四校合同合宿希望調査(青学編)





1.手塚とリョーマ

「部長は誰にしたんスか?」
脈絡のない、更には目的語もない会話として不完全な文章を、それでも理解することが出来るのは通じるものがあるからだろうか。手塚としては注意するべきだと思うのだが、言ったところで直さないだろうと容易く予想できるのがまた問題だ。結局は溜息ひとつで流してしまう。それが手塚は越前に甘いよね、とレギュラーたちに言われてしまう所以かもしれない。
「四天宝寺の白石だ」
「あぁ、不二先輩に勝った人。二番目と三番目は?」
「特に思いつかなかったから空白にした。誰と当たろうと純粋に試合に挑むだけだ」
「ふーん、つまんないの。幸村さんとか駄目なんスか?」
「対戦してみたいという気持ちはあるが、自ら希望するほどでもない。おそらく幸村からしても同じことだろう」
「真田さんは、部長とあんなに対戦したがってたのにね」
話題に上がったふたりを思い出したのか、リョーマは小さく笑う。そんな一年生ルーキーの手元にあるのは白紙のままのアンケート用紙で、回収を今日の放課後と告げた手塚は自然と眉間に皺を刻んでしまった。
「越前は対戦したい相手はいないのか?」
「部長と一緒で、これといって思いつかないっス。跡部さんとも真田さんとも幸村さんとも試合したし、俺が勝ったし」
「四天宝寺の遠山は?」
「別に。あいつと試合するんなら、こんな遊びみたいなのじゃなくて公式戦でやりたいから」
だからいないっス、と言ってのけたリョーマに、手塚は彼なりのポリシーを見た気がした。当たるなら公式戦で、という気持ちは分からなくもない。実力からすれば必ず実現されるだろう未来に、そうか、と頷くに留めておく。
「ならばオーダーを組んだときに当たらない相手を選べばいい」
「当たらない相手・・・俺なら、パワー自慢の相手ってことっスか?」
「そうだ。四天宝寺の石田や、スタミナのある立海の桑原などはいい経験になるだろう。後は丸井あたりのボレーも、おまえなら返してみたいと思うんじゃないか?」
「あ、それはやってみたいかもしれない。みょーぎってやつでしょ?」
「妙技だ」
「みょーぎ。それにします。ありがと、部長」
そこらへんに転がっている鉛筆を手にして、リョーマは用紙を埋めにかかる。相手の名前はどれも平仮名で記入されていたが、漢字が分からないのか、それともあえてなのかは手塚には判断がつかない。おそらくリョーマの名前を第一希望に書いてくるだろう大阪のルーキーに対し、手塚は妙な罪悪感を抱くのだった。

(リョマさんVSブン太は見てみたい。)





2.菊丸と大石

「大石ー! やっぱ第一希望は宍戸と鳳? それとも立海の仁王と柳生? 四天宝寺の忍足と財前ともやってみたいかも!」
「そうだな、氷帝と立海には負けっぱなしだし、ここらで一矢報いておかないとな」
「あーぁ、もっといろんなところ試合したいのに。跡部に頼んだら、もう一回全国とかやってくれないかな?」
「そりゃ無理だろ、英二。今回だって費用とか全部負担してくれるみたいだし、さすがは跡部だよ」
「めちゃくちゃ楽しみだよな! 早く合宿になんないかなー!」
満場一致で可決されたアンケートは、すんなりと記入された。ゴールデンペアと呼ばれながらも数度の敗北を経験している菊丸と大石にとって、今回はやはり譲れない機会なのだ。今度こそダブルスの頂点に、という思いは強い。頑張ろうな、と大石が拳を握って笑った。

(リベンジリベンジ。)





3.河村と不二と乾

河村のアンケート用紙を覗き込んで、不二と乾は沈黙した。考えていることは両者共に同じだ。
「・・・タカさん、これは辞めた方がいいと思うよ」
「俺も不二と同じ意見だ。変更した方が良い確率、九十八パーセント」
「え? そんなに駄目かな・・・?」
「第一希望に四天宝寺の石田、第二希望に氷帝の樺地なんて、せっかく治った腕をまた壊す気かい?」
辞めた方がいい。そう不二が説得する間に、乾は河村の用紙を取り上げてまっさらな白紙のものと交換してしまった。新たに握らされたペンに少しばかり困っていたようだったけれども、河村も弱り顔で提案を受け入れる。
「不二は確か、白石を希望してたっけ?」
「うん。今度は負けたくないな」
「俺は蓮二と組んで、立海の仁王・柳生を第一希望にした。他校の選手とダブルスを組むのを、果たして跡部が許可するかどうかが問題だが・・・」
「大丈夫じゃないかな、跡部だし」
「大丈夫だと思うよ、跡部だし」
「そうだな。実は俺も、この希望は通る確率が高いと踏んでいる」
貶しているような物言いだが、跡部という男はエンターテイメント性に富んでいながらも堅実で、そして楽しめる事柄を更に面白くさせる手腕に秀でている人物だ。他校でもその評価は広まっており、だからこそ彼らはこうして素直に対戦希望のアンケートに回答している。通るといいな、と不二が闘志を燃やしてそう囁いた。

(跡部様の他校での評価はこんな感じかと。)





4.桃城と海堂

アンケート用紙を提出するべく三年一組を訪れたが、生憎と手塚は不在だった。先輩の教室で顔を合わせることになった桃城と海堂は互いの存在に思わず表情を歪ませながらも、好奇心には勝てなかったのは隙を見て桃城が海堂のアンケートを奪取した。てめえ、と怒鳴り声が飛んで、俄かに三年の廊下は鬼ごっこのステージと化す。何やってんのおまえら、と六組から顔を出した菊丸と不二が笑っていたが、逃走劇は結局二年生の教室が並ぶ階まで続き、行き着いた廊下の突き当たりで、ふたりは肩で息をしながら奪い合った互いのアンケートに目を通した。そして微妙に沈黙する。
「・・・マムシ、おまえも書いたんだな・・・」
「・・・そういうてめぇもだろ、桃城・・・」
「書かずにはいられなかったんだよ・・・」
「まったくだぜ・・・」
一瞬前までの形相などどこへ行ったのか、生温かい表情でふたりは視線を交し合った。二枚のアンケートにはまったく同じ内容が記入されていたのだ。第一希望に、「四天宝寺の小春・ユウジとだけは絶対に当たりたくない」と。

(むしろ逆に当たる可能性大。)





【青学の希望調査はこうなりました。】

手塚→1・白石、2・なし、3・なし
リョーマ→1・まるい、2・いしだ、3・くわはら
菊丸→1・宍戸&鳳(ペアは大石)、2・仁王&柳生(ペアは大石)、3・謙也&財前(ペアは大石)
大石→1・宍戸&鳳(ペアは菊丸)、2・仁王&柳生(ペアは菊丸)、3・謙也&財前(ペアは菊丸)
河村→1・財前、2・忍足、3・銀
不二→1・白石、2・切原、3・忍足
乾→1・仁王&柳生(ペアは柳)、2・鳳、3・白石
桃城→1・ラブルスだけはやだ!、2・銀、3・真田
海堂→1・ラブルスだけはやだ!、2・柳生、3・金太郎

タカさんが忍足を選んだのは、テクニックの相手と対戦してみたかったから。そしてやっぱり銀は譲れなかったらしい。
2010年9月12日