四校合同合宿希望調査(四天宝寺編)
1.財前と謙也
がんっとロッカーが蹴りつけられた。これは間違いなく足跡が残るな、と謙也は口元を引き攣らせながら考える。目の前にいるのは財前だ。洒落たスニーカーの裏でロッカーを足蹴にし、下から睨みあげてくる眼力の強さは半端ではない。
「・・・あんた、何書けばええか分かっとるんやろうな? 阿呆みたいな目に遭うのは金輪際お断りやで」
「わ、分かっとるっちゅー話や! 第一希望に手塚と乾、これでええんやろ?」
「そんでパートナーに俺やない奴の名前書いたら、ほんまにしばくで、あんた」
「あんたあんた言うんやない! 分かっとる、今度はちゃんとコートに立ったる! 言うとくけどなぁ、俺かておまえと最後の試合が出来んかったの後悔しとるんやで!? 今回はほんまに跡部様様っちゅー話や!」
「今書いてください。油性ペンで書いてください。コピー取って血判も押してください」
「血判!?」
怖っ、と謙也が叫べば、財前は自分の分のアンケートまで押し付けてくる。むっとしたけれども過去の自分の行動が原因だと分かっているから、謙也はおとなしく受け取ってパイプ椅子に座った。財前の鬼のように厳しい監督下で、二枚分の用紙に同じ内容を記載する。第一希望は、手塚と乾。全国でカードを組まれながらも、結局のところふたりとも試合が出来なかった因縁の相手だ。書き込んで、謙也はちらっと後輩を窺う。
「・・・なぁ、第二希望は侑士のペアの名前書いてもええ? 対戦しようや、っちゅー話しとるんやけど」
「謙也さんが誰にも譲らんと、ちゃんと試合しよるならええですよ」
「ほな任せとき! ・・・ありがとうな、財前」
「阿呆、言う相手が違うやろ。跡部様様っちゅー話っすわ」
「ほんまに、跡部様様やなぁ・・・」
感謝を込めて、出来る限り丁寧な文字で謙也はリクエストを記入した。これでええやろ、と財前に提示すれば、血判、とやはり恐ろしい言葉が返ってくる。善哉で許してくれへんかな、と謙也は後輩を前に情けなく笑うのだった。
(根に持つ財前。)
2.ユウジと銀
「こは、こは、こはっ・・・こは、こは、こは・・・!」
「ユウジはん、落ち着くんや」
「こはっ、こはっ、こはっ、こはるうううううううう! 何で俺じゃあかんのや! 何で俺じゃ駄目なんやー!」
慰めも無駄に終わり、相方の名前を泣き叫んで机に突っ伏したユウジに、銀は何となく手を合わせてしまった。合掌である。すぐに縁起でもないと気づいて止めたけれども、ぐすぐすと泣き続けているユウジは幸いにも気づかなかったらしい。ほっと胸を撫で下ろし、銀は代わりにお茶のペットボトルをユウジの傍にそっと置いた。
「聞いてや師範、むしろ聞かんかボケぇ! 小春のやつな、今回は俺とダブルスく、くくく、組ま、組ま、組ま・・・っ」
「・・・組まないって、言われてしもうたんやな・・・?」
「ああああああ言うんやない阿呆! 嘘や嘘や嘘や嘘やー! 小春が俺のこと捨てるなんて、そないなこと地球は滅亡してもないに決まっとる! むしろ地球が先に滅亡すればええんや! 許さへんで、桃尻、海堂・・・! 俺から小春を奪った恨み、万倍にして返したる!」
ぶつぶつぶつぶつ、と嘆きが呪詛に変わったが、ようやく銀にも事情が読めてきた。つまり今度行われる四校合同合宿において事前に行われたアンケートで、小春はシングルスを、もしくはダブルスでもユウジ以外のパートナーを指名したのだろう。それは小春命のユウジにとって、確かに絶望宣言に等しい。悲しみを貪るチームメイトに対し、やはり合掌しかけてしまい銀は慌てて己の行動を律した。代わりに浮かんだアイデアを、思いつきだが口にしてみる。
「小春はんと組めへんのやったら、対戦相手に指名すればええんやないか・・・? 敵やけど、それでもユウジはんが小春はんを独り占め出来」
「おっまえ天才やな! 師範、おまえ人類最高の天才や! その考え貰うた!」
「それか、逆にユウジはんが桃尻か海堂を指名して、小春はんと組ませるのを阻止っちゅー」
「その案も貰うた! 見とけ桃尻、海堂! おまえらなんかに小春を渡して堪るかあああああ!」
殴り書きの素晴らしい勢いでアンケートを埋めていくユウジの横で、何となく銀は「せやけどこないなことしたら、間違いなく小春はんに怒られるんやないか」と思っていたが、余りにユウジが必死なのでそっと胸の内に秘めておいた。白石に提出してくるわ、と叫んで教室を出て行く後ろ姿に、今度こそ合掌する。そして銀も自ら鉛筆を持ち、希望する相手の名前を書き込んでいくのだった。
(すまん、ユウジはん・・・。)
3.白石と小春
第一希望に、立海の幸村。第二希望に同じく真田、第三希望にまたしても同じく柳。さほど悩まず、綺麗な文字で記入されたアンケートに、よし、と白石はボールペンを置いた。紙に影が落ちて顔を上げれば、逆さに眼鏡をかけたチームメイトの笑顔がある。
