【ゆきたん2012を読むにあたって】
●青学はみんな男の子。男子の部で全国制覇しました。
●立海はみんな女の子。女子の部で全国制覇しました。幸村様はゆるふわウェーブのミス立海三連覇で、リョマさんが好きだと最近気づいた。赤いシュシュがお気に入りの赤也は、財前とやや恋愛寄りのメル友をしてる。ジャッカルは外国人モデルみたいな長身ナイスバディ。28は仁王がガチっぽい百合傾向。
●氷帝は向日が男の子で、他はみんな女の子。幼馴染トリオは性別が違っても健在。ぴよは向日にツンデレ片想い中。女豹侑士のターゲットも向日。
●四天は財前と銀さんが男の子で、他はみんな女の子。財前は性質の悪い小悪魔系男子。自分に好意を寄せている謙也とか白石とか千歳とかをによによ見てる。金ちゃんはリョマさんに無自覚アタック。
●全国大会後のエキジビションマッチで青学と立海が対戦し、青学が勝ちました。その後のU-17合宿所で男女ともに同じ時期に練習をしていたため、その時に交流を深めたようです。
以上の設定が大丈夫な方のみ、お付き合いいただけたなら幸いです。幸リョを中心に、財前とか向日とかが想われています。地雷CPのある方はお気を付けくださいませ。
何でも美味しくいただける方のみどうぞ・・・。
幸村精市さんのお誕生日を(多分)祝ってみる。
1.ゆきたんに乗じて幸村さんと越前君の可能性を追求してみる。
「決めた。俺、誕生日に青学のボウヤをデートに誘う」
久し振りに女子テニス部の元レギュラー八人が揃って、屋上で昼食を食べていたときだった。しばらく話に加わらず黙々と箸を動かしていた幸村に、おそらく何か考えているんだろうなぁと全員が思っていたけれども、いざなされた発言は突拍子もないものだった。ぴた。丸井がプリン載ったスプーンを空中で留める。ごろにゃん。柳生の手から苺を貰おうとじゃれついていた仁王が止まる。ばた。ごとん。重箱を片付けていた真田の手が停止し、ジャッカルがペットボトルを落とし、全員がそれぞれに固まるしかなかった。そんな中で幸村は白く小さな手のひらで拳を握り、決めた、と再度呟く。
「え、それって・・・!?」
食べていたハンバーグを咀嚼する間もなく大声を張り上げようとした赤也の口を、隣から柳が塞いだ。ばこっと女子中学生には有り得ない音がしたが、もごもごと何やら訴える後輩をスルーし、柳はにこりと幸村へ微笑みかける。
「精市の誕生日の三月五日は月曜日だな。放課後デートか?」
「うん。って、別にボウヤのことなんて何とも思ってないけどね。でも、ほら? 一応俺に勝ったプレイヤーなわけだし? 卒業も近いし記念に一度くらいどこかに出かけておくのもいいかなって」
「そうか。精市」
「何?」
「耳が真っ赤だぞ」
柳の冷静な指摘に、幸村が一瞬止まる。次には色白の頬さえ真っ赤にして、両手で顔を押さえて俯く姿は、とてもじゃないが日本一の女子テニス部を率いる女傑には見えない。どこにでもいる恋する女の子の様子に、柳が小さく微笑みを浮かべる。瞬きを繰り返した後、真田も仕方がなさそうに眦を下げた。そこでようやく、柳の拘束から抜け出した赤也が訴える。
「っつーかボウヤって越前リョーマのことっすよね!? 幸村部長、あいつのこと好きなんすか!?」
「止めてやれ、赤也。今の精市に聞くのは酷だ」
「意外。幸村君なら年上の男とか狙うと思ってたけど」
「いやでも、これはこれで納得か・・・?」
丸井がプリンを食べる手を再開させた。ジャッカルは落としてしまったペットボトルを拾い上げ、少し凹んでしまった底を撫でる。視線の先にいる幸村は未だ首筋まで赤く染め、手のひらで顔を隠したままだ。「神の子」なんて呼ばれて、容姿も性格も運動神経も、様々な面で非の打ちどころのない幸村のこんな姿を見れるとは、いかな同じ女子テニス部の仲間たちでも思っていなかった。丸井などは「幸村君って高嶺の花だろぃ? 誰かに恋するとか出来ないんじゃねぇの?」とまで言っていたくらいだ。そのときは幸村自身も「そうだね、今のところ興味はないかな」なんて言っていたのに、あれから数ヶ月。幸村はこうして恋する少女へと姿を変え、今まさに新たな愛らしい一面を仲間たちに披露している。
「越前は良い男だぞ。テニスも強いし、何より根性と気概がある。幸村とも対等に付き合っていける相応しい男だろう」
真田が頷いて評価を述べれば、でも、と赤也が唇を尖らせる。後輩としては先輩に彼氏が出来ると、取られてしまうといった感覚を抱くのだろう。よしよし、と柳が赤也の頭を撫でた。伏せていた手のひらから、ちらりと幸村が真田を見やる。
「・・・まさか、真田もボウヤのこと、好きなの?」
「は? あ、いや俺は」
「全力で否定しろ、弦一郎。死亡フラグだ」
「ゆ、ゆゆゆ幸村! 俺は越前のことなど何とも思っていない。確かにテニスの実力は認めるが、恋愛対象として見るつもりはない。俺はおまえの恋を応援している!」
「・・・そう」
