テニプリ読み切りの徳川プロと、新テニの高校生・徳川カズヤが兄弟設定です。
それはたまたまだった。成長期の少年たちを考慮した栄養士の管理下、選手ごとに異なる昼食メニューを受け取り、テーブルに向かうため桃城の後ろをついて歩いていた時だった。ふと視界の隅に入り込んだ何かにデジャヴュを感じて、リョーマはそちらを向く。しばし違和感に眉を顰めていたけれど、気が付いてぱちりと目を瞬いた。そしてそのまま進む方向を変える。
「越前?」
桃城の声も構わずに、リョーマは近づいた。食事しているすぐ横に立てば、流石に相手も気づき顔を上げる。表情が少ない中にも僅かな怪訝を感じられ、うわぁ、と内心でリョーマは笑った。こんなにも似ているのにどうして今まで気づけなかったのか不思議で仕方ない。カップを置いた相手に、リョーマは確信を持って問いかける。
「ねぇ、あんたってもしかして、徳川さんの弟?」
語尾には疑問符をつけたけれど、返事なんてひとつしかないと信じている。予想通り呆れたように眼差しを緩めて、徳川カズヤは首を縦に振ったのだ。
ちっちゃいは正義!
「・・・知っていて無視しているのかと思っていたが」
「まさか。さっきコーヒー飲んでるの見て気づいた。あんた、コップの持ち方が徳川さんと一緒なんだね」
「持ち方なんか誰だって同じだろう」
「違うよ。薬指と小指の曲げ方が、徳川さんはちょっと独特なんだよね。育ちが一緒じゃなきゃ同じになんないよ」
会話を進めながら、リョーマは当然のように徳川の向かいの空いている席にトレーを置く。それにぎょっとしたのは桃城だ。U-17合宿が始まってしばらく経つが、それでも中高生が一緒に食事をすることはほとんどない。時間は同じでも、何となく学校や学年ごとで固まってしまうためだ。しかしリョーマは何食わぬ顔で高校生で溢れる一角の椅子を引き、座ろうとしている。相席する徳川にさえ許可を求めていないところが、憎いほどにマイペースなルーキーだ。
「おいっ、越前!」
「桃先輩、俺今日こっちで食べるっす。徳川さんの話もしたいし、いいよね?」
「好きにしろ」
「Thanks」
徳川が拒否しないのなら、桃城に何を言うことも出来ない。いいのかよ、と心配しながら青学陣の固まっているテーブルに向かえば、やはり手塚は眉間に皺を寄せ、大石は顔色を悪くしながらリョーマの方を眺めていた。乾はノートを取り出しており、不二と菊丸は面白そうに瞳を輝かせている。周囲の中学生や高校生も、何だ何だという顔で問題のテーブルに注目している。当事者が高校生の中でも随一の実力者である徳川と、中学一年生のくせに類稀なる才能を発揮しているリョーマなのだ。視線を集めいない方がおかしい。しかし当のふたりは平然と、それぞれに箸を進めながら会話をしている。
「俺のこと知ってるなら、さっさと声かけてくれれば良かったのに」
「だから言っただろう。知っていて素知らぬ顔をしていると思っていたんだ」
「弟がいるって話は聞いてたけど、名前は知らなかったんだよ。そういや弟もテニスしてるって言ってたっけ」
「俺は兄さんが帰国する度におまえの話を聞かされている。兄さんは自分の大会よりも、おまえとアイスを食べに行った話をする時間の方が長いくらいだ」
「げ、何それ。あのひと俺のこと好き過ぎじゃない?」
「弟の俺よりも愛されているだろうな」
言葉ほどにリョーマに嫌がっている様子はないし、徳川もうっすらと唇に笑みを乗せている。高校生の間では暗黙の了解となっているようだが、中学生は初耳の者も多かった。菊丸が振り返る。
「乾、『徳川さん』って誰だか見当つく?」
「越前の知り合いであり、帰国という言葉、大会に出場しているらしい件から考えると、プロテニスプレイヤーの徳川選手である確率が90パーセントだな」
「徳川プロ!? マジっすか!」
「徳川さん、徳川プロの弟なんだね」
「知らなかったなぁ」
挙がったのは世界ランキングでも上位に食い込んでいる、日本で最も有名なプロの名前だった。言われてみれば涼やかな目元や、落ち着いている悠然とした雰囲気が似ているかもしれない。有名人の、しかもプロ選手の弟さん。中学生はどことなくミーハーな気持ちで、きらきらと徳川を眺める。
「徳川さんは元気?」
「俺よりもおまえの方が良く知ってるんじゃないか? アメリカでは結構会ってたんだろう?」
「何、そんな情報まで筒抜け? 大会のときは会場まで車で送ったりしてもらったけどさ。ほら、俺は運転出来ないし」
