「そうやって、今度はU-17の柱になるつもりですか?」
かつて青学の部長を務めた大和祐大が、現役部長である手塚に投げかけた問いに、ぴくりと反応した者が数名。
人身御供ってご存知ですか
「アーン? 今の台詞は聞き捨てならねぇな。U-17の柱はこの俺様に決まってんだろ?」
腕を組んで尊大に言い放った跡部に、忍足は深い溜息を吐き出した。ああ、やっぱり行きおった。そりゃ跡部やしなぁ、行かんわけないやろうけど。小さくそうごちて、今この場にいない宍戸を懐かしく思う。個性的なキャラクターが多いとされる氷帝テニス部で、宍戸は跡部に正論をぶつける非常に貴重な存在だ。向日やジローは面白ければそれで良しと逆に奨励することが多いし、樺地は跡部に異を唱えない。鳳は何処かずれた感性を持つし、日吉は我関せずといった態度を貫く。なるようになれと眺めている自分に言えたことではないが、今この場に宍戸がいたのなら「跡部、おまえ何言ってんだよ!」と突っ込みを入れてくれだろうに。裏U-17合宿の存在を知らない忍足は、東京の方面を見やって思いを馳せた。何や、跡部のストッパーって俺がやらなあかんの、と心中で嘆きながら。
「俺も俺も、柱は跡部がいいと思うしー!」
「俺も跡部部長が相応しいと思います。跡部部長には、一年生の頃から氷帝テニス部を率いてきた実績もありますし」
あれ、俺ってジローと鳳のストッパーもやらなあかんの。えー、と忍足は東京へと手を振った。がくとー、戻ってきてやー。願いは一キロメートルと離れていない裏U-17合宿へも届かない。ジローと鳳は満面の笑みで我らが部長を讃えている。
「だったらうちの部長だって負けてねぇよ! 強さでいったら幸村部長の方が上だしな。U-17の柱は絶対に幸村部長だって!」
「駄目だよ、赤也。本当のことを言ったら」
「幸村君、本音が駄々漏れだぜ」
「ああ、ごめんごめん」
うわぁ性質悪ぃ。間違いなくその場にいた誰もが思っただろうが、心中の声も明らかな表情もすべて跳ね除けてしまうのが王者立海の強さかもしれない。ふん、と赤也が胸を張れば、幸村が柔和なのに得体の知れない微笑でぐさりと鋭い攻撃を放つ。丸井がとりあえず突っ込みを入れているけれども、それだって形だけの些細なものだ。三番コートとの入れ替え戦で、シングルス3で怪我を負ったクラウザーが付き添いの柳生に尋ねる。
「ハシラとは何デスか?」
「そうですね、礎になる存在と言えばいいでしょうか。古くは、城や橋など大規模な建築物を災害や人災から守るために、神への祈願とし、生きたままその周辺に埋められる人身御供のことを指しました」
「オウ・・・日本文化は、オソロシイのデスね」
ニュアンスを正確に伝えるためか、片言のクラウザーに対して柳生は滑らかな英語で答える。周囲に英会話に長けた人物がいなかったため綺麗に流されたが、例えば跡部やリョーマが聞いていたのならきちんと否定してくれたことだろう。もうちょっとマシな意味合いを教えてやれ、と。まず起源を教えるのが間違っている、と。自ら殺されたがるなんて、跡部さんは変わってイマスね。クラウザーの言葉に、変わっているのは確かですね、と頷いた柳生は意図しているのかいないのか。仁王がいれば、あれは天然じゃ、と言っただろうが。
「でも折角だけど、俺は今回の合宿ではテニスを純粋に楽しむと決めているんだ。柱は跡部や手塚に譲るよ。支えるとか背負うとかそんなの面倒くさいし、ほら俺、病み上がりだし」
「幸村君、本音が駄々漏れだぜ」
「漏らしてるんだよ。まぁ、柱が跡部だろうと手塚だろうと、俺は試合したいときに試合をするし、するときは必ず勝つけどね」
「さっすが幸村部長、かっけー!」
わぁいわぁい、と切原が歓声を挙げる。ふふ、と微笑む幸村が、あの強面と年齢詐欺で定評のある真田よりも頼れるように感じられるのはどうしてだろう。しかし恐ろしさも同時に感じられ、あの部長の下で部活やってきた立海すげぇ、と多くの感嘆がそこここで発せられた。立海の強さって精神力じゃね? 天根がそう囁いた。
その一方では、悪戯に南を推挙しようとしている千石が、当の南によって羽交い絞めにされている。誰だってこの色濃い面子の中に割って入るのは嫌だろう。特にそれが、ジミーズと褒められているのだか貶されているのだか分からない南なら尚更だ。かなり必死なその様子が何となく気の毒になって、亜久津は千石の脳天に拳を振り下ろしてやった。途中入部と途中退部で迷惑をかけたからな、なんて思ってもいないことを建て前として使ってみる。
「だったら橘さんだって負けてねぇよ! テニス部を作って、俺たちを導いてきてくれたんだ!」
「ぶっ・・・!」
「千歳、何笑っとーと!?」