剣呑な視線が指の影に消えた。手をおろした幸村はまだ頬をはんなりと染めていて、その様は筆舌に尽くしがたい可愛さがある。これを男子が見たら絶叫ものだよな、とジャッカルは思わず苦笑してしまった。ただでさえ三年連続ミス立海の座を射止めた美少女なのだ。そんな幸村に恋されるなんて越前も幸せ者だよな。・・・幸せ者だよな。幸せ者、だよな・・・? ジャッカルは思わず青学のある東京方面を見つめてしまった。
「精市、デートプランはもう立てたのか?」
「うーん、それが実はまだなんだよね。ボウヤの学校まで迎えに行くなら、遊ぶ場所も東京になるだろう? 俺、店とかあんまり知らないし」
「なるほど、それでは俺が協力しよう」
「俺も美味いカフェならいくらでも知ってるぜ!」
「ありがとう。柳、丸井」
ふわりと幸村が微笑む。その様子が余りに嬉しそうなものだから、文句を言いたくてうずうずしていた赤也も言葉を飲みこまざるを得なかった。幸村の選んだ男だ、信用してやれ。真田がそう言って、赤也の肩をぽんと叩く。うぐぐぐ、と呻きながらも、赤也も頷いた。泣かせたら越前ぶっころす。その呟きだけは、うむ、と真田も同意する。しかし、ジャッカルは少し困ったように首を傾げた。
「三月五日って平日だろ? 俺たちは引退してるからいいけど、越前は部活じゃないのか?」
「あ、そっか。ってかうちは普通に部活っすよ」
「貞治に確認してみるか?」
「いえ、ここは私が」
仁王に苺を食べさせ終えた柳生が、にこにことランチボックスを閉まって携帯電話を取り出した。やはり幸村の恋する様子が微笑ましいのだろう。細い指で操って目当てのデータを表示し、通話ボタンを押して携帯電話を耳に押し当てる。柳生に寄りかかっていた仁王が身を起こし、ここぞとばかりに幸村をからかおうと性質の悪い笑みを浮かべる。コール音が途切れて、柳生が会話を始めた。
「こんにちは、海堂君。柳生です。突然すみませんが、今お時間よろしいですか?」
ぐりん、と百八十度回転すかのごとく仁王の首が真後ろを向いた。何あれ怖い。赤也が柳と真田の背後に隠れる。
「三月五日の月曜日なんですが、青学の男子テニス部は放課後部活がありますか? ・・・卒業式の予行練習のためお休み? そうですか、ありがとうございます。ちなみに授業は短縮でしょうか? 終わるのは何時頃? ・・・分かりました。ありがとうございます。・・・いえ、私ではなく友達が用事があるそうで。海堂君に先日貸していただいたABCカップの決勝戦のビデオ、とても為になりました。今度お返しに伺いますね。・・・はい。はい。楽しみにしています。この度はありがとうございました。それでは、また」
相手が通話を切るのを待っているのだろう。柳生は少し携帯電話をそのままにしていたけれども、苦笑しながら通話ボタンを押した。くるりと振り返り、幸村に伝える。
「部活はないそうですよ。授業は短縮ではなく、帰りのホームルームが終わるのは三時三十五ふ」
「やああああああああぎゅうううううううううううう! 何じゃ今の電話何じゃ今の電話! っつうか相手、青学の海堂じゃろう!? おまん、いつの間にあいつと番号交換しとっちゃんじゃ! しかも何!? 借りたビデオ!? いつの間に貸し借りする仲になったんじゃ! 俺という存在がありながら不潔じゃ! 携帯貸しんしゃい! 家族以外の男のデータ、全部削除しちゃるき!」
「海堂君はいいお友達ですよ」
「芸能人はみんなそう言うナリ! 携帯寄越しんしゃい! 携帯携帯携帯!」
「お断りします。仁王君はいつもそうやって」
「やぎゅううううううううう!」
蒼白になった仁王が物凄い形相で食って掛かり、柳生は避けるようにして携帯電話を両手で抱え込む。ばたばたとスカートの裾を乱して取っ組み合いを始めた二人に、おいおい、とジャッカルが苦笑いする。柳生に男なんて認めんぜよ! 仁王はそう叫ぶが、感心したのは柳と真田だ。
「いや、柳生と海堂は有りだろう。二人とも真面目だし、むしろお似合いだな」
「うむ。海堂も根性があるからな。清く正しい交際をしてくれるだろう」
「あ、じゃあ柳生、今度ダブルデートしようよ。柳生と海堂で、俺とボウヤ。どう?」
「却下じゃ! 柳生に近づく男は全部抹殺しちゃる!」
わくわくと瞳を輝かせた幸村にも、柳生ではなく仁王が断固拒否を示す。クラスメイトや委員会の後輩など、対象は違えど今まで何回も交わされてきたやり取りだが、仁王は柳生に男が近づくのを極端に嫌がる傾向にある。あんな汚い生き物、柳生の半径一キロに入れたくないぜよ。真顔でそう言う仁王に、あれガチっすかね、と問うたのは赤也で、ガチじゃね、と答えたのは丸井だ。ぱんぱん、と柳が手を叩く。
「とにかく精市の誕生日まで、もう日数がない。全力で精市と越前のデートを成功させよう」
「イエッサー!」
「ふふ。みんな、ありがとう」
仁王と柳生は未だごろごろと転がったままだったが、全員の気合の入った了承の声に、幸村が嬉しそうに笑う。こうして日本中学生女子テニス界に君臨する彼女たちは、部長の恋心を応援すべく立ち上がったのだった。三月五日まで、あと僅か。
同じ頃、遠く離れた東京で、何故か身震いを感じたリョーマがいた。