「・・・覗きは趣味悪いで、小春」
「気づかへん蔵リンが悪いんちゃうの? まぁ仕方ないんやろうけど。蔵リンにとって、今回の合宿はまたとない機会やもんねぇ」
向かいの空いている席に腰掛けて、小春は伸ばした指で白石が書き込んだ文字を確認するようになぞる。ふっと漏らされた笑みは、コートで漫才ばかりしている姿とは違う。
「蔵リンは、立海と再戦する機会をずっと待っとったんやもんね。去年はうちらが不甲斐無くて、蔵リンまで回せへんかったから」
「それはちゃう。俺にチームを率いる力が無かったんや」
「今年も、ごめんなぁ。結局うちら、蔵リンの頑張りを無駄にしてしもうた」
「小春」
「せやから跡部君にはほんまに感謝しとるんやで! 合宿ではチューしたろ思うとるの! あたしの趣味やないけど跡部君もええ男やし、あぁん今から楽しみ!」
「・・・ユウジが泣くで、それ」
わざとらしく会話を明るくされて、白石も少しばかり眉を顰めて、それでも笑う。気遣われていることは明白だったが、互いに伝えておきたいことでもあったので、あえて小春の意図に乗る。
「小春は誰にしたん?」
「知りたい? 蔵リンやったら教えてあげなくもないわぁ」
「知りたい知りたい。せやな、青学の桃城君あたりか?」
「惜しいわぁ! 桃尻君は第二希望やね、一番はユウくんや」
「・・・ユウジ?」
意外な相手に、白石は目を瞬いた。確かにダブルスペアのため部活中に対戦させることは多くはないが、それでも決してゼロではなかったはずだ。今更戦いたいと思えるような相手だとは正直思えない。白石が率直にそう言えば、小春はにやりと笑みを深める。
「ここらへんでひとつ、ユウくんの実力を周囲に示しておいた方がええと思うんよ。ほらあの子、ずっとあたしにくっついてばかりやろ? ダブルスもお笑いテニスやし、正当な判断からは程遠いやない?」
「ああ、なるほど。愛されとるなぁ、ユウジのやつ」
「阿呆の子ほど可愛いっちゅうやつやね、きっと」
まるで息子を思う母親のような顔で小春は笑った。ありがとうな、と白石は部長として、そして友人として感謝する。
(白石が立海にコンプレックスがあると面白い。)
4.金太郎と千歳
「千歳ー! 千歳は誰にしたん!? ワイわもちろんコシマエや! 一番がコシマエで、二番が立海のおっさんっぽい奴で、三番が青学のおっさんや!」
「・・・金ちゃん、それそのまま書いたら真田と手塚が泣くばい」
「? 何で?」
不思議そうに首を傾げる金太郎の頭を、千歳は遣る瀬無い気持ちで撫でてやった。跡部の解釈次第で相手は異なってしまうかもしれないが、おそらく正確に汲み取ってくれるだろうことを、それから派生する真田と手塚の受けるショックを想像して、思わず失笑してしまう。すまんたいね、と心中で謝って、千歳は自分のアンケートを金太郎に見せてやる。きょろきょろとよく動く大きな目が丸くなる。
「千歳もコシマエやん! あかん! コシマエはワイと試合するんや!」
「大丈夫ばい、金ちゃん。コシマエやったら二試合くらい軽々っちゃ」
「せやな! 三番目の幸村・・・って、あれやろ・・・? 立海の部長やろ? ワイ、あいつ嫌や! あいつだけとはもう試合したないねん!」
「神の子はなんさん強かばってん。あのテニスはすごかー」
「二番目は・・・」
「・・・」
「・・・これ、あかんと思うで、ワイ」
「・・・光君、受けてくれんと?」
「んー・・・せやけど、光やしなぁ。千歳がお願いすれば聞いてくれるかもしれへんけど、光やしなぁ・・・」
腕を組んで難しそうに唸る。金太郎にここまで言わせる財前の性格に、千歳は苦笑いしたけれども書き直すことはしなかった。千歳もまた、全国大会での準決勝に後悔を募らせていたのだ。あの時は「無我の境地」を扱う手塚と試合が出来るという喜びで気づくことが出来なかったが、今となってようやく思いを馳せることが出来るようになった。だからもう一度、今度はちゃんとダブルスを組みたい。
「光君にお願いしてみるっちゃ」
千歳のアンケートの第二希望には、青学の手塚と乾の名前があった。ダブルスパートナーには、後輩の財前を指名して。
(千歳の言葉遣いが適当ですみません・・・。)
【四天宝寺の希望調査はこうなりました。】
謙也→1・手塚&乾(ペアは財前)、2・忍足&向日(ペアは財前)、3・忍足
財前→1・手塚&乾(ペアは謙也)、2・忍足&向日(ペアは謙也)、3・手塚&乾(ペアは千歳)
ユウジ→1・小春、2・桃城、3・海堂
銀→1・真田、2・河村、3・樺地
白石→1・幸村、2・真田、3・柳
小春→1・ユウジ、2・桃城、3・海堂
金太郎→1・コシマエ、2・立海のおっさんっぽい奴、3・青学のおっさんっぽい奴
千歳→1・越前、2・手塚&乾(ペアは財前)、3・幸村
お願いする以前に財前は書いていたので、千歳がとても報われてる。跡部様はは金ちゃんの回答に爆笑。
2010年9月12日