「人の兄を足代わりに使うとは良い御身分だな。まぁ、兄さんも嬉々としてやったんだろうが」
「父親譲りじゃない? うちの親父も、昔は大会に車で送ってもらってばっかだったらしいんだよね。しかも毎回違う女に」
「サムライ南次郎か・・・」
「興味ある? 今じゃただのクソ坊主だけど、それでも良ければ遊びに来れば?」
「いいのか?」
「徳川さんの弟だし、かなり今更。そのオレンジを一切れくれたら来てもいいよ」
「兄さんはおまえのことを『生意気で可愛い』と言っていたが、どこが可愛いのか説明してもらう必要がありそうだな」
「ステディの惚気みたいになりそうだから止めといた方があんたのためだよ。っていうか、名前で呼んでいい? 苗字じゃどっちを呼んでるのか分かんないし」
「好きにしろ」
「じゃあカズヤ」
呼び捨てかよ、という叫びは流石に中学生高校生関係なく、ふたりを見ていた誰もが放った。しかし小声だったり心中でだったりしたので、直接リョーマの耳には届かない。越前、と大石が胃を押さえ、しくしくと机に突っ伏した。隣では河村が慌てて胃薬を探している。約束通りオレンジを一切れ、ではなく二切れ貰ったリョーマは、その瑞々しさに対してだけではなく嬉しそうに笑う。
「初めて会った気がしないね。徳川さんの弟だからかな」
「俺も、兄さんから話に聞いていた『越前リョーマ』の印象が強いからな。おまえがどんな挑発的な態度を取ろうとも『生意気で可愛い』という兄さんのフィルターが邪魔をする」
「徳川さんは俺のことを『弟みたいだ』って言ってくれるから、じゃあカズヤも俺のオニイチャンだよね? オニイチャン、後で試合しようよ」
「私的な試合は禁止されているだろう。ラリーで我慢しろ」
「やった! じゃあお礼にこれあげる」
「好き嫌いするな」
ぽいっと寄越されたプチトマトを、徳川は溜息を吐き出しながらリョーマの皿に返す。しかし一緒に苺がひとつついてきたため、リョーマは「ちぇ」と舌打ちしながらも大人しく口に運んだ。見ている側が得体の知れない不安を抱いてしまうほどの仲の良さだ。それこそ兄弟のような、そんな親しさに見える。冷酷に近いクールという評価が中学生の徳川に対する印象だったが、弟に対してのみ甘く、尚且つしっかり躾けているお兄ちゃんに見えてくるから不思議だ。どこから口を挟めばいいものか、そもそも口を挟んでいいものなのか。周囲がじりじりと燻っていると、食堂に入ってきた新たな存在がそんな雰囲気を吹き飛ばした。
「あーっ! コシマエ、黒髪と飯食うとるやんか! なぁなぁワイも一緒してええ?」
金ちゃん、という白石の焦った掛け声で金太郎が止まるわけがない。ご飯もおかずも大盛りのトレーを片手で持ちながら、駆けるようにしてふたりのテーブルに近づく。諦めた方がええっすわ、と財前などは知らぬ存ぜぬでデザートを平らげており、リョーマは味噌汁の器を置いて、ふふんと金太郎を見上げた。
「ダメ。俺とカズヤはfamilyだから」
「コシマエばっかりずるいで! ワイも強い奴と仲良うなりたい! 試合したい!」
「だったら鬼さんがいるじゃん。ほら、あっちでご飯貰ってるし」
リョーマが箸でカウンターを示せば、向かいで徳川が「行儀が悪い」と指摘する。はぁい、とリョーマが笑いながら甘受する一方で、金太郎は振り向いた先に三番コートの鬼の姿を見つけるとぱぁっと顔を輝かせた。そして空いている手を挙げてぶんぶんと振る。
「鬼のおっちゃん! ワイと一緒に飯食わへん!? なぁなぁええやろー?」
ここ空いとるし、と金太郎が指し示すのは、リョーマと徳川がついているテーブルの残りふたつの椅子だ。結局一緒に食べるんじゃん、とリョーマが肩を竦めるが、すでに金太郎の大盛りトレーはテーブルに置かれてしまっている。名指しされた鬼は片眉を上げたが、大人の包容力で苦笑しつつも頷いた。金太郎が跳ねるようにして歓声を挙げる。こうして高校生二名と中学生二名は、揃ってテーブルを囲むことになったわけだが。
「・・・・・・ちびっこ、すげぇ」
どこからともなく漏れた言葉は、まさに誰しもの心の声だった。食堂の中でひとつのテーブルだけが和気藹々と盛り上がっている。高校生の中でもクールな徳川と、強面の鬼。そのふたりをここまで打ち解けさせてしまうとは、まさにちびっこ恐るべし。その小さな身体が秘める未知の可能性に、周囲は色んな意味で感心したのだった。
徳川兄弟、誰もが一度は考えるネタ。しかしやっておきたかった・・・。
2010年12月19日