(年上彼女な幸村さんと年下彼氏な越前君、という構図に燃える。)
2.切原さんと財前君の可能性を追求してみる。
ぶすっと唇を尖らせて不貞腐れている赤也に、柳は仕方なさそうに笑う。
「そんなに嫌か? 精市が越前のことを好きなのは」
「別に・・・そんなんじゃないっすけど」
言葉で否定する割には、赤也は納得いかないといった様子で机に突っ伏している。
「俺だって、あいつが悪い男じゃないってのは知ってるっすよ。でも何か、何かむかつく・・・」
「ふむ。赤也は越前のことが好きだったのか?」
「はぁ!? んなわけないじゃないっすか! 俺はあんなガキなんて興味ないし! そもそも年下なんて範囲外だし!」
「そうだな。赤也は同じ年が好みだったな」
例えば、と柳が意地悪く瞳を開く。
「例えば、大阪在住の、ピアスを五つも開けている四天宝寺中の男子生徒とか?」
「っ・・・!」
ぐわっと赤也の顔が真っ赤に染まる。癖毛の黒髪に隠れた耳まで瞬時に染まり上がって、柳はその様をつぶさに観察していた。赤也もやはり女の子だな、と後輩に対する認識を新たにし、微笑ましい、と柳は瞳を和らげた。
「べべべべべ別に! あいつのことなんか何とも思ってねーし! U-17合宿でちょっと話しただけっすよ! あの合宿も場所は一緒だったけど練習は男女別だったから、本当にちょっと話しただけで!」
「その割には毎日昼休みに楽しそうにメールしているようだが?」
「ぐっ・・・」
「ほら、今日も来たぞ」
ぶぶぶぶぶぶ、と聞こえ始めた振動音に、柳が赤也のブレザーのポケットを指し示す。ねめつけるように柳を睨んでから、赤也はストラップを引っ張って取り出した携帯電話を開いた。途端にふにゃりと緩む表情からするに、やはりメールの送信者は財前だったのだろう。四天宝寺中の二年生。いそいそと返信を始める赤也とは同学年で、並ぶといろんな意味で何ともお似合いの二人だった。財前は若干柄が悪く、赤也も男勝りだから逆に丁度良い。彼なら赤也が悪魔化しても上手く操縦してくれそうだな、と柳は心中で考えていた。恋愛に関して小悪魔なのは、赤也よりも財前の方だろうが。
立海にも春が来ているらしい。そんなことを思いながら、柳はチームメイトの恋を応援している。
(赤也は意外と純情。財前は遊び人。・・・赤也頑張れ!)
3.桑原さんと向日君の可能性を追求してみる。
「ジャッカル! 今、ジロ君が横浜にバイキング食いに来てるんだってさ! 俺らも行くぞ!」
「俺もかよ!?」
いつものごとくブン太の突然の行動に振り回されて、ジャッカルは横浜にあるスイーツ専門店を訪れていた。月に一度のバイキングを催している店に客は多く、店員が案内しようとするのを断って丸井はずかずかと店内に入っていく。奥の四人掛けのテーブルから立ち上がったのは氷帝学園の制服を着た少女で、芥川慈郎という名の彼女にジャッカルも見覚えがあった。その向かいに座っていた赤いおかっぱも振り向く。
「丸井君、こっちこっちー!」
「おージロ君、久し振り! ついでに向日も久し振り」
「久し振り。っつーか俺はついでかよ」
ひらひらと手を振った赤いおかっぱは少年だ。その容姿は女性客ばかりのスイーツ専門店にいても違和感がないくらいに愛らしいが、制服のズボンが彼を少年であると証明している。加えて、丸井の呼んだ名前。向日というそれはジャッカルも話に聞いたことがある名前だった。曰く、ジローの幼馴染であると。
「ジャッカルも久し振り!」
「あ、ああ。久し振りだな、芥川。・・・でも悪い、俺は今日は帰るよ」
「へ? 何でー?」
「付き合い悪すぎだろぃ、ジャッカル」
「あー・・・今日はちょっと持ち合わせがなくてさ」
情けない理由だが切実だ。頬を掻いたジャッカルに丸井とジローが複雑な顔をする。引っ張られてここまで来てしまったけれど、こればかりはどうしようもない。じゃあ、とジャッカルが立ち去ろうとすると、ブルーベリームースにフォークを突き刺していた向日がさらりと言う。
「だったら俺が払うぜ? どうせ丸井に無理矢理連れて来られたんだろ? それならおまえ一人分くらい奢るし」
「えっ? いや、そんなことしてもらうわけには」
「それいいじゃん! さすが岳人だしー!」
「何だよ向日、ここは俺の分も奢るとこだろぃ」
「丸井は自分で払えよ。えっと、ジャッカルだっけ? ほら、早くケーキ取りに行こうぜ」
元々小さかったブルーベリームースを三口で食べ終え、向日が席を立つ。向かいにいたジローが向日の隣の席に移動し、丸井が奥の席へと入っていく。ほらほら、と急かされて鞄を置き、ジャッカルは慌てて向日の後を追った。小さな向日と、女子にしては大きなジャッカル。ケーキコーナーへと向かっていく二人の背中に、丸井が感心したように呟く。
「男前じゃん」
「ふふー。岳人は外側美少女、中イケメンだから!」
ジローが我が事のように自慢げに笑った。
店の中央のテーブルには、数多くのケーキが並べられている。それこそ定番のショートケーキやチーズケーキから、アップルパイやフルーツタルト、果ては自分で好きにトッピングできるソフトクリームや、チョコレートフォンデュなんてものもある。端に積み重なっている皿を、向日が一枚取る。そんな彼に慌ててジャッカルは声をかけた。
