どっかの神様が言いました。
「特撮に出て来る台詞を言えた人から帰宅してもいいよ」と。





立海に特撮の口上を言わせてみる。





部室の中央にある机を、男子テニス部レギュラーの八人で囲む。もちろん上座は部長の幸村の席である。唐突に突きつけられた指令に、誰もが眉間に皺を寄せた。今日は全員それぞれに用事があって、部活後は速やかに帰宅しなくてはならないのだ。それなのに何だこの突然の命令は。険しい表情をそのままに、真田が不服そうに口を開く。
「そもそも、『とくさつ』とは何だ?」
「弦一郎、どうやら質問と情報交換、情報収集は禁止らしい」
「ってことは自分で考えるしかないってことすか? 俺、マジで全然知らないんすけど」
柳がルールを説明し、赤也が根を上げる。ちらりと仁王は柳生を見たが、眼鏡に遮られ何ら読み取ることは不可能だ。仁王が口を開く、あるいはメールを作成しようと携帯電話を取り出しかけたとき、柳生が机の中央にあるボタンを押した。どこから持ち込まれたのか不明なそれは、ピンポーンと間抜けな音を立て赤く点滅する。
「では、僭越ながら私から」
眼鏡のブリッジを押し上げ、柳生は言った。

「『おまえ、僕に釣られてみる?』」

何というか、それはもはや完璧なアレだった。本来の役柄からすれば仁王が相応しいのだろうが、清廉な柳生をもってしても見事だと言わんばかりだったのは、やはり眼鏡のせいなのだろうか。不正解だとタライが落ちてくる仕組みになっているらしいが、柳生の頭上で花開いたのは薬玉だ。おめでとうございます、と垂れ幕が下がる。ラケットバッグを持ち、柳生は立ち上がった。
「それではお先に失礼します。アデュー」
「アデュー」
鍵がかかっているわけでもないのに何故か開かなかったドアが、柳生の手によっていとも簡単に押し開かれる。垣間見えた夕焼けはすぐさま閉ざされた。机を囲むのは、残り七人。



一抜け、柳生比呂士。
勝因、ファンブックの「意外と特撮とかいける人なんすよね」という赤也の台詞より。
(「仮面ライダーでんおー」より、詐欺師なイマジンことウラタロスの決め台詞)



ひとつ出来た空席を見やり、ふむ、と頷いたのは真田だった。
「なるほど、『とくさつ』とはスーパーヒーロータイムのことか」
そうして彼は机の中央に手を伸ばし、先程の柳生と同じくボタンを押した。ピンポーンと音が鳴る。え、マジで? 信じられないといった様子で真田を見やったのは果たして誰だったのか。ごほん、えへん。咳払いをした後で、真田は言った。

「『最初に言っておく。俺はかーなーり、強い!』」

知ってます。十分知ってます。ついでに鉄拳制裁痛いんだよこのやろうと思っているのをご存知ですか。誰かがそう考えているうちに、真田の頭上で間抜けな音を立てて薬玉が割れる。ラケットバッグと部誌を手に取り、帽子を被り直して真田が立ち上がる。
「では、俺は先に失礼する」
「バイバイ」
やはり開かないドアも、真田の手によればいとも簡単にオープンされた。夕焼けは先ほどよりも暗さを増していて、夜の訪れを皆に知らせる。机を囲むのは、残り六人。



二抜け、真田弦一郎。
勝因、同居している甥っ子(真田佐助、六歳)の存在。
(「仮面ライダーでんおー」より、俺様ヘタレライダーことゼロノスの決め台詞)



さて、そろそろやばいと思い始めた者もいるだろう。特撮は特殊なジャンル故、人を選ぶものである。知っている人はディープな部分まで熟知しているだろうが、知らない人はタイトルさえ聞いたことがないかもしれない。互いにちらりちらりと視線をやりつつ、腹の探り合いが始まった。そんな中でお決まりのグリーンアップルガムを膨らませ、ボタンを押したのは丸井である。ピンポーンと機械音が鳴り響いた。
「モモタロスもリュウタロスも捨てがたいけど、やっぱこれだろぃ」
立ち上がり、右腕を大きく開き、高らかに彼は告げた。些か高飛車に、演技派染みて。

「『降臨・・・満を持して!』」

呼応するかのように薬玉が割れ、おめでとうございますの垂れ幕が落ちてくる。伸ばしていた右手でそれを払い、丸井はラケットバッグと炭酸飲料のペットボトルを掴み、歩き出す。
「そんじゃお疲れ」
「また明日」
ひらひらと後ろ手を振るのは勝者の余裕だ。ちらりと振り向いたのはやはり勝ち誇った笑顔であり、ぎりぎりと奥歯を噛み締めたのは誰だったのか。とにかく、机を囲むのは残り五人。



三抜け、丸井ブン太。
勝因、ファンブックより日課が弟たち(五歳と八歳)と遊ぶことのため。
(「仮面ライダーでんおー」より、プリンスなイマジンことジークの決め台詞)



三人抜けた。残りは五人、前半戦の最後の一人には入っておきたい。でないといろいろと大変なことが起きそうだ。いろいろと。というか早く帰りたい。誰もが考えることは同じだったが、今度は先の三人のようにさっとボタンに手が伸びることはなかった。誰もが腕を組んだり頭を抱えたりしながら悩み始め、唸り声まで上がっている。そんな中、致し方ないと漏らしたのは柳だった。
「この手だけは使いたくなかったが・・・」
背に腹は代えられない。ボタンを押した柳の横顔は、それはそれは苦渋に満ち満ちていた。あの冷静な達人をこれほどまでに追い詰めるとは、やはりこの指令、恐るべし。誰もが注視する中、迷った挙句に柳は口を開いた。とてもとても小さな声で。
「・・・」
聞こえません。無慈悲にそう言ったのは赤也だったか神の声だったか。自棄になった柳の声が部室に響く。

