(注意) 2011年公開のテニプリ映画「英国式庭球城決戦」を知っていると更に美味しく召し上がれるかと思われます。





KISS from the movies





「久し振りだなぁ・・・チビ助」
月を背にして、テニスボール、ではなくオレンジを握り締めて振り返った男に、リョーマは見覚えがあった。いくら背が高くなっていようと、大人びていようと分からないはずがない。着ているジャージは一軍選手のもの。ラケットを握っているのは右手。それだけが自分との違いだ。誰より自分に、そして南次郎に似ているこの男を忘れたことなんて決してなかった。リョーガ。名を口にしようとして、リョーマははっとした。慌てて身を起こして隣の徳川を振り返る。
「大丈夫っすか?」
「・・・ああ、平気だ」
腹を押さえて徳川が答えるが、その額には脂汗が浮かんでいる。一軍トップの平等院のサーブをその身に受けたのだ。観客席の壁にすら激しい亀裂を刻み込むそれは、とてつもない破壊力だったに違いない。背中を壁に預け、徳川がゆっくりと息を吐き出す。やはり痛むのか、その秀麗な横顔は険しかった。彼は、自分を庇ってくれたのだ。
「・・・何なんすか、アレ」
自然とリョーマの眉間に皺が寄る。黄昏から宵へと変わり始めた空気の中で放たれたサーブは、妙な輝きを見せていた。遠目だったから確証はないけれど、平等院はそれを容易く打っていた気がする。あれほどの威力のあるサーブを。
「平等院サンの得意技さ」
ラケットを肩に載せ、リョーガがすでに去った平等院のいた方を眺めて答える。
「ラケットにじーっと気を溜めて、ぎゅんって振り被り、どがーんって打ち込む瞬間ボールに引力を纏わせて、相手をびゅんびゅんに振り回す。えげつない技さ」
あれ? 何か聞いたことある。リョーマは首を傾げた。

気を溜めて?
振り被り?
打ち込む瞬間?
ボールに引力?
相手を振り回す?

じーっと?
ぎゅん?
どがーん?
びゅんびゅん?
っていうか、あの輝いていたサーブって。

「―――『万有引力』じゃん」
「へ?」
首を傾げるリョーガを無視し、ぽんっとリョーマの頭に思い出されたのはイギリスの古城だった。満天の星空が輝いていた、あの夜。富士山の御膝元にある遊園地のジェットコースターもかくやという浮遊感を体験した。そういえばあの城、随分壊れたけどどうなったんだろ。っていうか壊したの俺じゃないし。俺じゃないし。どうせ跡部さんが修繕費用出してくれたんだろうけど。何だ、それなら話が早い。
「チビ助、知ってんのか?」
「知ってるも何も既出だし。俺、九月に映画で攻略してる。『英国式庭球城決戦』、観てないの?」
「あー、それってアメリカでもやってたか?」
「知らない」
ぷいっとリョーマは顔を背ける。イギリスのストリートテニスグループ『クラック』のリーダーだったキースが使っていたのが『万有引力』だ。全身のエネルギー、所謂「気」をラケットに溜めるだけ溜め込んで、勢いよくサーブを打つことによりボールに引力を巻き起こす。当然ながら食らった相手は強制的な無重力や重力過多を味わわされ、コートに叩きつけられる羽目になるのだ。
「っていうか、あれなら俺も使える」
「マジで!?」
今度の発言にはリョーガも驚いたらしく目を丸くしている。徳川もそれは同じで、息を詰めて立つリョーマを見上げてきた。余りに会場破壊が激しいのであれ以来使っていないが、発動の仕方は覚えている。今度あの髭に会ったら顔面にぶち込んでやる。平等院の顔を思い浮かべ、リョーマは固く決意した。
「同じ『万有引力』使いなら、あんなおっさんよりキースが良かった。シウとか、もうひとりのちっこいやつとか、イギリス選抜で逆輸入されんの楽しみにしてたのに」
唇を尖らせてリョーマは不貞腐れる。けれども帽子を被り直して徳川の隣に膝をつき、ねぇ、と声をかけた。
「だから、守ってくれなくても良かったんすよ。俺、あんなおっさんに負けないし」
「・・・おまえには才能がある。それを試合ならともかく、こんな形で潰させたくなかった」
俺が好きでしたことだ。徳川はそう言い、おまえのためじゃない、とリョーマに告げる。格好つけやがって、とリョーガは不満そうにしていたが、リョーマは逆に嬉しそうに笑った。
「ねぇ、徳川さん。お兄ちゃんって呼んでいい?」
「は、」
「はあああああぁぁぁぁぁぁぁあああ!? ちょ、待てよチビ助! おまえのお兄ちゃんは俺だろ、俺!」
「何あんたどこのオレンジ。ちょっと畑でも耕してきたら?」
「くっそ、少し会わない間に生意気になりやがって! あれか、今流行のツンデレってやつか!」
そんなチビ助も可愛いけどちくしょう! 平等院のサーブを打ち返してみせた格好いい登場シーンはどこへ行ったのか、オレンジとラケットを放り投げて唸り始めるリョーガに、徳川は生温かい視線を送る。リョーマはそんな従兄を歯牙にもかけず、徳川の隣にちょこんと座っている。
「・・・今更だが、知り合いか?」
「映画『二人のサムライ The First Game』から逆輸入された人」
「それは、ツタヤに行けば借りられるのか?」
「七年前のだし無理かもね」
「チビ助ええええええぇぇぇぇぇえ!」
リョーガの叫びが、月に照らされているコートに無常に響く。とりあえず、とリョーマは愉悦と共に決意する。あの練習後の後輩に前触れもなくいきなり殺人サーブを打ち込んでくるような大人げなく礼儀もないおっさんは、「万有引力」で潰してやる、と。同じ技を返されて驚愕する顔が見てみたい。思い切りコートに叩きつけて、徳川さんの分まで踏みつけてやる。リョーマはにっこりと笑った。
「庇ってくれてありがと、カズヤお兄ちゃん」
逆輸入された人が泣き叫んだ。





新テニ7巻、一軍上位10人が芸能人扱いってことは、それすなわちリョマさんとか跡部様とかゆっきーとかがCMに出る日もそう遠くないってことだろ・・・? それなんてリアルうたプリ。
2012年1月12日