とりあえず兄弟姉妹にしてみた。
1.とりあえず柳生さんを無駄様の妹(中二)にしてみた。
眼鏡を拾い上げる指が、よくよく見れば細く長く、そして美しい形をしていることに今更ながらに仁王は気づいた。爪は長くなく短くもなく、きちんと手入れをされており、マニキュアは塗られていない。それでも桜貝のように煌めいている。ゆっくりと身体を起こし、彼女は、佐伯比呂士という名の少女は、胸元のリボンの前で眼鏡に着いた砂を払った。六角中のセーラー服が緩やかに皺を寄せ変える。その様さえ仁王の目には焼きついていた。亜麻色の髪が海風に揺れ、そっと彼女が顔を上げる。艶やかな瞳が仁王の全身を貫いた。
「・・・無駄に美しくて、申し訳ありません」
それは先ほど、彼女の兄である佐伯虎次郎に向けた揶揄の意趣返しだったのだろう。けれど自らを美しいと言ってのけた彼女に対し、仁王は反論する言葉を持たなかった。それほどまでに眼鏡を外した少女の素顔は鮮やかだったのだ。兄の虎次郎と似た華やかな、万人を引き付ける美貌だ。異なるのは妹の方が少しばかり瞳がきつく、その目尻に色香を滲ませていることか。冷ややかな眼差しが良く似合い、きつく結ばれた唇の赤さが目について仕方無い。ごくり、仁王は唾を飲み込んだ。喉はからからに乾いている。何か、何か言わなくてはいけないと思うのに、声が出ない。
「比呂士、おいで」
「兄さん」
相手コートのベンチから、赤が特徴的な六角中のジャージを纏った佐伯が妹の名を呼ぶ。視界から仁王を切り捨て、少女はプリーツスカートの裾を翻すように兄の元へと駆けて行った。長い髪の先に思わず手を伸ばしかけ、それでも触れることは叶わず、仁王の指が中途半端に空に浮く。少女は兄をはじめとした六角中の面々に囲まれ、先ほどとは異なる親愛だけを載せた微笑みを浮かべている。仁王はそれを、ただ遠くから見ていることしか出来ない。
佐伯の指が、手のひらが、そっと妹の髪を撫でた。
(俺は比呂士に束縛されたいな、なんて言っちゃう虎次郎お兄ちゃん。)
2.とりあえず向日を手塚の妹(中一)にしてみた。
「あーにーきーっ!」
ここ最近よく聞くようになった声に、コートにいた男子テニス部の部員たちはひとりを除いて苦笑を漏らす。岳人じゃん、とリョーマが少女の名を呟けば、苦笑していなかった唯一の人物こと部長の手塚が溜息を吐き出した。フェンス越しにぴょんぴょんとジャンプしているのは、手塚の妹であり、今年青学に入学したばかりの岳人だ。赤いセミロングの髪を揺らしている彼女は、リョーマのクラスメイトでもある。
「・・・今は部活中だ。後にしろ」
「嘘、まだ始まってねーじゃん。ちゃんと見計らって声かけてるんだからな」
「岳人、その言葉使いは」
「別にいいじゃん。今どき女も男も関係ないって」
眉間に深く皺を刻み込んだ手塚の言葉も、岳人はどこ吹く風だ。成績優秀な生徒会長、クールと言えば聞こえはいいが鉄仮面とも言われたりする兄とは裏腹に、妹の岳人はよく喋りよく笑い、くるくると表情を変える。似ていない兄と妹だが、それでも彼らは確かに兄妹なのだ。
「今日はどうした」
「さっき母さんから急に出かけなくちゃいけなくなったってメールがあった。夕飯、俺が作るけど何がいい?」
「いや、特に何でも構わない」
「それって一番作る気なくす台詞だよなー」
「・・・ならば麻婆豆腐を」
「オッケー。ってことで、買い物代ちょうだい?」
「・・・最初からそれが目的だったのか」
溜息を吐き出し、けれどどうしようもないため「財布を取ってくる」とテニスコートを出た手塚の背中に、ついに不二が噴き出した。くつくつと背を丸めて笑う姿に、岳人がピースサインを向けてにかっと笑う。天真爛漫な笑顔はやはり手塚の血縁には到底見えず、それでも兄を手のひらで転がせる、紛れもない妹なのだった。
(無駄遣いするんじゃないぞ。・・・菓子はひとつなら買ってもいい。とか言っちゃう国光お兄ちゃん。)
3.とりあえず財前を赤也の双子の姉(中二)にしてみた。
くるくる天然パーマの赤也と、さらさらストレートの光。髪質は異なっても正しく双子の姉弟である彼らは、私服だとより一層その血縁を感じさせる。どちらも流行の洋服を着ることを好むし、赤也が帽子やアクセサリーでポイントを付ける代わりに、光は五つのピアスで存在を主張する。並んで街を歩けばカップルに見えなくもないが、それよりもどこか親密で遠慮のない雰囲気を漂わせるから、やはり彼らは双子なのだろう。その日も切原双子はテニス部の滅多にない休みを利用して、駅前のゲームセンターまでやってきていた。弟が格闘ゲームで新記録を樹立し周囲の喝采を浴びている中、姉は音楽ゲームを物色していた。すでに先ほど、懐かしのパズルゲームで記録は達成済みである。耳にうるさい効果音も、UKロックやインディーズを好んで聞く彼女には苦ではない。だが、かけられた声は苦どころか嫌悪の対象だった。
