テニミュのリョマさんVS金ちゃんソング「コイツを倒したい!」より派生。金ちゃんが「自由に跳ね回れる、やっと本領発揮や」とか歌うんですよ。全国準決勝まで来て「やっと本領発揮や」とか言うんですよ・・・。
めっちゃ図太い体でも、指から毒素でも、三つの目でも、ごっつう睨む大男でもなかったけれど。それでも、それでも。
出会えたことが、こんなに嬉しい。
強者の孤独
どん、と背後から受けた衝撃に、財前は思わず下ろしたばかりのラケットバッグに突っ込みそうになってしまった。危うい。あと一歩前のめりになっていれば、額と柱がごっつんこだ。何やねん、と己を危機に陥らせかけた原因を振り向けば、視界の隅に赤茶の髪の毛が移り込む。がっちりと背中からホールドされているため首を巡らせるしかないのだが、胸に回された手は梃子でも離さぬといった強さで、財前は溜息を吐き出してしまった。金太郎は喋らない。
「ざいぜーん、俺らコンビニ行ってくるけどー・・・」
襖を開けて顔を出した謙也が、こちらの状況に気づいて中途半端に台詞を止める。それもそうだと財前は思う。背中に金太郎という重しをくっつけ、今にも柱とぶつかりそうになっている自分だ。何やっとるん、と眉を顰めた表情だけで尋ねられ、諦めを押し殺して財前は口を開く。
「キシリトール買うてきてください。グレープミントで」
「お、おん。・・・金ちゃん、どないしたん? それ、大丈夫なんか?」
「眠くて電池切れになっとるだけっすわ。気にせんでええんで」
「・・・ほな、一時間後には流し素麺大会やから、それまで寝とき。お疲れ」
少しばかり困ったように、それでも温かい眼差しで笑い、謙也は来たときとは逆に静かに襖を閉じて出て行った。廊下からは白石やユウジの声が聞こえるから、きっとレギュラーを含めた部員たちの何人かで買い出しに行くのだろう。民宿の壁は薄い。ラッキーやな、と財前は肩を落として本格的に畳へと座り込んだ。後ろからしがみ付いてくる腕の強さは緩まない。数分もすればあたりには静寂が戻り、財前の吐き出す溜息の音だけが大きく響くようになる。
「・・・金太郎」
ぽん、と仕方が無いので胸の前で組まれている腕を軽く叩いてやる。
「ちゃんと話聞いたるから、ちょお離れて」
「・・・ワイ、眠たないもん」
「はいはい、分かっとるわ、そんなん」
僅かに緩んだ拘束の中で、財前がくるりと体の向きを反転させる。今度は正面から金太郎が抱きついてきた。勢い余って後頭部がついに柱に激突したけれども、背中にぎゅっと回されている金太郎の腕がクッションとなったためそこまでの痛さではない。胸元から首筋をくすぐる髪の毛から逃げるように視線を上げれば、低い天井の明かりが中央に移る。夕暮れ時、窓の外が明るいから電気はまだ点けていない。夏の陽は長い。それでも四天宝寺の夏は今日、終わってしまったのだ。財前にはまだ実感できない。いずれ謙也や白石のいない部活が始まって、そしてようやく時の流れを知るのだろう。
「・・・ひかる」
顎の下で金太郎が身じろぎする。これからは、この後輩と共に戦っていかなくてはならないのだ。自分が四天宝寺を率いていかなくては。自分がしっかりしなくては。この子供の手を引いて、先輩たちのように毅然と顔を上げて進まなければ。
「ひかる」
「おん」
「光」
「んー」
「・・・コシマエ、ちゃんとおった? ワイの気のせいとちゃう? ちゃんとコシマエ、おったよな・・・?」
確かめるのが怖いのに、確かめずにはいられないのだろう。おったで、と肯定してやれば、金太郎の抱きついてくる腕が更に力を増した。小さな図体に見合わず強大な力を持つ金太郎だ。正直、肋骨が軋んだ気がするし、実際に呼吸が苦しくなったけれども、財前はそれを我慢してやった。小学校の低学年から、それこそ幼すぎる頃から共に過ごしてきたこの幼馴染が、どれだけ焦がれていたのか知っている。
「ワイ、な。全力で走ったんや。コートの端から端まで走って、全力で打ち返したんや」
ぽつりぽつりと漏らされるのは、金太郎が滅多に見せない素の顔だ。もちろん部活で騒ぎを起こして白石に説教される様だって金太郎の素ではあるが、決定的な弱さをこの幼馴染は他者に見せない。本能で分かっているのだろう。自分は周囲とは違うのだということを。その通り、金太郎は異質だった。その能力が、気性が、生まれ持った天性の才能があまりに平凡とはかけ離れていた。