「・・・す、すまん、桔平。まさか、あの桔平が、こぎゃん後輩に慕われとるなんて・・・!」
ぎゃっはっはっは! ついに千歳が声を挙げて笑い始めた。百九十センチメートル以上ある巨体を折り曲げて、腹を抱えて客席を転がりまわっている。下手に九州時代を知られている親友だけに、橘が苦虫を噛み潰して般若のような顔に変わった。不思議がっている神尾の前を颯爽と駆け抜けて、笑い続ける千歳にドロップキックを華麗に決める。ふぎゃ、と笑い声が悲鳴に変わった。
「白石はんはどうや? 白石はんなら柱も務まるやろ」
「いやいや、師範それは褒めすぎやろ。俺なんかあのふたりと張り合えへんわ。手塚君ほど老成してへんし、跡部君ほど派手でもあらへんしなぁ。俺は普通の選手で十分や」
ありえへん、と白石は笑うが、普通の選手は腕に純金製のガントレットなんかしないし、更にその上から四六時中ずっと包帯を巻いて「毒手やでー」とは言わないだろう。言葉を飲み込んで「そんなもんなんか」と頷いて見せた銀はとてもチームメイト思いだ。ユウジに引き摺られてやってきた、あのクールなようでいて案外人付き合いの良い後輩ならば「白石部長のどこが老けとらんのですか? ちゅーかあの人以上に派手な人もそういてへんっすわ」と容赦なく悪態をついただろうが、その財前も今はいない。金太郎はんはどこへ行ったんやろうなぁ、と銀は今更ながらに合宿途中から姿をくらませている一年生ルーキーを思い出す。
「永四郎はどうさー?」
「嫌ですよ。幸村君じゃありませんが、面倒くさい」
「僕もお断りしますよ。どちらかと言えば、柱を後ろから操る方が性に合っていますので」
「おや、聖ルドルフの観月君。君とは気が合いそうですねぇ」
「んふっ。こちらこそよろしくお願いしますよ、比嘉の木手永四郎君」
うっわ、と平古場と知念が僅かに引いた。自分たちの部長である木手の性格もそうとう捻じ曲がっていると思っていたが、そんな木手とにやにやと笑みを交し合う存在が普通に存在するとは。全国にも出場していないくせに、聖ルドルフ侮りがたし。知念は観月に後ろから操られているだろう存在に向かって、同情の意を贈った。ちなみに向いている方角は東京ではなく、何故か南で沖縄だった。
「っつーかおまえら、勝手なこと言うなよなぁ! 大和部長は手塚に言ったんだぞ! U-17の柱は手塚だっつーの!」
「跡部ももちろん柱の器だと思うけどね。でも青学の一員として、やっぱり手塚をプッシュするなぁ」
「そーそー! 俺たちの部長は無敵だもんね!」
菊丸と不二が声を挙げることで、話はようやく元の場所へと戻ってきた。慕われてますねぇ、手塚君。大和が朗らかにそう言うが、何だかもう恥ずかしくて居た堪れない。手塚は眼鏡のブリッジを押し上げて黙殺した。というか俺はU-17の柱になろうなんて最初から考えていなかったのですが。そんな手塚の反論は、偉大なる大和の前では無抵抗に等しい。伊達に、手塚に指針を示した先人ではないのだ。
「・・・どう思う、徳川?」
何だか話がとても微妙な方向に急カーブ急ターンしている気がするが、鬼は背後を振り向くことなく尋ねてみた。それにしても今年の中学生は肝が据わってるわい、とそんなことを思う。高校生の合宿に乗り込んできて、臆することなく勝ち上がってきたかと思うと、いきなりコートで内輪揉めだ。しかも非常にくだらないことで。ジョークを受け入れることなど滅多にしない一番コートの徳川は、今日も今日とて冷酷だった。
「そもそも高校生が主体の合宿で、中学生が柱になれると思うこと自体が間違っている」
「まぁ、そうだな」
「まかり間違ってそのようなことが起こったとしても、柱はあの中にはいないだろう」
「じゃあどこにいる? 裏U-17合宿か?」
「そこまで俺の知ったことではない」
つん、と顎をそらした徳川の、それでも向いた方角は、今頃過酷なトレーニングを積まされているだろう裏U-17合宿の行われているそれだ。随分気にしているな、と鬼は思う。もちろん自分とて、ガットをすべて張っている状態の一撃でも打ち返してきた小さなルーキーの存在を忘れたことはない。徳川も同じように、あの生意気な一年生が駆け上ってくるのを待っているのだろう。柱になるならあいつらだと、戦った者の勘が告げている。
同時刻、川で本日の食料である魚を捕まえているわけでもないのに、リョーマと金太郎は同時にくしゃみをしていた。誰か噂しとるんかなぁ、と首を傾げる彼らは知らない。勝手に人身御供として、U-17に差し出されようとしているなんて。
突っ込みの存在が少ないのが、U-17合宿の残念な点。裏U-17合宿はどっちも出来る芸達者な子が揃ってる。
2010年9月20日