この話は『とりあえず兄弟姉妹にしてみた。』より、赤也の双子の姉の財前と、佐伯の妹の柳生が登場します。更に仁王→柳生です。そんなカオスが大丈夫な方はどうぞー!





恋を嘲笑うのね





ノートを開き、観察して得たすべてを記しながら、ふむ、と柳はボールペンを唇へと触れさせる。夏の暑さはじりじりとジャージの背を焼き、会場の熱気と相俟って臨界点に到達しそうだ。しかし僅かに視界が陰ったので、柳は次に訪れる事態への心構えをすることが出来た。ひやりと冷たいペットボトルが後ろから頬に充てられる。気持ちいいと感じる前に痛いとすら思ってしまうのだから、今日の気温は相当なものだろう。
「光か」
「驚かへんし。これやから柳さんはおもろないんすわ」
「それはすまなかった」
お茶のペットボトルを柳に押し付けて、隣に腰かける光はジャージではなく完全な私服だ。それもそのはず、柳がいるのは関東大会の会場であり、双子の弟である赤也が所属しているとはいえ、自身がテニス部ではない光には何ら縁のない場所である。しかしわざわざ来ているということは、それなりの目的があるのだろう。何となく理由が察せられ、ちらりと柳は笑みを漏らした。光はサンダルの爪先を揺らして試合の繰り広げられているコートではなくその向こう、両校のベンチを眺めている。
「そんで? 仁王先輩が引っ叩かれて一目惚れしたっちゅう、あの人をマゾに目覚めさせた相手はどれなん?」
「六角のマネージャーだ。赤いジャージの中に、ひとりだけセーラー服の女生徒がいるだろう?」
「あの茶髪の?」
「そうだ。あの髪は地毛らしいぞ」
「何それ、羨ましいわ」
組んだ脚に肘を立て、光は目を細めて相手を観察する。関東大会において立海の出番はまだない。神奈川一位としてシード権を獲得しており、初戦は午後になるだろう。それでも午前中から会場入りし、レギュラーはそれぞれに目ぼしい学校の試合を偵察していた。柳もそのひとりであり、彼は現在、千葉を一位で通過した六角中の試合を観戦している。六角は顧問を含めた部員たちの仲が良いせいかほのぼのとした印象を与えるが、その実力は確かだ。楽しんで勝つといったスローガンは立海には決してないものであり、素晴らしいな、と純粋に柳は思う。しかし彼が六角の偵察を買って出たのには、光と同じ目的が含まれていたのも確かだ。あの詐欺師と呼ばれ、一筋縄ではいかない仁王を一会で恋に落とした少女。
「ちなみに仁王先輩はどないしたんです? せっかくの愛しの彼女に会える機会やないすか」
「仁王なら弦一郎に首根っこを掴まれて青学の偵察に行っている。赤也は精市と氷帝だ」
「ほな遠慮せず仁王先輩の女神様を拝めるっちゅーことすか。で、名前は?」
「佐伯比呂士。今コートで試合をしている佐伯虎次郎の妹だ」
ふうん、と光がコートに目をやると、とてつもなくきらきらとした輝きを放っている選手がいた。それは思わず目を擦って二度見してしまう程の顔の良さで、弟の赤也やその周囲のテニス部などで美形を見慣れている光ですら感心してしまうくらいの男前だった。ええわぁ、と思わずそこらのミーハーのようなコメントをすれば、隣で柳が楽しそうに笑う。
「光はああいう男が好みか。それは良いデータを得た」
「あの顔が嫌いっちゅう女はおらへんやろ。せやけどあの女神様、仁王先輩とは百八十度ちゃうやないすか。ええとこのお嬢様っちゅう感じで、清楚やし優等生っぽいし」
「実際に礼儀正しく成績も優秀で、学校では兄の佐伯が王子様なら、彼女はマドンナらしい。後輩の一年生や六角テニス部の予備軍と呼ばれる小学生からも人気で、面倒見も良いようだな」
「聞けば聞くほど仁王先輩とはかけ離れとるし。ちなみに好きなタイプは?」
「誠実な人」
「は! 仁王先輩、ご愁傷様っすわ」
光が気の毒といった感じで嘲笑する。しかし口ではこう言いつつも、おそらく彼女は仁王の恋路を応援するのだろう。いや、からかいつつ野次を飛ばしつつここぞとばかりに追い打ちをかけたりしながら、それでも仁王がへこんでいれば「あんたらしさはどこ行ったん?」と言って背を推してやるに違いない。分かり辛いが、やはり赤也の双子なのだ。弟がストレートな分、姉は少しだけ分かり辛く、そこが可愛いと柳は思う。
試合は佐伯が危なげなく勝利を掴み、六角の三回戦進出が決定した。喜ぶチームメイトに出迎えられ、妹からタオルを受け取る佐伯はやはり格好いい。無敵の兄妹やな、と光が眺めていると、視線に気づいたのか彼女が顔を上げた。暑さの所為か、高い位置でまとめられた髪は爽やかな印象を与え、テニス会場に相応しく、セーラー服にもよく似合う。遠目で化粧の有無は分からない。けれどきっとしていないと光は思った。あれはおそらく、素で美人な類だ。眼鏡越し、視線が重なる。光はじっと彼女を、比呂士を見つめた。時間にして三秒だろうか。ふわり、唇で微笑まれ、浅く会釈をされる。そうして兄や仲間たちの輪に戻っていった少女に光は溜息を吐き出した。
「・・・仁王先輩が近づく前に、俺が口説いてもええ?」
「俺としては非常に楽しそうで構わんが、仁王は泣き喚くだろうな」
「せやかて、あれ相当いい女やで? 仁王先輩には勿体ないっちゅー話っすわ」
憮然と唇を尖らせる光は、彼女が気に入ったのだろう。同じ年同士仲良く出来るといいな、と柳が言えば、俺の方がラブラブになったります、と強気な発言が返される。仁王にとっては強敵が出現したことになるが、逆に光が橋渡しになる可能性も決してなくはない。六角中テニス部のデータと、それとは別に仁王用のデータに比呂士の情報を書き込み、柳はノートを閉じた。お茶で喉を潤し、時間を確認してベンチから立ち上がる。
「時間だ。行くぞ」
「はーい」
ついていく理由はないが、会場まで足を運んだ以上、赤也に顔を見せておかないと家で何を言われるか分からない。鞄を持って立ち上がり、光は最後とばかりに六角のベンチを見た。またしても視線が重なり、今度は先に笑ってみせる。ちゅ、と投げキッスを贈り、光は上機嫌で柳の後を追った。





にょたでパラレルで財前×柳生という何たるカオス。いやでも百合って良いと思いませ・・・げふげふ。
2011年9月26日