四天'S NON-NO





「ひーかーるーくーん。あーそーぼー」
「・・・あーとーでー」
心底うんざりしながらもそう返してくるところに、口が悪く先輩を先輩とも思わない生意気でむかつく男前だけど、やっぱり関西人なんやな、とユウジはいつも思う。クールな割にノリが良いのだ、この財前光という後輩は。加えてしっかりとポイントを押さえてくる話運びに、こいつは漫才が上手そうやな、とも内心で評価していた。少なくともシュールでボケなんだか天然なんだかいまいち分かり辛い白石よりも、絡みやすくてテンポが良い。謙也と話しているときはボケだし、自分や小春を相手にすればツッコミに回る。やるな、というのが財前に対するユウジの感想だ。主に笑いという視点における。
「ほんま勘弁してくださいよ・・・。俺、昨日寝たの二時やったんですけど」
「どうせネットでもしてたんやろ。部活が休みやからってだらけすぎや。それにもう八時間も寝とるやないか」
「俺の予定では十二時まで寝るつもりやったんです。ほんまありえへん・・・」
グレーの端が伸びているスウェットの上下姿で、ありえん、ありえへん、と呟きながら財前が廊下にしゃがみ込む。その恰好からも分かるように、ユウジは現在、財前の自宅の玄関にいた。もちろん事前にアポイントなんか取ってあるはずがない。突撃して「おはようございます。光君おりますか?」と訪ねられた張本人が見ていたら「誰やあんた」と冷ややかに睨みそうなほどの爽やかな笑顔でもって財前の母親に挨拶し、息子を呼んでもらうことしばし。八割方夢の中にいる状態で階段を降りてきた財前は、部活のない土曜日の朝も相俟って非常にオフな有り様だった。学校での「クールな財前君」なんかどこにもいない、スウェットにぺたんと降りた黒髪、穴だけが開いている耳にとろんとした目。四天宝寺中の女子生徒が見たらさぞかし幻滅するだろうと考え、それはありえへんな、とユウジは頭を振る。どうせ「財前君かわええ!」なんて言われるのが関の山だ。往々にして美形っちゅーのはむかつくもんやな、と考えるユウジは自身の容姿が上の下であることを把握しているけれども、彼にとって意味のある評価相手はダブルスパートナーの小春以外に有り得ないので、すべてが二の次となっている。ユウジにとっては女子にもてても意味はないのだ。小春にもてなければ意味がない、それがすべてである。
「っちゅーかユウジ先輩、今日は小春先輩と出かけるんやなかったんすか・・・」
フローリングの床に座り込み、体育座りの要領で膝に頭を載せて財前が尋ねる。ほんまに自宅やと別人やな、と後輩を見下ろしながらも、ユウジは今朝の電話を思い返して俄かに泣きそうになって顔を歪めた。
「そうや! 今日はデートのはずやったんや! それなのに小春が、小春が、今日は親父さんの仕事につき合わなあかんからっちゅーて、今朝電話があってな! ドタキャンや! 小春やから許すけど、俺がどんだけ今日のデートを楽しみにしとったか・・・!」
「ご愁傷様っすわ・・・」
「お義父様やから許すけど、これが他の男やったら今頃大阪湾に沈めとったで!」
「どうせ流されて関空で見つかるのが関の山や・・・」
「せやから俺は、これは次のデートのために新しい服を買いに行けっちゅー神様のおぼしめしやと思うことにした! 障害があればあるほど愛は燃え上がるしな! 待ってろや、小春! 次に会うとき、俺は今までの俺とは一味違うで!」
「・・・・・・」
「寝るな! 人の話を聞けボケェ!」
ごん、と目の前の頭に拳を落とせば、ほんまに殴りおった、と恨めしい声が返される。しかし眠気は徐々に冷めてきたのか、財前の目に朝日以外の光が差してくるのが見て取れた。相変わらず黒髪はぺしゃんこで十四という年齢通りの幼さを見せているけれども、これはこれでありやな、とユウジは財前の新たな美少年の一面を発見する。
「せやったら、ひとりで行けばええやないすか」
「阿呆、ひとりで選んだら同じような服ばかりになるやろ。たまには他のやつの意見が必要やねん」
「白石部長を誘うてください」
「あかん。白石は余計なもんが着いてくる。買い物にならん」