「向日、やっぱり悪いって。俺、帰るから」
「あのなぁ」
くるりと振り返る向日は背が小さい。もしかしたら百六十センチメートルもないかもしれない。百七十センチを超えるジャッカルからすれば見下ろす小柄さだ。
「何回もだったら困るけど、一回だけだろ? だったら奢ってやるよ」
「でも」
「こういうのは男の甲斐性なんだよ。いいから黙って奢られとけって」
「あ、っと・・・すまん。ありがとう」
強い口調で言われて、流石にこれ以上断るのも申し訳ないと思いジャッカルが礼を述べれば、良し、と向日が笑う。明るいその表情に、ジャッカルまで笑みを誘われてしまった。かと思えばまじまじと見つめられて、途端に居心地が悪くなる。な、何だよ。ジャッカルが問えば、向日は眉間に深い皺を刻んだ。
「・・・おまえ、背ぇ高いよな。何センチ?」
「え・・・百七十五、だけど」
「くそくそ! 何で俺の周りの女ってでかい奴が多いんだよ!」
ぷいっとそっぽ向かれて、ジャッカルは納得した。それと同時に、ずきんと胸のどこかが小さく痛む。向日の身長が中学三年生男子の平均よりも低いことはさておき、ジャッカルの身長が同じく女子の平均よりも明らかに高いのは事実だ。今まで何度も言われてきたことだし、ジャッカルもそれを自覚している。けれど、過去には傷ついたこともあった。定番かもしれないが、少しいいなと思っていた男子生徒が「俺、自分より背の高い女って嫌だな」と言っていたのを聞いたときとか。身長ばかりはどうにもならないから悲しみを胸に秘めるしかなかったけれど、今もあの時と同じショックを感じている自分に気づきジャッカルは項垂れた。
「向日も・・・?」
「は?」
モンブランを皿に取り寄せながら、向日が気のない返事を寄越してくる。何で俺泣きそうなんだろう。ジャッカルの声は震えた。
「向日もやっぱり、自分より背の高い女は嫌か・・・? そうだよな、こんな可愛げない女」
「はぁ? ちげーっての」
ぶん、と振り回されたのはプリンを掬う用の大きなスプーンだ。カラメルがうっすらと着いており、それをジャッカルに突き付けて向日は言う。
「俺が嫌なのは背の高い女じゃなくて、女より背の低い俺だっつーの! どうせ女だって自分よりチビな男は嫌だって言うんだろ? そんなの言われて慣れてるっての!」
「え? いや、俺はその」
「それにおまえ、可愛くなくはないんじゃね? 丸井よりずっと女っぽいと思うけど」
あいつは確かに見た目は可愛いかもしれないけど、中身は食欲の権化だからな。奢ることになったら財布がいくつあっても足りねーよ。そう言って向日はプリンを掬う手を再開する。ジャッカルはケーキを取るのも忘れて呆然とするしかなかった。そんな彼女に気づき、取らねーの、と向日が聞いてくる。慌ててジャッカルは一番近くにあったレモンムースへと手を伸ばした。それにさぁ、という声にやけに胸が高鳴る。
「おまえ侑士と張れるくらいスタイルいいし、気も使えるから絶対いい女だって! 俺が保証する。だから自信持てよ!」
「あっ・・・ありがとう!」
やっぱりレモンムースを取ることも出来ずに、ジャッカルは皿だけを掴んで礼を言った。向日は次々とケーキをよそっており、その横顔は鼻歌まで歌っている。若干涙目になりながら、ジャッカルも今度こそケーキを皿へと載せた。胸がぽかぽかして温かい。
「・・・あれ、天然かよ」
「うちのがっくんは天然キラーだから」
テーブルで一部始終見ていた丸井とジローが、そんな会話をしていた。
(大きい女性に好かれる傾向にある小さな向日君。)
4.遠山さんと越前君の可能性を追求してみる。
「・・・と、いうわけで。三月五日の放課後は空けておいてもらえないだろうか。精市とのデートのために」
「別に、それはいいっすけど」
とある日の放課後、リョーマはすでに部活を引退している乾に誘われて、駅前のファーストフード店を訪れていた。トレーの上に載っているのは百円で食べられるハンバーガーだ。そして机の向かいには、他校の制服を着た少女。精巧な市松人形のように切り揃えられたおかっぱは漆黒で、彼女が誰かリョーマも知っている。乾の幼馴染であり、中学女子テニスの覇者、立海大附属中の柳蓮二だ。どうも、と軽い挨拶を交わした後で述べられた本題に、リョーマは軽く頷いた。うっすらと柳の瞳が開くが、もそもそとハンバーガーの包装を剥がしているリョーマは気づかない。ちなみに乾は友人の恋のデータを取られるわけにはいかないと考える柳によって、すでに退散させられている。
「随分軽く頷くんだな。デートだぞ、いいのか?」
「だってちょっとお茶とか飲んで話すればいいだけでしょ。っていうか、幸村さんの家ってどこなんすか。送る必要があるなら最寄駅を教えてもらいたいんすけど」
「・・・慣れているんだな。これは新しいデータだ」
「慣れてるわけじゃないけど、大学生の従姉と一緒に住んでるんで。その人と買い物に出かけるときと同じような感じでいいすか」
