丸井とジャッカルは少し離れたところでドリンクを飲んでおり、仁王と柳生はどこにいるのか姿が見えない。やべぇ、と切原は少しばかり冷や汗を浮かべた。正真正銘の赤の他人なのに、うりふたつになれるあのダブルスペアは放し飼いにすると周囲にどんな被害を与えるか分からない。かといって目の前の三人を無視すれば、幸村が笑顔でぶちきれるのも想像に容易い。あー・・・、と小さく逡巡して、切原は立ち上がることを諦めた。どうか仁王と柳生が他校に迷惑をかけていないことを祈るのみである。
「データなら柳が集めてんじゃねぇの?」
「集めていますが、やはり実際に見た人の意見の方が参考になります。切原先輩から見て、越前リョーマとは一体どんなプレイヤーなのか教えてください」
「昨年の全国制覇を成し遂げた男なのだから強いのでしょう? 違うのですか?」
どうやら柳も真田も気になる話題らしい。今年から中学に上がった彼らからしてみれば、確かに知らぬ選手ばかりの中で最も強い相手に注目するのは仕方がないのかもしれない。越前さんなぁ、と切原も昨年対戦した他校の先輩を思い返す。きっとこの会場のどこかにいるだろう、青学の最上級生。小柄な体格は二年生の切原とそう変わらない。それでも、比類なき実力。誰より頂点が似合う不敵な笑み。刻み付けられた敗北の屈辱は、切原に雪辱を誓わせた。今年こそはあの人に勝ってやる、そう固く拳を握り締める。
「そうだな。やっぱり今の中学テニス界で一番強いのは、あの人じゃねぇの」
「四天宝寺の遠山さんは?」
「あー、あの人も強いけどな、俺は個人的に越前さんだと思ってる。去年と、浦山部長に聞いた話だけど一昨年の直接対決も、どっちも越前さんの勝ちらしいし」
「越前さんは技術が、遠山さんは身体能力がずば抜けていると聞いてますけど」
「どっちも化けモンだぜ、その点に関しては。まぁ今年は俺が勝つけどな!」
「切原先輩は去年、ふたりともに負けているとか」
「うるせぇよ! 今年は勝つからいいんだって!」
ぎゃう、と噛み付いてやれば、幸村がくすくすと笑みを漏らす。三年生であるリョーマは今年が最後だ。リベンジのチャンスは今回をおいて他になく、おそらくそれは関東と全国の二回。立海の伝統として試合のオーダーは部長が決めることになっているが、今年はどうだろうな、と切原は思う。もしかしたら浦山は、リョーマに幸村もしくは真田をぶつけるかもしれない。過去に経験のある切原よりも、未知の相手の方が可能性があると判断してしまうかも。それは面白くない。勝手に考えて、切原が唇を尖らせたときだった。ざわりと周囲の空気が色を変えた。肌で感じた幸村たちが振り返り、切原も顔をあげる先に、一目見たら忘れられない鮮やかな青と白のジャージがあった。
「ねぇ、切原。後輩の指導くらいちゃんとして欲しいんだけど?」
「越前さんっ!」
どこか挑発的な笑みを浮かべて、そこに立っていたのは話していたばかりの人物だった。越前リョーマは、慌てて立ち上がった切原とやはり変わらない目線の高さで、左右に桃城と海堂を侍らせている。そのふたりが首根っこを引っつかんで捕らえているのは、先ほど切原が危惧していた仁王と柳生だった。いや、今日はどちらも柳生の格好をしている。そのくせ不貞腐れた顔でふたりとも「プリッ」なんて言っているのだから、どっちがどっちなのか切原にはもはや理解不能だ。無敵青学の登場に立海の中にも緊張した空気が流れる。去年の秋大会以来の再会に、切原も高揚にぺろりと唇を舐め上げた。
「久し振りっすね、越前さん」
「久し振り。浦山はいないの?」
「部長ならどっか行ってるっすよ」
「何だ。噂の生意気一年のこと聞きたかったのに。別に切原でもいいけど」
「酷くないすか、それ。まぁいいっすけど。こいつらが、そのルーキーっす。こっちが幸村で、そっちが」
「あぁ、いいよ名前は。どうせ覚えないし」
あっさりとリョーマが言ってのければ、桃城と海堂が仁王と柳生から手を離す。紳士の格好でぎろりと振り向く様から察するに、どうやら手厳しい洗礼を受けたらしい。名を伝えることさえ許されなかった真田たちも気色ばんでいる。その殺気すら心地よさそうに笑ってみせるのだから、リョーマはやはり頂点だと切原は思うのだ。挑むに値し、倒すに相応しい相手だ。しかし幸村たち一年は、どうやらそう捕らえなかったらしい。立ち上がり、怖気づきもせずにずいっと一歩をリョーマに向けて踏み出す。
「言ってくれますね。俺たちも楽しみにしているんです。青学の越前さんが、本当に噂通りの実力者なのかって」
「ふーん、だったら試合でも観に来ればいいんじゃない?」
「いえ、コートで直接確かめますよ。勝つのは俺かもしれませんけれど」
「へぇ、そっちは噂通りじゃん。でもうちにもいるんだよね、生意気なルーキーが。そいつらを倒してからにしてくれる?」
そこでようやく切原は、桃城と海堂の後ろに複数の存在があることに気がついた。身長が高くないから見逃していたようだが、彼らが纏っているのはリョーマと同じ、青と白の青学レギュラージャージ。眼鏡をかけた真面目そうな姿と、やけに綺麗な顔をした姿がある。全員は分からなかったけれども、どうやら青学にも優秀な一年生が入部したらしい。へぇ、と切原は目を輝かせた。リョーマが笑った。それは敵味方関係なく、すべての一年をはっとさせるに足る君臨者の顔だった。
「俺に勝つのは早すぎるよ。まだまだだね」
これだから切原はリョーマを倒したいと思うのだ。先駆者として尊敬すらしている。追いつきたいと、思うのだ。
立海板挟み二年生エース、赤也。憎めなくて案外抜け目ない部長しい太と、懐いてるんだか舐めてるんだか境目不祥な一年生七人の間で胃がキリキリ。他校でも結構可愛がってくれるリョーマさんに微妙に懐いてる。
2010年9月4日