勝ったモン勝ちやで、はい合唱。





白石たち一年の前に立ったのは、テニスコートよりもビジュアル系バンドのステージの方が似合うのではないかと思わせる先輩だった。つんと立った黒髪には隙のない手入れを感じさせるし、何より両耳で計五個並んでいる色違いのリングピアス。中学生ではピアスの穴を開けている方が珍しいのに、それどころか学校だというのに堂々とアクセサリーを身につけ、しかも数が五つという常識外れの派手さ。しかもそれが女ではなく男と来たら、不良もしくは軟派系だと思われても仕方がないだろう。それでも白石たちの前に立つ先輩は、着崩した制服ではなく四天宝寺中テニス部のジャージを身に纏っている。端正な顔立ちで手元のファイルを眺め終え、ようやくその視線を上げて、並ぶ一年を見比べる。
「財前光、二年や。副部長をやっとる」
二年で、副部長やて。白石の隣で、謙也が小さな驚きの声を挙げた。
「先に言うとく。俺はおまえらの面倒を見る気はあらへん。自分たちのことは自分たちでやるんやな」
冷たい物言いに、一年生がざわざわと騒ぎ出す。けれども先輩―――財前はクールにそれを遮り反論を許さず、話を続ける。
「ほんなら、部長の紹介や。部長。・・・部長」
呼びかけにも反応は返ってこない。他の二・三年はコートでストレッチをしているけれども、そちらからも手を挙げたりという動作はなく、部長はどこにいるのだろうか。白石が首を傾げようとした瞬間、財前が己の背後のフェンスを蹴りつけた。物凄い音がした。
「呼んだら出て来い言うたやろ! 何しとんねん、この阿呆!」
振動にびりびりとフェンスが揺れているが、それ以上に一年生は突然の怒鳴り声に慄いている。ちっ、と財前の舌打ちが響き、かしゃん、と一度軽くフェンスが鳴ったかと思うと、空から何かが降ってきた。影はくるりと一回転して、財前の隣に見事降り立つ。
「光、酷いやん! ワイ、危うく転げ落ちるとこやったで!?」
「フェンスの上で猫と遊んどる阿呆なんや知らんわ。一年が揃うたで。挨拶しとき」
「一年?」
きょとん、と身を起こした姿と目が合った。それは、白石たちからしてみれば見上げるしかない身長だった。百九十はあるかもしれない。全身がバネと思わせるような筋肉が、豹柄のタンクトップから惜しげもなく晒されている。丸い瞳はどことなく幼い雰囲気を醸し出していたけれども、にっと歯を見せて笑う様子は男らしいセクシーさだ。抱えていた猫を放して、四天宝寺中男子テニス部の部長らしき彼は明るく名乗る。
「ワイは部長の遠山金太郎や。よろしゅうよろしゅう!」
「さっきも言うたけどな、俺はこの阿呆の面倒見るだけで手一杯や。これ以上迷惑増やすんやないで」
「光、もうこいつら自己紹介したん?」
「まだや。ほな、ひとりずつ名乗ってもらおか。名前と得意なプレーを言うとき。端の茶髪から」
ボールペンで財前が指し示した先には、謙也がいる。金太郎と名乗った部長がきらきらとした瞳で見てきて、ごくりと謙也が唾を飲み込むのが隣の白石にも分かった。は、はい、と一歩出る姿も緊張に満ちている。
「忍足謙也いいます! ええと、プレーちゅーか、スピードやったら誰にも負けません!」
それでも威勢の良い挨拶を皮切りに、次々と一年生が自己紹介していく。
「金色小春いいます。得意なんはお笑いテニスとデータテニスですわ。んー先輩ら格好ええわぁ! ロックオン!」
「浮気か小春!? 俺は一氏ユウジや! 得意なんはお笑いテニスとモノマネテニス! 小春を誑かす奴は先輩やろうと容赦せんで!?」
「石田銀ですわ。自分で得意っちゅーほどのもんやありませんが、いずれはパワーテニスを極めたい思うとります」
あっという間に順番は白石まで回ってきてしまった。勢いに押されつつも顔を上げれば、金太郎の瞳とかち合う。吸い込まれそうなその力強さに、ぐっと顎を引いてしまった。
「・・・白石蔵ノ介いいます。得意って言えるようなプレーはありません」
後半は自嘲のようになってしまったが、本当のことだった。白石はパワーもテクニックもそれなりにあるけれども、それだけなのだ。謙也や銀のような突出した何かがない。だからちゃんとした挨拶もすることが出来ず、思わず俯きかけた頭に強い負荷がかかる。ぎょっとして顔を上げれば、金太郎が大きな手で白石の頭を鷲掴みにしていた。乱暴に左右に振られるそれが撫でられているのかもしれないと気づけたのは、腕の向こうで金太郎が太陽みたいに眩しく笑っていたからだ。
「ほな、今日の練習は外周からやな。部長、何キロいきます?」
「十キロでええんやないの? 一年も入ったばっかやし、二十は辛いやろ? ワイは余裕やけど!」
「おまえの阿呆みたいな体力と一緒にせぇへんでほしいわ。せやったら、先頭に部長。一年は限界までこいつに着いていき」
「遅れても大丈夫やでー? ワイが担いで走ったるからな!」
ほな行くで、と弾丸のように駆け出す金太郎を一年が慌てて追いかけていく。スピード自慢を名乗る謙也が我先にと突っ込んでいき、白石もその背に倣おうとしたが、後ろからかけられた声に思わず立ち止まる。
「白石」
「・・・何や用ですか、財前副部長」
「死ぬ気で練習するんやな。金太郎が頭を撫でるんは、その年で一番才能のある奴や。あの野生児が選んだんやから間違いあらへん」
「才能って、俺にそないなもんは」
「オーソドックスも極めればバイブルやろ。無駄に足掻いて精進せぇ。せやけど俺の手を煩わせるんやないで」
さっさと行って来い、と財前は面倒くさそうにファイルで白石を煽る。何て言葉にすればいいのか分からなくて、白石はぺこりと頭を下げてから外周に混ざるべく走り出した。極めればバイブル。財前の言葉が頭の中を駆け巡る。鷲掴みにした、金太郎の力強い手のひらを思い出す。あのふたりの下でなら、特別な選手になれるだろうか。こないなつまらん俺でも、いつかきっと。
一年生の間を駆け抜けて、謙也に並んで先頭へとつく。前を走る金太郎が振り向いて、にかっと笑った。ああ俺、先輩らのこと好きやなぁ。白石は知らず、自然と微笑み返していた。





四天宝寺部長、金ちゃん。副部長、財前。財前はでっかい野生児金ちゃんのお守りで大変だけど、幼馴染な分時折タメ口が入って容赦ない。金ちゃんは「部長の仕事は勝つこと」だと分かってる。
2010年8月29日