「ああ。欲を言えばもう少し、精市に優しくしてくれると嬉しい」
「それは幸村さん次第っすね」
肩を竦めるリョーマは、そこまで幸村に対し悪い印象を持っているわけではないらしい。デートを了承するくらいだから、少なからず厚意はあるのだろう。全国大会で女子の部を制した立海に対し、青学は今年、男子の部を制した。両方の覇者が相対したエキジビジョンマッチの最終戦で幸村とリョーマは試合し、その時の軍配はリョーマに上がった。あれから合宿所が一緒だったU-17代表を経て、きっと幸村は本人は無意識にせよ、小さない恋心を大切に育てていたのだろう。どうしょう、俺、ボウヤにイップスを使っちゃったし、怖い女と思われてるかも。物凄く今更ながらにそんなことを心配する幸村に、それは杞憂のようだぞ、と柳は思う。元よりリョーマは神経が図太いし、しかもあれがテニスの一環なら、幸村を褒めはすれど貶すことはあるまい。流石はテニスの王子様なのである。
「っていうか、最近誕生日にデートするのが流行ってるんすか?」
ハンバーガーを食べ終わってのリョーマの言葉に、柳は僅かに眉間に皺を寄せる。嫌な予感がした。
「・・・どうしてだ?」
「この前、四天宝寺の遠山からも電話があったんすよね。あいつの誕生日、四月一日らしいんすけど、その日は春休みだから一日付き合えって。ネズミ―ランドに行きたいとか何とか言ってたんすけど」
「なるほど。四天宝寺の遠山か」
柳の脳裏に、ぽんっと西のルーキーの姿が浮かぶ。赤い髪のてっぺんをシュシュで結わき、豹柄のタンクトップを着ている、今年中学女子テニス界に殴り込んできたとんでもない一年生だ。そんな少女もまた全国大会でリョーマと知り合い、U-17合宿では親交を深めていた。やはりな、と柳は心中にメモを取る。合宿でも二人一組で行動していたからそんな予感はしていたけれど、どうやらそれは正しかったようだ。納得して、柳は親友に対して呟く。精市、さっそく恋敵の登場だぞ、と。
「・・・ちなみに参考までに聞きたいんだが、越前の好みのタイプは?」
「ポニーテールが似合う子」
精市、とりあえずおまえは髪を伸ばす必要がありそうだ。セミロングの親友に、やはり柳は呟くのだった。
(リョマさんと菜々子さんは性別逆転したらひゃっほいすぎて転がる。)
5.仁王さんと柳生さんの可能性について今更ながらに追求してみる。
海堂と柳生の出逢いは、全国大会の前にあったABCオープンで偶然にも席が隣だったことである。お互いに一人で来ており、繰り広げられるプロの試合に思わず感想を漏らしてしまったところ、二人ともテニスをしていることが分かり、更に同じ中学生ということもあって意気投合した。海堂にとっては柳生が静かで落ち着いた雰囲気を持っている女性であることが惹かれるポイントであったし、柳生にとっては海堂が礼儀正しく誠実で真面目な人柄であることが言動の端々から感じられて好印象だった。二人はその場でメールアドレスを交換し、機会があればまたお話しましょう、と言って別れた。それがその場限りの縁にならなかったのは、海堂も柳生も生真面目だったからだろう。その晩、柳生が「今日はありがとうございました」とメールを送り、海堂が「俺も楽しかったです」と返信をすれば、二人の関係は細々と続き始める。そうしてお互いの大会の結果を報告し合ったりして、U-17合宿で顔を合わせた際には直に話なんかもしたりして、友人と呼ぶにはいささか好意的な、それでも恋人と呼ぶには少し淡白な仲を築いて、はや半年。
「・・・許さんぜよ」
机一つ分の距離を挟んで、まるで射殺すように睨み付けてくる仁王に、柳生は何度目かの溜息を吐き出した。常は猫のように細まっている仁王の瞳が、強力な殺意を持って突き刺さってくる。仁王はいつもこうだ。柳生はいい加減にうんざりせざるを得ない。
クラスメイトや、委員会の先輩や後輩、時には男子テニス部の部員など。委員会や生徒会などで幅広い交友関係を持っている柳生は、女子と同じくらい男子の知り合いを持っている。それは立海が共学である以上仕方のない話だ。だが、仁王は柳生に男子生徒が近寄るのを潔癖なまでに嫌がる。少しでも廊下で立ち話をしようものなら、あれ誰、と次の休み時間には問い詰めてくる。男性教師に課題の内容について聞きに行くときでさえ、仁王は職員室の入り口でじっと立って待っている。好きです、と告白されたときなんか大変だ。次の日には仁王が自らその男子生徒にアプローチをかけて気持ちを自身に向かせ、尚且つこっぴどく振るという行為を繰り返すのだから堪らない。仁王自身は清い身体を保っているのに、そんなだから遊び人だと誤解されてしまうのだ。自分が元凶に関わっているからこそ、柳生は情けなくなってくる。
「柳生に男なんて認めんぜよ。おまんには俺がいるじゃろう? 男なんかいらんって言いんしゃい」
「仁王君」
「なぁ、柳生。十六になったらアメリカ行って結婚しよ? あっちなら同性婚も認められとるし、俺とおまんは夫婦になれる」
「アメリカ国籍を持っていないと無理なのでは?」