「ねぇ、何のゲームやるの?」
「良ければ俺らと一緒にプリクラ撮らない?」
「君、可愛いからさぁ。一緒に撮れたら俺たち自慢できるし」
いつもやる気を漲らせているわけではない、どちらかと言えば双子の弟に血の気を奪い取られているんじゃないかと思われるローテンションの姉だが、そのときの睥睨した瞳はさながら虫けらを見る様なものだった。しかし声をかけてきた男たちは気づかずに、人好きのする、と本人たちは思っているのかもしれない笑みを浮かべている。うざいわ、と光が舌打ちをすると同時に、第三者が両者の合間に立ち塞がった。くるくるの髪は言わずもがな、赤也である。
「おにーさんたち、俺の姉貴に何か用っすか?」
どんな表情をしているのか、背を向けられている光には見えない。けれど少なくとも赤目にはなっているのだろう。一瞬言い返そうとした男たちが、気味悪そうなものを見る顔で「行こうぜ」と互いに言い合って去っていく。口ほどにもねーの、と嘲笑する赤也のシャツを光が後ろから引く。
「ええとこ来たわ。UFOキャッチャーで欲しいのあんねん。クリックする度にゃーにゃー鳴くPCマウス」
「いいぜ、取ってやるよ。その代わり後でカーレースな」
「一回で取れたら付き合うたるわ」
「よっしゃ、任せとけ!」
連れだって出入り口付近に並ぶUFOキャッチャーへと向かう。やはり双子だからか口の悪さはお互い様で、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら景品をゲットするふたりに、丸井とジャッカルが合流するのは十分後の話だった。
(幸村部長クラスでも任せらんねーよ、うちの光は、なんて言っちゃう弟赤也。)
4.とりあえずリョマさんを徳川カズヤの妹(中一)にしてみた。
「興味ない。中学生なんてまだガキじゃん」
そう言い切った小さな少女に入江は思わず苦笑する。何故ならそんな彼女自身が、まだ中学一年生になったばかりだからだ。しかし考えてみれば、彼女はずっと兄であるカズヤにくっついて四つ以上は年上の面々と交流することが多かった。だからなのだろう。U-17合宿に中学生が合流すると聞いて、うるさくなりそう、と顔を歪めたのである。そんな少女こと徳川リョーマは、女子テニスプレイヤーとしてITFの世界ランキングにも名を連ねている強者だ。だからこそ男子のU-17合宿にも参加することを許されており、今もまったりと気に入りのジュースを飲みながら食事を満喫している。
「確かリョーマ君は青春学園だっけ?」
「僕の後輩ですねぇ」
「うん。どうせなら大和さんがいるときに通いたかった。そうすれば暇じゃなかったのに」
「僕もリョーマ君に来て欲しかったです。でも、今年の青学テニス部も中々のものですよ? 特に部長の手塚君」
「ああ、大和一押しの後輩だね」
「顔は知ってる。生徒会長だし。でも俺、カズヤ以上にテニスが強くて格好良くて俺のこと甘やかしてくれる人じゃないと興味ないから」
あっけらかんとリョーマが言いのけ、入江も大和も思わず笑ってしまう。名前の挙がった兄はシャワーを浴びてようやく食堂に現れたところで、トレーの上に食事を載せて三人のいるテーブルへとやってきた。気を利かせた大和が席を立ち、入江の隣に移動することでリョーマの隣を譲る。そこへカズヤが腰を下ろし、彼は妹をちらりと一瞥して箸を持ち食事を始めた。
「何の話をしていた?」
「別に」
「リョーマ君は徳川君にべったりだという話だよ」
「ちょ、入江さん!」
「お兄ちゃん以上の男じゃないとやだ、なんて言ってましたねぇ」
「大和さん!」
次々と暴露される内容はいくばくかの誇張も含んでいて、再度兄から向けられた視線にリョーマはぷいっと顔を逸らした。いくらはっきり言う性質だとしても、まだ中学一年生、こうして兄の前で直接言葉にされると恥ずかしさが募る。でも。
「・・・中学生なんかに負けたりしたら、承知しないから」
「ああ、分かっている」
黒髪の合間からちらりと覗く真っ赤な耳に、カズヤはうっすらと笑みを浮かべて妹の頭を優しく撫ぜた。仲良しだね、と入江と大和が微笑ましげに笑った。
(俺の妹に何の用だ、と中学生の前に立ち塞がるカズヤお兄ちゃん。)
2011年8月27日