新テニスの王子様六巻に出てきたU-17代表の一軍4のフードオレンジさんを、越前リョーガ(自称「黒いライトニング」なリョーマの兄を名乗る青年、映画「二人のサムライThe First Game」登場)と仮定してます。





BROTHER





「やーめた!」
打つはずだったサーブを場外ホームランし、ラケットを肩に背負って彼は笑った。背が高く、体格が良い。高校生に混ざっても決して見劣りしない身体を持つリョーガの正確な年齢を知っているのは、おそらく血縁であるリョーマだけだろう。一軍トップの平等院が海外遠征の際に見つけ、使えるという理由でU-17代表に誘った男。日本国籍を有し、ずば抜けたテニスのセンスを持つ、それが越前リョーガだった。それだけが越前リョーガだった。繰り出すプレーは前人未到で、誰もが目を奪われずにはいられない。そんな越前リョーガは、リョーマの紛れもない従兄にあたる。
「コーチ、やっぱり俺、この合宿辞めるわ。強い奴も多いし、すげえ楽しめたけど、やっぱいいや」
「何故です?」
「だってつまんねぇし。どうせ強い相手なら、チームメイトじゃなくて敵に欲しいだろ?」
にやっと浮かべられる笑みはシニカルで、その造形からリョーマにそっくりだけれども年齢が上のせいかやや大人びて見える。今は百五十一センチメートルでしかないリョーマの数年後を予測した姿が、まさにリョーガといっても過言ではなかった。けれども中身は少し異なる。リョーガはリョーマよりも娯楽を求めたし、刹那に生きた。海外で暮らしていた年月、彼がどんな世界にいたのかそれこそリョーマですら正確には知らない。だけどリョーマとリョーガは、やはりよく似ているのだ。
「俺はアメリカ代表に入る。おまえたちの敵として立ちはだかってやるよ」
「リョーガ・・・!」
「悪いな、平等院さん。言わなかったけど俺、アメリカ国籍も持ってんだ。どうせなら有効に使わなきゃ損だろ?」
「・・・いや、好きにしな。こっちこそおまえみたいな奴が相手なら不足はないさ」
「そうこなくっちゃ!」
この合宿のトップに立ち平等院とも対等に話をし、笑う。その様はとても自然で、リョーガが踏んできた場数の多さを周囲に教える。リョーガがアメリカ国籍を持つ、それはリョーマも知っていた。アメリカは生地主義を取っているので、アメリカで生まれた子供はすべてアメリカ国籍を取得するのだ。けれど日本は血統主義であり、それに則り親が日本人であるリョーガは日本国籍も保有している。いずれどちらかを選択する日が来るのだろうが、それまでは少なくとも国籍はアメリカであり日本なのだ。だからリョーガには選択権がある。アメリカか、日本か。そのどちらかを決めるに当たり、彼は今回アメリカを選んだ。日本の強さを知ったから、対戦を望んでアメリカに渡るのだ。
「ちびすけ」
「何?」
「おまえも行こうぜ、アメリカへ」
コートの中から振り向き、自分に、父の南次郎によく似た笑顔で差し出された手に、リョーマは思わず息を詰めてしまった。そうなのだ。リョーマとリョーガはよく似ている。それは容姿だけでなく環境にも言えることで、アメリカと日本、両方の国籍を持っていることもそのひとつだ。選択肢はリョーガだけではない、リョーマの前にも与えられている。
コシマエ、と呼んだのは金太郎か。いつもとは違ってやけに小さく頼りない声で、聞こえてはいるのにリョーマの視界には映らない。いるのはただ、リョーガだけだ。この従兄を追いかけてテニスをしていた日々があった。自分よりも強く、南次郎に挑み続ける背中に憧れたときがあった。ちびすけ、と振り向いて笑う姿に手を伸ばしたときがあった。ひとつのオレンジを木の下で分け合って食べたときがあった。
リョーマにとってリョーガは特別だ。血の繋がりが前提として存在し、それでもなお。
「・・・やだ」
にこ、とわざと可愛く笑ってみせたからだろう。リョーガがきょとんと目を丸くしたのが嬉しかった。
「俺は行かない。まだ一軍にもなってないしね。それに」
まっすぐにラケットを突き付ける。幼い日から変わらない。リョーマにとって追うべき背は昔からずっと。
「強い相手を倒すなら、俺にとって一番狙いはあんただよ、リョーガ」
だから日本に残る。そう言ったリョーマに、リョーガは見張っていた目を細めた。柔らかいそれは弟の成長を喜んでいるような穏やかさで、けれど一転して挑戦的に唇を歪める。
「おまえに出来るか? ちびすけ」
「上等。アメリカで首を洗って待ってなよ」
「ははっ! 言うねぇ」
笑ってリョーガは歩き出す。伸ばされた左手がリョーマの帽子を攫った。
「またな、ちびすけ」
もう片方の掌でリョーマの黒髪を乱暴に一度だけぐしゃりと撫でて、リョーガはコートを出る。U-17代表のジャージを脱ぎ捨てて去っていく姿を、振り向いて見送ったりなどしなかった。いいのかよ、と桃城に声をかけられ、リョーマは肩を竦める。
「別に。リョーガが好き勝手やるのなんて、昔からだし」
それでも久し振りに会えて嬉しかったなんて言わない。リョーマだけでなくリョーガもそう思っていたけれども、素直に口に出したりする性分じゃない。そう遠くない未来、テニスコートで相対する日が来るのだから、そのときに言ってやればいい。See you soon. 呟いてリョーマは従兄に後ろ手を振った。





この話のコンセプトは、公式で「外見が二年後のリョーマかつ中身が南次郎」という最強設定のリョガさんに如何に爽やかに未来ある展開でご退場いただくかでした。だって最強すぎてパワーバランスがおかしくなるじゃんかよう・・・!
2011年9月10日