「だったらアメリカ国籍になればいいナリ。そんで戻ってきておまんの家を継げばいいじゃろ? 柳生が医者になるんじゃったら、俺も看護師になるけぇ」
「仁王君に白衣の天使は似合いませんよ」
「でも、開くんなら産婦人科じゃな。柳生が男を診るなんて許さんぜよ。おまんの手があんな汚らわしい生き物に触れるなんて、考えただけで身の毛がよだつ」
「・・・仁王君」
机の上で、仁王は柳生の手をこれでもかと言わんばかりの強さで握っている。つやつやに手入れされた爪に色はない。校則違反です、と柳生が叱るからだ。その分仁王は、週末に爪を飾るようにしている。金曜日の放課後、近くの公園でマニキュアの蓋を開けるのだ。そして同じ色を塗る。自分の爪と、柳生の爪と。同じ色に染め上げて、お揃いじゃ、とこの世の幸せを凝縮したかのように笑うのだ。
「柳生。お願い、俺のこと捨てないで」
縋りついてくる銀色の髪に、捨てませんよ、と柳生はいつも肩を竦めて微笑みを返す。はたしてこの花園は、いつか壊れる日が来るのだろうかと考えながら。
(海堂と柳生さんはとても清く正しい男女交際をしそう。この仁王がいる限り無理そうですが。)
6.日吉さんと向日君の可能性を追求してみる。
向日の口から発された新たな女の名前に、日吉は嫌な予感しか覚えなかった。
「でさ、そいつがまたいい奴でさ。ジャッカルっつーんだけど、おまえ知ってる? 立海の女テニらしいぜ。全国制覇してるらしいし、テニスも強いんだろうなぁ」
俺、今まで気にしたことなかったから知らねーけど。向日はそう言って日吉の隣を歩く。氷帝の門をくぐったため、後は昇降口までの道のりだけだ。
「身長は侑士並みに高くて、ハーフだからか知らねーけど大人っぽくて、なんつーかハリウッド映画に出てきそうな黒人女優? そんな感じ」
「・・・・・・」
「丸井に振り回されてるみたいで、でも付き合ってやってんだからいい奴だよな。丸井の我儘って本気ですげーし」
「・・・・・・」
「食べに行ったバイキングも本当に美味かった! ケーキがすげぇ種類があってさ。チョコレートタワーとか俺初めて見たぜ。今度おまえも行く?」
「・・・結構です。部活があるので、そんな暇ないですし」
「ふーん。じゃあまたジローかジャッカルでも誘うか」
中身の入っていそうにない薄っぺらい鞄を揺らして、向日は隣を歩く。朝、改札を出たところで会えたときは素直に嬉しいと思った。部活が違うし学年も違うから、日吉が向日と顔を合わせることなんてそうそうない。それでも向日は騒がしくて良く目立つから、遠目に見ることが出来るだけで日吉にとっては十分だった。それなのに今朝は一緒に登校もできて、日吉にとっては胸がはちきれんばかりに高鳴る出来事だというのに。
いざこうして会話をしてみれば、向日が語るのは新たな女友達の話ばかりだ。俺はあんたのに近い女なんて知りたくないんですよ。そう思うのに言葉に出来ないから、日吉はただただ耐えるしかない。
好きだと言ってしまいたいのに。あんたは俺だけ見てればいいんですと言ってしまいたいのに。日吉の中の恋する少女のプライドがにょきっと顔を出して口を噤ませてしまう。本当は、その手で、この手を掴んでもらって、一緒に並んで歩けたらいいのに。
「岳人、日吉。おはようさん」
「侑士、おはよう」
「・・・おはようございます」
昇降口まであと五十メートルというところで声をかけてきたのは、日吉にとって女子テニス部の先輩であり、向日にとっては親友でもある忍足だ。にこ、と人の良さそうな笑みを浮かべて彼女は向日の隣に並ぶ。伊達眼鏡の奥の長い睫毛に、日吉は妙に苛立った。
「随分盛り上がっとったみたいやけど、何の話してたん?」
「ああ、昨日ジローと行ったバイキングのことだよ。美味かったぜ? 今度侑士も一緒に行く?」
「ええよ。横浜やったけ? 見てみたい店もあるんやけど、岳人、付き合うてくれる?」
「オッケー! じゃあ後で空いてる日をメールしてくれよ」
「おん。ありがとう」
昇降口に辿り着いたため、向日がぴょんっと跳ねながら自身の下駄箱へと向かっていく。その様を見送りながら、日吉は鞄の持ち手を握り締めていた。あかんなぁ、と上から忍足の声が降ってくる。
「素直にならなあかんで、日吉。そうせな取られてまうよ? どこの馬の骨とも知らへん女や、俺とかにな?」
くく、と向日に見せたのとは違う皮肉を帯びた笑みを浮かべて、忍足も下駄箱へと消えていく。奥歯を噛み締めて、日吉は迫り来る怒りに堪えなければならなかった。分かってますよ。呟きは遣る瀬無さと嫉妬に満ちていた。
(きっと友人を思った鳳が、俺と日吉と宍戸さんと向日さんの四人で和風スイーツ食べに行きませんか、と向日に提案してくれる。)
7.謙也さんと白石さんと千歳さんと財前君の可能性を追求してみる。
授業は財前にとって退屈な時間だ。特別頭がいいというわけではないけれども、財前は勉強しなくても平均点を取れるだけの頭脳を有している。学期末に配られる通知表には「もう少しやる気を出しましょう」と書かれるのが小学校からのお決まりで、けれども本気を出すことなく財前は十四年間を生きてきている。今のところ本気になれるようなものがないというのが、その最たる理由だ。