「逆ナン、ほんまにうざいですよね。俺も部長と出かけるの嫌やわ」
「それに白石は服に拘らんやろ。服を選ばん顔しとるしな。一緒に出掛けても張り合いがない」
「謙也さんでええやないすか」
「あかん。謙也はいらちや、すぐに『さっさと決めろっちゅーねん!』言うやろ。何件も店回って気に入る一着を見つけるっちゅーのが買い物の醍醐味やてあいつは知らんのや」
「確かに。前に買い物行ったら三件目で根を挙げてましたわ。同じデパート内やっちゅーのに。せやったら小石川副部長は?」
「趣味が合わん。それは銀もや」
「千歳先輩」
「買い物が迷子探しに早変わりやな」
「金太郎」
「色気より食い気の権化やろ」
「オサムちゃん」
「センスが年代を超えたら考えたるわ。っちゅーか、この前ええ感じの店を見つけたんやけど。おまえもきっと気に入るで」
にや、とユウジが片方の頬を吊り上げて笑ってみせれば、どうやら会話中に完全に眠気の去ってしまったらしい財前が嫌そうに眉を顰める。スウェット姿なので迫力がないし、こうして思い通りに動かされるのが嫌いな性質であることも知っているので、ここぞとばかりにユウジは優越感を持って見下ろしてやった。ますます財前の顔が歪んでいく。
「・・・服すか、靴すか」
「鞄や。おまえ、そろそろ新しいの欲しくなってたんとちゃうか?」
「そういうユウジ先輩かて、新しい帽子が欲しかったんとちゃいます? ・・・三十分待っとってください。準備するんで」
「そんなに待てるか阿呆! 十分で準備せえ! 服は俺が選んだる!」
「はぁ? 阿呆はそっちっすわ。何勝手なこと言うとるんすか」
ショートブーツを脱ぎ捨てて、立ち上がる財前の後を追う。振り返った顔は相変わらず嫌そうだったけれども、ユウジにとってはこれがもはや財前のデフォルトだ。押し合い圧し合いぎゃあぎゃあ喚きながら階段を上がり、すぐ左手にある部屋のドアを開ければ、そこはスタイリッシュな空間が広がっている。ベッドにパソコンデスク、物の余り載っていないラックなど、非常にシンプルだけれど無造作に外し置かれた腕時計ひとつ取っても計算されたかのように同じモードで揃えられている。遠慮なんてするはずもなくクローゼットを押し開き、ユウジは端から物色を始めた。山賊や、と財前が背後で溜息を吐いている。
「お! このシャツ初めて見るわ。悪うないな、どこで買うたん?」
「難波っすわ。ミスドの裏のショップで」
「ほな今日はそこも行くか。おまえはモノトーンで決めるとほんまに黒くなるからな。今日は白でいくで」
ぽいぽいぽいぽい、とシャツやスラックス、ネックレスやリュックなどをハンガーから外してはベッドに投げる。朝から疲れた顔をしながらも、財前は大人しくスウェットの上を脱いだ。空気に触れる肌が少し寒いので、さっさと服を拾って身に着ける。ファッションデザイナーの親を持つからか、ユウジの持つセンスは確かだ。そしてそれは財前の感性ととても似ており、正直認めざるを得ない。ユウジと財前の服に対する好みは似ている。もちろんお互いに自分自身に似合う服を選ぶためトータルコーディネートの雰囲気は異なるが、それでも互いを見たときに「やるな、こいつ」と唸らざるを得ないのだ。だからこそこうしてユウジは財前を買い物に誘うし、財前も大人しくユウジの選んだ服に腕を通す。そうして出来上がるのは、ふたりのお洒落な少年たちだ。
「ほな行くか! 今日は一日店を回り倒すで!」
「あ、昼はモスにしてください。新しいバーガー出たらしいんで」
「阿呆、その分の金も買い物に回すわ! 待っててや、小春! 次のデートはびしっと決めるで!」
結局家を出たのは十時半過ぎで、多くの店はすでにその扉を開いている。女子高生もびっくりな時間をかけて一着の服を手に入れるユウジと財前は、紛れもなく四天宝寺中男子テニス部の頂点に立つファッションセンスを持っているのだった。





街でファッション雑誌に写真を撮らせてくださいと言われる率が高いふたり。白石は顔でスカウトされるが、ユウジと財前はそのファッションが注目される。
2011年10月10日