四校合同合宿対戦実現(仁王VS小春)





「んーっ、やっぱり格好良すぎ! あのニヒルな感じが堪らないわぁ! 涼しい目元も薄い唇もセクシーやし、ほんまにええ男やないの! 仁王君、らぁぶ!」
「ごるぁ小春、浮気か! 仁王、おまえいてこましたるで!」
「おんどりゃ黙っとれユウジ! あーん仁王君、ロックオン!」
四天宝寺とは昨年の全国大会準決勝でも対戦したが、果たしてここまで言葉は悪いが気持ちの悪い学校だっただろうか。ちょんまげのかつらを被った眼鏡の男が、女言葉でショッキングピンクのハートを投げキッスと共に飛ばしてくる。その一方では客席からこれまた男が「浮気や浮気!」と三角関係の修羅場宜しく叫んでくるのだから、もはやここはテニスコートだとは思いたくない。実力は十分なんだけどな、と幸村が呟く。隣の真田は眉間に深すぎる皺を刻んでおり、中学生ではなく立派な生活指導の教師のように見えていた。ダブルスではあるが、小春と対戦したことのある桃城と海堂は、そのラブ光線の向いている先が自分ではないことに心底安堵している。ネットを挟んで相対していた仁王は、感情を読ませないクールな顔を崩さない。くるくると手元でラケットを回していたが、突如としてその足を客席へと向けた。跡部家の軽井沢カントリー・ハウスにはテニスコートが三面ある。時間と試合数を考えれば、すべて使用してゲームをやった方が無駄がないのだろうが、他の選手の試合を見るのもまた楽しみのひとつだ。特に今回は各々の希望が反映されている対戦だからこそ、ひとつのコートの周りを囲うようにして選手たちは観戦している。そんな中、仁王はまっすぐに歩み寄ったかと思うと、腕を掴んで柳生を引き摺り立たせた。
「何ですか、仁王く・・・っ・・・や、止めたまえ! 何なんですか、突然!」
不思議そうにしていた柳生から眼鏡を奪い、その頭を両手で掴んだかと思うと全力でぐしゃぐしゃに髪をかき混ぜる。何だ何だと向日や菊丸が首を傾げている間にも、仁王は抵抗する柳生に無理やりお辞儀をさせ、首をヘッドロックがごとく締め付けて、ポケットから取り出した何やらを襟足に結び付けようとしていた。あ、柳生先輩用尻尾。切原が呟き、ようやく解放された柳生が顔を上げる。
「何ですか、仁王君!」
「柳生、この試合はおまんがやりんしゃい」
「馬鹿を言わないでください! これは仁王君のために組まれたオーダーですよ!?」
「お断りじゃ。いーやーじゃーいーやーじゃー」
「駄々を捏ねるのは止めたまえ!」
「ホクロが足りんのう。柳、ペン貸しんしゃい」
「まさか油性じゃないでしょうね!?」
「心配いらん、水性じゃ。黙らんとホクロが髭になるぞ?」
仁王の手が柳生の顎を捕まえる。一気に縮まった両者の距離に、男同士だと分かっていてもどきっとしてしまうのは思春期の性だ。「ねぇ手塚部長、あのひとたちもバイなの?」と問いかけたのはアメリカ生まれのアメリカ育ちで、そういったことに一切の偏見を持っていないリョーマだった。ちなみに問われた手塚は、真田に負けない皺を眉間に刻み込んで沈黙している。
「・・・私、つい先ほど不二君と試合をしたばかりなのですが」
「もちろん見とったぜよ。見事に相棒の無念を晴らしてくれたのう」
「タイムリミットでの勝利ですがね。最後まで続けていたらどうなったかは分かりません」
「勝ちは勝ちじゃ。そのままの勢いで、あの得体の知れん化け物も倒してきんしゃい」
「金色君は化け物ではありませんよ」
「化け物じゃ。公式戦ならいくらでも試合するけんの、遊びでまで相手したくなか。おまんならやれるぜよ。のう、博愛主義者さん?」
「同性愛は世間的にはマイノリティですが、決して忌避すべきことではありませんから。詐欺師ともあろうあなたがメンタル勝負で逃げるなんてらしくない」
「何とでも言いんしゃい。コートで青姦狙われるなんざ真っ平ごめんじゃ」
「下品です」
ごんっと派手な頭突きの音がコートに響いた。顎を捕らえられているからこその反撃に、流石の仁王も避けることが出来ずに額を押さえる二歩下がる。柳生は襟足に付け加えられた茶色のエクステを少しだけ弄り、唇の端を親指で拭った。足元のラケットを拾い上げる。
「これは貸しにしておきますから」
「今度、清水屋のところてん奢っちゃるき」
「三杯酢と黒蜜、両方つけていただきますよ」
擦れ違い、その背を見送って仁王は奪ったままだった眼鏡をかけて、手櫛で自身の髪を控えめに整える。襟足は未だ長いし銀髪だけれども、唇の笑みさえ消せば外見はすでに柳生だ。空いた目の前の席に座って、上機嫌にコートを眺める。茶髪の、口元にホクロを携えた『仁王』が、小春の前に降り立つ。上品だった雰囲気は、彼が前髪を払って顔を上げたことで掻き消えた。
「待たせたのう。そんじゃ、始めるぜよ」
声も雰囲気も完璧な『仁王』に、ギャラリーは一瞬息を止め、そしてどよめいたり感嘆したりする。相変わらずだなぁ、あいつら。丸井とジャッカルが肩を竦めた。小春が黄色い歓声を挙げ、『仁王』は先ほどとは異なり、艶やかな笑みを浮かべる。俺に勝てたら好きにしてもいいぜよ、という挑発に、『柳生』が「あいつやりすぎじゃ」とひとり苦い顔をしていたという。





嫌がらせで柳生が「俺もおまんは好みナリ」とか小春に言って、客席でユウジと仁王がぎゃあぎゃあ叫ぶと思われる。
2010年9月26日