2011年9月3日ロードショー予定「テニプリ英国式庭球城決戦!」のあらすじより、「コートでの試合とは違い、古城の様々な場所で戦いに挑む」って、じゃあこんなのもありじゃね、と思った結果です。罠もいっぱいのようですしね!
最強で最強な最強の王子様!
「何やぁ、この部屋!」
いくつめの扉か分からないが、金太郎が蹴破るようにして突入した部屋はがらんとしていて、僅かの家具しか見当たらなかった。窓がないから外の景色が見えないし、もしかしたら湿った空気を鑑みるに地下なのかもしれない。テニスシューズの底が踏むのは相変わらず石造りの床ばかりで、いい加減厭きてきたし、とリョーマは肩を竦める。
彼らが纏っているのはいつもの部活のジャージだったが、その手にラケットはない。テニスの聖地、ウィンブルドン。ジュニア選手の日本代表として集められた青春学園、氷帝、立海、そして四天宝寺の面子だったが、彼らは今、テニスとはまったく関係のない戦いを強いられていた。大会の裏で蠢く気配に、次々と襲われていく各国の選手たち。日本代表も仮宿として提供された古城に閉じ込められ、脱出しようと試みるためいくつかのチームに分かれて方法を探っている最中だった。
「ベッドに机に・・・注射器? ハリウッドのセットみたい」
「ホラー映画みたいや! フラン、フラ・・・フランキー? そないなやつが出てきそうやなぁ」
「フランケンシュタインのこと? 確かにイメージかもね」
辿り着いた部屋に足を踏み入れて、リョーマがしげしげと見回す。古めかしいとしか表現できない城の一室は、あたかも寂れた研究室のような装丁だった。パイプベッドに、寝ても埃しか感じられなさそうなマットレス。枕は破かれて綿がそこらに散っており、小さなテーブルには注射器と空になったアンプルが載っている。ガラスの割れた戸棚の中では数冊のファイルが倒れており、半端に開けられた引き出しなどは無残な姿だ。全体が荒らされた印象を与え、そしてシーツや床に残されているいくばくかの赤黒い染みが嫌な予感を掻き立てる。変な場所やなぁ、と金太郎が眉を顰め、辺りを検分していたリョーマも振り返り、そして思わず目を瞬いた。
「・・・何て顔してんの、幸村さん」
王者立海の芥子色のジャージを身にまとった幸村が、今はその女性めいた美しい顔を明らかに歪めていた。脱出経路を探るチーム分け以前に、リョーマの手を掴んで金太郎が駆け出してしまい、ふたりが古城を迷路のように彷徨っていたところで合流したのが立海の部長である幸村だった。幸村自身は真田や柳と行動していたらしいが、数多のトラップにより分かたれてしまったという。仕方が無いね、と苦笑した幸村を含め三人で動き始めてからしばらく経つが、今までの彼とは明らかに顔色が違った。白い肌がリョーマの目にも分かるほどに青褪めており、握った拳を幸村は自身の口元へと寄せた。テニスプレイヤーにしては骨ばった、それでも大きな手がきつく握られた余り僅かに震えている。流石の金太郎も振り返り、どしたん、と首を傾げた。
「・・・ここは病室だ」
吐き気がする、と心底嫌悪を込められた呟きは、リョーマに幸村の過去を思い出させた。神の子と呼ばれ、王者立海大付属中の部長でありながらも、病に倒れ全国大会の決勝しか表舞台に立つことの出来なかった人。そのテニスが絶対的な存在感を示すから忘れかけていた。幸村のジャージに包まれた身体は、同じ身長を持つ他のメンバーに比べて細く、華奢だ。病は完治したけれども、その身体に昨年ほどの筋肉や体力は戻っていない。意地とプライドで全国決勝に戻ってきたが、幸村は確かに闘病者だったのだ。長い時間を病院で過した。だからこそ彼が病室を嫌っていることは、恐れていることは何となくリョーマにも想像がつく。口を開こうとした金太郎を制し、リョーマは幸村を見上げる。
「そんなに怖い? あんたはもう完治してるんでしょ?」
「・・・ボウヤには分からないさ。真っ白な空間にひとりでいる恐怖なんて」
「そりゃ分かんないけど、でも幸村さんはここにいるじゃん。あんたは自分の足で病室から出てきた」