「全力、出せたんや。ワイ、ほんまに自由やった。自由に走れた。自由に走り回れたんや。遠慮なんてせんかった」
背中の、財前のシャツを握る手が更に強まる。他者より強い金太郎は、いつだってその能力のせいで浮いていた。強すぎるから弾かれてしまうのだ。何でそないなことも出来んの、と純粋な疑問をその大きな瞳に浮かべて首を傾げる。それが如何に他者に対して絶望を齎すのかを、幼い日の金太郎は知らなかった。けれど彼だって馬鹿じゃない。歳を重ねるにつれて学んだのだ。手加減をしなくては相手を壊してしまうのだと、壊してしまうほどの才能を自分は有しているのだということを。だからこそこの出会いは金太郎にとってまさに運命なのだと、端から見ている財前にさえ分かった。しがみ付いてくる身体が小さく小さく震えている。
「ほんまに、ワイ、全力やったんや。本気やった。どこに打っても、どこに走っても良かったんや。だってコシマエは、ちゃんとワイに返してくれた」
「せやな。コシマエはおまえと対等やった」
「ワイ、何しても良かったんや。コシマエはちゃんと受けてくれた。ワイが全力出しても、コシマエはちゃんと受け止めてくれた。ちゃう。受け止めて、返してくれたんや。ワイよりも、もっと強い力で」
金太郎は強すぎる余り、自由にプレーすることが出来なかった。たった一球で相手選手の手首を壊してしまうことさえ、この全国という舞台でもあった。四天宝寺内においてもそれは同じだ。「才気煥発の極み」を酷使する千歳ですら、金太郎の先を読めない。「聖書」と呼ばれる白石の完璧なテニスさえ、金太郎には通用しない。だからこそすべての打球に反応し、そして返してくれたリョーマの存在は、金太郎にとって計り知れない衝撃を与えた。どこまで力を出していい? どこまで力を込めていい? 期待と不安を抱えながら少しずつ曝け出す本領に、けれどリョーマはすべて付き合ってくれた。金太郎の必殺技である「超ウルトラグレートデリシャス大車輪山嵐」でさえ、リョーマは打ち返してくれたのだ。破られたというのに、そのときの金太郎はとても嬉しそうな、そして今にも泣きだしそうな顔をしていた。喜びだと財前には分かった。幼い頃からずっと、共にいたのだ。
「・・・コシマエ」
焦がれる、強者の孤独を知っている。
「コシマエ」
金太郎がずっとずっと、最後まで共にテニスの出来る相手を求めていたことを知っている。
「コシマエ・・・っ」
「良かったな、金太郎」
「おん・・・!」
ぐすぐすとついに泣き出した背中を、財前は優しく撫でてやった。強者は孤独だ。同じ強者で言うのならきっとリョーマもそうなのだろうけれども、彼の隣には手塚という鬼才がいた。金太郎にはそれがなかった。だからこそ金太郎はずっと求め続けていた。自分と最後までテニスをしてくれる人物を。自分を自由に跳ね回らせてくれるほどに実力を持った選手を、対等なプレイヤーを求め続けていた。そうして出会ったのだ。この、全国大会の下に。
「来年も、全国に来るで。俺は四天宝寺の優勝を狙う。おまえはコシマエとの再戦や」
「おん・・・っ」
「願い続けた相手やろ。絶対に手放すんやないで」
「おん! 絶対や!」
泣きながら、それでも笑って、その声に溢れんばかりの喜色を含んで、金太郎が強く頷く。よしよし、といつになく優しく、財前は後輩の頭を叩いてやった。コシマエ、と金太郎は何度もライバルの名を呼んだ。これだけ思われているのだということを、きっとリョーマは知らないだろうけれども、それでも通じるものはあったはずだ。一球だけの勝負は、ふたりの未来を添わせるには十分過ぎた。
良かったな、と財前は赤茶の髪の毛を見下ろした。夏は終わってしまったけれども、こうして続いていくものもある。これからの金太郎は今まで以上に強うなるやろうな。そんなことを思って、財前は小さく微笑んだ。孤独がようやく、終わる。
金ちゃんがその本質故に今まで本領発揮出来なかったのなら、それが出来るリョマさんというライバルの存在に本当に感謝したんじゃないかな、と。
2011年6月17日