オフライン発行の「怪談学園」の後日談です。「怪談学園」は立海レギュラーがわいわいぎゃあぎゃあ喚いたり叫んだりしながら、学校の怪談に必死に立ち向かうお話でした。ちなみに柳生さんは恐怖のメーターが振り切れてしまい、端から怪談をゴルフクラブで血みどろにして回っていました。
「怪談学園」後日談 〜 赤也と柳生とハンカチの行方 〜
「柳生先輩!」
廊下で見つけた後ろ姿に声をかけると、柳生は足を止めて振り向いてくれた。手の中にあるのは教科書だから、もしかしたら次の授業は移動教室なのかもしれない。優等生の見本のような柳生が遅刻するような真似はしないだろうし、そうすると時間も取れないと考えて、赤也は急いで持っていた小さな紙袋を差し出す。
「これは?」
「えっと、この前借りたハンカチっす」
「? 私、切原君にハンカチを貸しましたか?」
「あー・・・えーと、あの、夜に、借りてるんすよ」
やっぱり覚えていないんだな、と赤也は視線を彷徨わせる。あのときの柳生はどうかしていたのだろうし、正直赤也も思い返すと未だ怖かったり情けなかったりするので、知らず言葉を濁してしまう。だが、柳生はすぐに思い当ったらしい。僅かに表情を硬くして、けれど唇には笑みを乗せてハンカチを受け取る。
「ありがとうございます」
「いえ、俺こそありがとうございました。・・・汚れが中々落ちなくて、それ実は新しく買ったやつなんすけど、使ってもらえたら嬉しいっす」
「気を遣わせてしまいましたね。すみません」
眼鏡に遮られて目は見えないけれども、赤也は紙袋に視線を落とす柳生をじっと見つめた。少しの後、柳生が顔を上げる。まっすぐ告げられた言葉に、赤也は思わず顔を歪める。
「切原君、今、私がお貸ししたハンカチは持っていますか?」
「・・・持ってるっすけど、渡したくないっす。柳生先輩だっていい気はしないっしょ」
「君は優しい子ですね。ですが、お願いします。私にそのハンカチを譲っていただけませんか?」
「何で」
「戒めにしたいんです。私が本当はどんな人間なのか、忘れずに生きていくために」
真剣な声で乞われて、否と言えるわけがない。赤也としては柳生に彼自身の悲しみを思い出させるような物など渡したくなかったが、仕方がない。唇を尖らせて、ポケットから少しよれたハンカチを取り出す。何度洗っても落ちなかったのだ。染み込んだ化け物の血が。
「・・・言っときますけど俺、柳生先輩のこと大好きっすからね。柳生先輩がどんな人でも俺の先輩に変わりはないっすから」
「ありがとうございます。私も、切原君のような後輩を持てて幸せです」
汚れたハンカチをまるで宝物のようにそっとしまって、それではまた部活で、と柳生は再び歩き出す。何となく赤也はその背を見送った。相変わらず姿勢の良い背中だ。幸村や真田や柳たちと並んで、赤也が目指すべき姿のひとつでもある。だが、柳生は柳生で様々な葛藤や苦しみを抱えているのだろう。
自然と眉を寄せている赤也の横を、女生徒が駆け抜けていった。次の瞬間、赤也はぎょっとした。あろうことかその女生徒は柳生に抱きついたのだ。右腕に己の両腕を絡めるようにして身を寄せ、明るく話しかけている。対する柳生は少し驚いていたようだけれども、少女の腕を解こうとはしない。え、え、柳生先輩って彼女いたっけ、と赤也が動揺していると、前からやってきた別の女生徒もまた柳生に声をかけていた。はにかんで微笑む愛らしい顔が、赤也の位置からもはっきり見える。そして柳生を真ん中に三人は並んで歩き出し、廊下の曲がり角へと消えていく。
瞬間、赤也ははっとした。腕を組む女子生徒の髪の毛からは、何故か水が滴り落ちていなかったか。まるでプールの底にずっと沈んでいたかのように。微笑む女子生徒の上半身と下半身も、どこかちぐはぐで動きがぎこちなかった気がする。まるでばらばらになっていたものを繋ぎ合わせたかのように。
一度あんな夜を体験してしまった以上、見極めが出来てしまうのは必然だ。制服を着ているけれど、あれは違う。人間じゃない。だけど彼女たちの瞳はまさに恋する少女のそれで、赤也は呆然と呟かずにはいられなかった。
「柳生先輩、すげえ・・・!」
柳がもしもこの場にいたのなら冷静に突っ込みを入れただろう。怪談に好かれるなんて、柳生も怖がりのくせに大変だな、と。
2010年冬コミ無料配布より。
2011年2月20日