今日も今日とて欠伸を噛み殺しながら数学の授業を受けている。教科書に載っている例題を解くための時間が五分与えられ、財前は三分でその五題を解き終えた。シャープペンシルを置いて肘をつく。くあ、と今度こそ欠伸が喉から漏れた。
「・・・あれ、白石先輩ちゃう?」
「ほんまや。相変わらず綺麗やなぁ」
「忍足先輩も千歳先輩もおるし。スタイル良くて羨ましいわぁ」
後ろの席の女子のひそひそ声が聞こえてきて、財前は校庭に視線をやった。三時間目のこの時間、どうやら三年生はグランドで体育の授業があるらしい。白石と謙也がいるのなら三年二組で、千歳は一体どこの組か知らないが、どうやら珍しく真面目に授業に出ているようだ。男女別にサッカーをやっているらしく、少し目を眇めてみればすぐに三人の姿を見つけることが出来た。千歳は分かりやすく頭一つ分背が高いし、謙也は明るい金髪で、白石の髪は艶やかなミルクティー色だ。三人揃って美人でスタイルがいいのだから、これで目立たない方が嘘だろう。
今は観戦中らしく、白石と謙也と千歳は三人で固まってクラスメイト達に声援を送っている。千歳は上下ジャージだが、白石と謙也は下はハーフパンツだ。ええ足しとるなぁ、と財前は遠目に思う。完璧さを追い求めるなら白石だろうが、財前としては謙也のスポーツ少女らしい足も嫌いじゃない。千歳は足よりもむしろ胸に目が行ってしまうのは仕方がないだろう。四天宝寺中の男子生徒なら誰もが憧れると噂の巨乳である。
暇潰しに眺めていると、ふと謙也が顔を上げた。教室がある四階と校庭。いくら謙也たちが校舎に近い所にいるとはいえ、財前からならまだしも、向こうから教室の中が見えるわけがない。財前はそう考えていたが、謙也は目を丸くすると何やら両手をわたわたと動かして、そして控えめに手を振ってきた。へら、と笑った顔まで見えるようだ。その謙也の行動を受けて、白石も千歳も顔を上げる。途端、白石の整った顔がぼんっと真っ赤に染まったものだから、ああ本当に俺が分かるんやな、と財前は感心した。バイブルとまで言われているあの完璧少女の白石が、財前の前でだけドジっ子になるのだ。今も謙也以上に動揺して固まっており、赤い顔が良く見える。視力の悪い千歳は困ったように首を傾げた後、ちゅっと投げキッスを送ってきた。きゃあ、と後ろの席の女子たちが小さく歓声を挙げる。阿呆やなぁ、と財前は思う。
千歳の行動に我に返ったのか、白石が真っ赤な顔で千歳へと詰め寄っている。謙也は自分もするべきなのか迷っているのか、唇に指先を添えれどそこから先は出来ないらしい。阿呆や、と再度財前は思う。
「じゃあ答え合わせするぞ。一番から・・・」
教師の解説が始まり、財前は校庭から黒板へと視線を戻す。視界の隅で三人がしょんぼりと肩を落としたのが分かって、思わずくつくつと肩を震わせてしまった。そしてもう一度校庭を見やり、三人が自分を見ているのを確認してから、ちゅ、とキスを贈ってやる。白石が卒倒し、謙也が真っ赤になり、千歳が更にお返しのキスを投げてくる。かわええなぁ。年上の女たちに向かって、財前は小さく手を振ってやった。
(自分が好かれているのを知ってて振り回す性質の悪い財前。友達以上彼女未満が山ほどいそう。)
8.幸村さんと越前君の可能性を追求してみた結果。
そして三月五日。三年生のため短縮授業であるのを良いことに、幸村はいそいそと神奈川から東京へとやってきていた。デートなのだから私服に着替えて来るべきかとも考えたのだが、「制服デートもいいのではありませんか?」と柳生が勧め、「立海の生徒だということを示して、他の女を牽制するのもありだろう」と柳が提案したため、制服のまま校門で待つこと少し。ちなみにここに来る前に、デパートのトイレで全身の身だしなみはチェックしてきている。髪には丁寧にブラシを通して、唇にはさり気無いリップ。化粧をするのは幸村自身が好まないし、「化粧なんかしなくても部長は美人過ぎるんだから大丈夫っすよ!」と赤也が主張したため、ほとんどすっぴんだ。ちなみに、そんな仲間たちはデートには着いてきていない。仁王君が暴れると困りますから、と柳生は仁王の手を握って立海から見送ってくれたし、俺たちは氷帝に行くから、幸村君のデートの成功を祈ってるぜ、とジャッカルと丸井は新宿駅で別れた。真田と柳と赤也は「変じゃない? 大丈夫かな」と自身の身だしなみを心配する幸村を励ましつつ青学まで来てくれたが、それもホームルームのチャイムが鳴ると同時に「健闘を祈る」と言ってどこかへと消えていった。俺には勿体ない仲間たちだな、と幸村がほくほくしながら待つこと十五分。ようやく待ち人はやってきた。うるさい心臓を鎮めるために、大きく息を吸って吐き出す。それを三回ほど繰り返し、幸村はにこりと微笑んで一歩を踏み出した。校門に立つ他校の美少女に目を奪われていた青学の生徒たちは、幸村の話しかける相手がリョーマだと知って驚いたり納得したりしている。
