四校合同合宿希望調査(氷帝編)
1.ジローと跡部
「あっとべー! 俺、丸井君! まるいくんまるいくんまるいくん! 丸井君と試合できるなら、他なんかどうでもいいしー! 一試合しか出来なくてもいいから、丸井君でよろしくっ!」
「うるせぇな。アンケートに記入しろって言っただろ」
「記入した! はい、よろしく!」
「・・・授業の提出物もこれくらいの速さで出すようにしろよ」
跡部の溜息交じりのお小言も、跳ねるようにして喜びを全身で表現しているジローには届かない。主催者が跡部である限り、氷帝メンバーのリクエストは九割の確率で通ることが確定している。だからこそ我先にとジローはダッシュしてきたのだろう。相変わらず鼻の利く奴だぜ、と跡部は呆れ半分でアンケートを受け取った。第三希望まで対戦相手を書けるようになっている用紙には、でかでかと極太油性マジックで「まるいくん」と記入されている。これだけ憧れられているなら当の丸井も本望かもしれないが、名前を漢字ですら書かれないのかと思うと気の毒にもなってくる。まぁいい、と跡部は脳内にジローの希望を刻み込んだ。
ちなみにそんな跡部の希望する対戦相手は、立海の真田もしくは幸村だ。前者は「風林火山」を今度は最後まで破ってやるという思いがあるし、後者は「氷の世界」がどこまで通用するのか試してみたい思惑がある。俺様が主催する以上付き合ってもらうぜ。当然のように跡部は不敵に笑った。
(跡部様にとって氷帝面子はやっぱり特別だと思う。)
2.向日と日吉
「日吉!」
「何ですか、向日さん」
廊下で呼び止められて顔を上げれば、階段の踊り場から小さな影が降ってきた。十段以上ある段差を軽く飛び越えて着地するのは、いくら氷帝に生徒が多いといえども向日くらいのものだ。乱れたネクタイを気にすることなく顔を上げ、部活を引退したばかりの三年生は強く日吉を睨みつけてくる。
「今度の四校合宿、リクエストの一番に乾と海堂って書け! で、パートナーは俺って書け!」
「は? その対戦なら全国でやったじゃないですか」
「だからだろ! いいか、今回は必ず勝つからな!」
「勝手に人のオーダーを決めないでもらえますか」
「バーカバーカバーカ! いいか!? 俺はおまえを勝たせるまで引退しないって決めたんだよ! 今度は必ず勝つからな! 俺がおまえを勝たせてやる! だからちゃんとリクエストに書いとけよ! 書かなかったらぶっ飛ばすからな!」
言いたいことだけ勢いよく言い放って、弾丸のように走り去る。遠くなっていく小さな背中に日吉は目を見開いていたけれども、諦めたように一度だけ肩を竦めた。元部長から高慢な笑みと共に渡されたアンケート用紙はまだ白紙で、せっかくの機会だから引退してしまって対戦出来ない他校の三年の名でも書こうと思っていたのに。
「・・・勝たせてやるとか、馬鹿じゃないですか。逆でしょう? 俺があんたを勝たせてやりますよ、向日さん」
唇の端を吊り上げて、日吉も止めていた歩みを再開した。几帳面な文字で綴られたアンケートが跡部に提出されるのは、その日の放課後のことだった。
(がっくんは男前!)