睨み付けてくる眼差しには、敵意よりも怨念が籠っている。どれだけの期間を幸村が病室で過したのか、詳しいことをリョーマは知らない。知ったところでどうしようもないし、同情されたがるような人物でないことくらい知っている。
「俺は、幸村さんの覇気は、あんたの今までがあったからこそのものだと思ってる。怖がるよりも認めれば? 病気に打ち勝ったのは間違いなくあんたの強さだよ」
ぷい、と背中を向けてリョーマは室内を物色することに戻る。金太郎が力任せに開けた扉はすでに閉じられてしまった。今までのトラップからするに、おそらく中から開けることは不可能なのだろう。ならばこの部屋のどこかに次の場所へと繋がる手がかりがあるはずだ。血塗れのシーツを剥がして、マットレスを蹴ってみる。舞い散ったのは埃ばかりで、ひび割れた壁掛け鏡をひっくり返してみるけれども、そこには何もない。
「っていうか、俺たちにとっては幸村さんのテニスの方がよっぽど怖いし」
「あ、それはワイもや! よう分からへんけど、ワイもユキムラさんのテニス怖い。ほんま怖い、めっちゃ怖い。白石の毒手と同じくらい嫌や・・・!」
「あ、この棚の後ろに何かありそう。遠山、これどかして」
「よっしゃ、任せとき!」
ちらりと覗き込んだ隙間に違和感を覚えてリョーマが言えば、金太郎はうきうきと戸棚を動かしにかかる。小さく見えて力の強い金太郎は、中身の対して入っていない棚など軽々と持ち上げて別の場所へと落とした。その際に中のファイルが倒れたり、割れていたガラスが更に砕けたりしていたが、リョーマに気にするつもりは毛頭ない。そもそもこのような古城に閉じ込められた時点で、抵抗はすべて正当防衛だと主張する予定だ。
戸棚の裏に壁はなかった。そこはぽっかりと穴が開いていて、人がふたり並んで通れるかどうかという幅だ。しかし問題は、その向こうにあるのが通路ではなく、落とし穴のような縦の空間だということである。リョーマはもう一度部屋を眺めまわした。この穴の他に外へと繋がっている仕掛けはなさそうだ。覗き込んだ金太郎が「底が見えへんなぁ」なんて言っていることから、落下してもしかしたら底と激突してお陀仏してしまうのかもしれないが、リョーマにとってそれは結果論だ。この罠だらけの古城なら、何か違うトラップが更に仕掛けられているに違いない。そして今ここにいる面子で、それを乗り越えられないとはリョーマには到底思えなかった。
「行こうよ、幸村さん。怖いなら手を握ってあげるけど?」
振り返って、にやりとわざとらしく唇を吊り上げる。まだ青い顔のままの幸村だったが、あからさまな揶揄に眉を顰めた。くるんと振り返った金太郎が、いつもの明るい笑顔で幸村の左手を握り締める。引っ張られて幸村の身体が傾いた。
「ちょっ・・・!」
「怖いんやったら守ったる! ワイとコシマエでユキムラさんを守ったるから平気や!」
「いいね、それ。お姫様を守るのは王子様の役目だし?」
「・・・俺はお姫様なんかじゃないよ」
「だったらそれらしくしてくんない? あんたはいつもみたいにジャージを靡かせてさ、王者なのが似合ってるよ」
駆けてくる金太郎に引きずられている幸村の右手を、リョーマが握る。指は若干骨ばっているけれども、手のひらはやはりリョーマより大きかった。視線が重なり、幸村が困惑の後に憮然とし、そして眉を顰めるからリョーマは握る手の力を強めてやった。金太郎が勢いを殺すわけがない。背後に道がなく、目の前に穴があるのなら、もはやそこに飛び込むだけだ。
「行くでぇ!」
だん、と石畳を蹴って飛ぶ。狭い穴をめがけてだから、三人の肩やら腕やらがぶつかり合って、リョーマと金太郎が思わず笑った。そうして突入した穴はやっぱり底がなくて、襲い掛かるのは漆黒の暗闇と落下している浮遊感。遊園地のアトラクションなんか目じゃないリアルの感覚に金太郎が歓声を挙げる。その様は闇が強すぎて傍にいるリョーマからでも見えず、それでもすぐ隣の幸村の空気が変わったのは分かった。
「ははっ・・・!」
軽やかな声と握り返される力の強さにリョーマも笑う。金太郎と幸村と自分。この三人で越えられないトラップなど、リョーマには存在するとは思えなかった。
チートすぎるこのトリオが大好きだ!
2011年6月11日