「久し振り、越前君。突然だけど今日って暇かな?」
そうして誕生日デートは始まったのである。
学生の、しかも中学生の放課後デートなんて、お金がかからないところと相場が決まっている。まずはゆっくり並んで歩いて駅まで行って、電車に乗って少し大きな繁華街まで出る。丸井おすすめのカフェは意外にも落ち着いた雰囲気のあるお店で、苺のフレジェが絶品だった。頼んだ紅茶も美味しくて、幸村は自分が紅茶を好きなことをリョーマに話した。リョーマが頼んだのは意外にもコーヒーで、飲めるんだ、と感心した。流石にブラックではなかったけれども、格好いいと思った自分の思考回路に幸村は笑ってしまう。いつの間に、こんなに乙女になってしまったのだか。
その後はのんびりウィンドウショッピングをして、デパートのフードコートでドリンクを頼んで話をした。特別どこに行くわけでもないデートだが、幸村の第一目的はリョーマと共に過ごすことであり、第二目的はリョーマとたくさん話をすることだったので、目論見は成功したと言える。お喋りには見えないリョーマもそれなりに話題を提供してくれて、もちろん二人の共通であるテニスについてが多かったけれども、プライベートな彼を知れる機会に幸村は喜んだ。甘いばかりではない、時に皮肉を混ぜてくるところも生意気でいいなぁと思う。叩き潰してやりたい、思い切り抱き締めてやりたい、抱き締めてキスしてほしい。そんなことを考えながら、幸村はデートに勤しんだ。
「今日はありがとう。楽しかったよ」
十九時を回った頃にデートは終わりを迎えた。ここから幸村の自宅までは約一時間かかるから、中学生としては頃合いだろう。家では家族が誕生日を祝うために待っていてくれているし、名残惜しいけど、と幸村は笑った。送りましょうか、との言葉には、電車で一本だからいいよ、と断る。本当は送ってもらってもっと会話をしたいけれども、往復の時間を考えると申し訳ない。明日は火曜日だし、リョーマにはまだ授業があるのだ。
「幸村さん」
「何だい?」
「ちょっと待っててくれません? 十分くらいで戻るんで」
「うん? いいけど」
駅前でそう言われ、すぐ戻るっす、とリョーマが人混みの中に消えていく。何だろう、と思いながら幸村は切符売り場の方へと寄って、携帯電話を開いて時間を潰した。帰りの電車の中で、みんなに報告のメールを送らなくちゃ。ありがとう、と万感の思いを込めて。中学最後の誕生日はとても素敵な一日になった。そんなことを考えていると、あっという間にリョーマが戻ってきた。学ランの彼は大きなラケットバッグを背負っており、その手に先程にはなかったものを持っている。どうぞ、と差し出されたそれを幸村はきょとんと見下ろした。
「Happy birthday」
「・・・え? うそ」
「十五歳、オメデトウゴザイマス」
ぽん、と幸村のコートの胸元に寄せられたのは花束だった。決して大きくはないけれども、それでも小さくはない。受け取れば分かるその質量は確かで、嘘、と幸村は呟いてしまった。何故なら、彼女は今日が自分の誕生日だとリョーマに告げていなかったからだ。それなのに何で。ぱしぱしと睫毛を瞬く幸村に、リョーマは肩を竦める。
「幸村さん、忘れてないすか? うちにも乾先輩っていうデータマンがいるんすけど」
本当は柳に前もって教えられていたのだが、それは秘密で頼む、と言われているためリョーマは嘘をついた。降って湧いた突然のプレゼントに呆然としていたけれども、徐々に幸村の唇が綻んでいく。ありがとう、と告げる頃には満面の笑顔になっていた。
「綺麗だね。ラナンキュラスとトルコキキョウだ。赤いのはスカビオサかな?」
「今が旬の花らしいっすよ。花言葉は『晴れやかな魅力』。幸村さんに合ってるかどうかは知らないけど」
「そこはぴったりだって言うところだよ。・・・ありがとう、ボウヤ。大切にする」
「どういたしまして」
柔らかな美貌を持つ幸村に、淡いピンクとパープルの花束は良く似合う。改札を抜けて、これから先は別の電車だ。
「・・・また誘ってもいいかな? 今度は、土日に」
ざわざわとうるさい駅中で幸村が問えば、リョーマは小さく笑った。
「いいっすよ。部活がない日なら」
「それはお互い様だね。じゃあボウヤ、また」
「っす。気を付けて」
「バイバイ。お花、本当にありがとう。嬉しかったよ」
花束を小さく振って挨拶の代わりにし、幸村はホームまでの階段を上り始める。途中で振り返れば、リョーマは紳士的に見送ってくれているらしく、まだその場にいた。まるで自分が恋人になったような気分になって、幸村は思わず笑ってしまう。またね、と今度は手を振ってから階段を上った。神奈川行の電車がホームに滑り込んでくる。ハッピーバースデー。滑らかな英語の発音を思い返し、幸村は花束にキスを贈った。
それは素敵な三月五日、幸村精市の誕生日だった。
(とりあえず恋愛は互いに意識しなきゃ始まらないから今後に期待。以上、いろいろ寄り道しまくった、ゆきたん2012でした!)
2012年3月4日