「『乙女ざかりに命をかけて、風に逆らう三姉妹、花と散ろうか咲かせよか。有言実行シスターズ、シュシュトリアン!』」

おめでとうございます、と垂れ幕が下がるよりも先に、柳はラケットバッグを手に席を立ち、部室を出て行った。今の何すか、と問わせる隙さえ与えない。また明日、と見送られたのは残像で、扉の向こうはすでに夜になっている。机を囲むのは、残り四人。



四抜け、柳蓮二。
勝因、年上の姉の存在。無駄に良い記憶力。
(90年代特撮「有言実行三姉妹シュシュトリアン」より、家庭の円満と世界平和を守る三姉妹の決め台詞)



さて、これで半分が帰宅に成功したわけだが、残された面子は仁王、ジャッカル、赤也、そして幸村である。三人は上座を見ないようにして、互いを探り合っていた。冷や汗を浮かべていたジャッカルが、ついに机の中央のボタンへと手を伸ばす。横から赤也が「見捨てないでくださいよ!」とでも言うかのように邪魔をしたが、わりぃ、とジャッカルの悲痛な謝罪が勝利した。ポポポポーン、と何故か些か特別仕様の音が鳴った。
「これしか分かんねぇんだよな・・・」
自信なさそうに、ジャッカルは呟いた。高音ではなかったが、それは多くの者が知っている台詞、というか声だった。

「『イー』」

バイクに乗って戦うアレな方に、タイツコスチュームで集団攻撃を仕掛ける、基本的に消耗品扱いなあの方々の鳴き声である。その手があったか、と悔しさをあからさまに顔に浮かべたのは仁王で、そんな彼を余所にジャッカルの頭上で薬玉が開いた。垂れ幕がスキンヘッドに直撃し、いたた、と摩りながらもジャッカルはラケットバッグを持って立ち上がる。
「悪いな」
「お疲れ」
済まなそうにジャッカルが部室を出ていく。頑張れよ、と励ましの声を残されてもどうすれば良いものか。机を囲むのは、残り三人。ついにカウントダウン開始である。



五抜け、ジャッカル桑原。
勝因、常識的な思考回路と柔軟な着眼点。
(「仮面ライダーシリーズ」より、敵役の最も下っ端なショッカー戦闘員の鳴き声)



空席が目立ってきた部室の中、焦っていたのは仁王と赤也である。仁王は元より姉がいる点では柳と、弟がいる点では丸井と条件が同じだが、彼の家はそもそも特撮を見るような家系ではなかった。どちらかというと個人の世界を形成するのを好むような面子ばかりで、テレビやゲームに重きを置かない。だが、それがここで仇になるとは。ちなみに彼のダブルスパートナーである柳生は特撮が割合と好きであり、そんなパートナーの嗜好を仁王は知っていたが、詳しい話を聞いたことはなかったし、また聞こうとも思わなかった。だが、それを今後悔している。柳生の話を少しでも聞いとったなら、こんなことにはならんかったナリ。悔しさに歯噛みしてももう遅い。
対する赤也は、幼少期には日曜日の朝はテレビの前に座り、瞳を輝かせながら特撮が始まるのを待っていた経験がある。番組の名前なんてもはや憶えてはいないけれども、クリスマスプレゼントにサンタクロースからアイテムであるベルトを貰い、飛び上がって喜んだ思い出はおぼろにあるのだ。しかし赤也の問題点は、その記憶力の弱さにある。英単語の暗記が致命的に出来ない脳みそは、かつて楽しみにしていた特撮の台詞なんてすべてデリートしてしまっていた。柳のように器用に思い出すことなんて出来やしない。うーんうーんと髪をがしがしとかき混ぜながら必死に考えることしばし。
「ねぇ。俺、もう帰ってもいいかな?」
にこやかに微笑んだのは幸村である。思えば彼は最初から最後まで笑みを消し去ることがなかった。ただ穏やかに皆の任務遂行を見守っており、今回もジャッカルが抜けてから三十分、仁王と赤也の悩みっぷりに文句ひとつ言わずに付き合っていた。だが、やはり帰りたいのだろう。形の良い指でボタンを押し、流れたのはもはやピンポーンでもポポポポーンでもない、クラシックの美しいメロディだ。
「難しく考えるから、ややこしいことになるんだよ」
笑い、幸村は言った。あっさりと。

「『変身』」

「ああああああああ!」
「それ有りなんか!? ずるいぜよ、幸村!」
「思いつかないふたりが悪いんだろう? ふふ、じゃあ俺はお先に失礼するよ。あ、最後の人は部室の鍵当番よろしく。明日の朝のコート整備もふたりで頼むよ」
当然だろう? 告げる幸村に果たして反論など出来ただろうか。否。ラケットバッグを手に、わざわざ椅子をきちんと整列させてから出ていく後ろ姿を、ただ見送ることしか出来ないのは悲しいかな平部員の性である。沈黙が訪れた部室に、残されたのはふたり。神が無慈悲にコールする。

ちなみに最後に残った人には、明日一日、ピチピチのスーパーヒーロースーツで過してもらうので悪しからず。

がたがたっと乱暴にパイプ椅子が鳴る。
「っ・・・赤也!」
「仁王先輩!」
「「勝負!」」
仁義なき男ふたりの乱打戦が始まった。彼らが無事に帰宅できたのか、どちらがスーツ着用になったのかは、翌日早朝の立海男子テニス部員のみが知っている。





唐突に馬鹿な話が書きたくなったのでお送りしました。すみません・・・。。
2012年1月23日