3.鳳と宍戸
「長太郎、おまえ対戦したい奴とかいないのかよ? 立海の切原とか四天宝寺の財前とか、同じ学年だろ?」
「えっと・・・彼らとは、来年の全国で対戦する機会があると思うんです。だけど宍戸さんとダブルスを組むのは、少なくとも俺が高等部に上がるまで一年半は無理でしょう? だったら今は宍戸さんと一試合でも多くダブルスをやりたいんです」
「・・・そうかよ。仕方ねぇな」
「はい! よろしくお願いします!」
アンケートが配られた次の休み時間に、二年生の鳳は尊敬する先輩の宍戸がいる教室を訪ねてきた。同じ用紙を前にして率直な意見を述べられて、宍戸としては嬉しいけれども照れくさくなってしまい仕方がない。もちろん鳳と組むダブルスは宍戸にとっても大切なものなので、この機会は喜ばしいものだ。ペンケースからボールペンを取り出し、握る前に一度だけくるりと回す。
「じゃあ長太郎、第一希望には立海の仁王と柳生ペアって書いとけ」
「青学の大石さんと菊丸さんじゃなくていいんですか?」
「おまえ、立海と対戦したことないだろ? ダブルスとしての精度なら、菊丸たちよりも仁王・柳生ペアの方が上だぜ」
「でも確か仁王さんは、トリックプレーを得意としていますよね? 俺はあの人のプレーは余り・・・」
「好き嫌いで試合が避けられるか? おまえみたいな奴は仁王と対戦しておいた方がいい。トリッキーなプレーに騙されるなよ。あいつらは冷静で隙がない。伊達に公式戦負け無しのペアじゃねぇんだ」
これも勉強のうちだぜ、と宍戸が言うので、鳳は眉間に皺を刻みながらも第一希望の欄に仁王と柳生の名前を書き込んだ。よし、と宍戸も同じように記入してペンを置き、未だ複雑そうな後輩の頭を軽く叩いた。
「勝って、俺たちが全国最強ダブルスだって証明してやろうぜ?」
「っ・・・はい!」
ぱぁっと笑顔になった鳳に、宍戸は優しく苦笑した。
(どっちが勝つか見てみたい。)
4.忍足と樺地
相方の第一希望の欄を覗き込んで、ふぎゃ、と忍足は彼らしくもない声を漏らしてしまった。
「がっくん、何で第一希望が日吉とのダブルスなん? 俺と組んで、謙也と試合してくれるんやなかったんか?」
「するよ。するけど今回は日吉が優先。あいつ勝たしてやんなきゃ駄目じゃん。これからテニス部引っ張ってくのに、公式戦負けっぱなしで部長になったりしたら、あいつ絶対引き摺るし」
猪突猛進なようで意外と後輩の様子を見ている向日に、忍足は偉いなぁと思いつつも不貞腐れる自分を感じる。そもそも全国大会だって、本当ならば向日とペアを組むのは忍足だったはずなのだ。けれど勝つために、一度敗れている自分たちのペアよりも、忍足をシングルスで使った方がいいと進言したのは向日だった。跡部の次に強いおまえが勿体ないだろ、と笑った向日の姿を忍足は今も覚えている。試合に熱くなることの出来ない忍足を引っ張ってきたのは、常にパートナーである向日だった。
「俺と侑士は高等部でもペア組めるだろ。日吉はどうなるか分かんねーし、今回は大目に見てやれよ」
「日吉が高等部に来た頃には、俺らは氷帝ゴールデンペアや。付け入る隙なんや与えたるかい」
「ははっ! 侑士ってマジ俺のこと好きだよな」
「岳人とやるダブルスが好きなんや。シングルスもええけど、やっぱ俺はフォローの方が向いとるしなぁ。視界で岳人がぴょんぴょん飛んどらんと、何や素っ気無くて詰まらんわ」
「大丈夫だって、跡部に言っとくから。侑士の従兄弟ともちゃんと試合してやるよ」
「頼むで」
口にしつつ、忍足は果たして体力のない向日の二試合を跡部が許すだろうかと考える。ただ、今回は事情が事情だけに認めてくれるかもしれない。ああ見えて跡部も、どれだけ叩かれてもへこたれることなく立ち上がり、負けず嫌いのモチベーションを発揮する向日のことが嫌いじゃないのだ。馬鹿だ馬鹿だと言いつつも、自分には決して出来ない行動をする向日を眩しく思っているのを忍足は知っている。自分とて同じ穴の狢だから。
「そういや樺地は第一希望、跡部って書いたんだってさ」
「そりゃまた大穴やな。せやけどええんちゃう? 跡部のことや、きっと喜ぶで」
「俺もそう思う」
しし、と向日が笑った。埋められたアンケートで忍足の名前はやはり第二希望の欄にあったけれども、まぁいいかと思う。向日と共にコートに立つ機会なら、これから先もあるのだろうから。
(パワーバランスは意外にも忍足が弱いかと。)
【氷帝の希望調査はこうなりました。】
跡部→1・真田、2・幸村、3・白石
ジロー→1・丸井、2・ブン太、3・丸ブン
向日→1・乾&海堂(ペアは日吉)、2・謙也&財前(ペアは忍足)、3・菊丸
日吉→1・乾&海堂(ペアは向日)、2・切原、3・金太郎
宍戸→1・仁王&柳生(ペアは鳳)、2・丸井&桑原(ペアは鳳)、3・小春&ユウジ(ペアは鳳)
鳳→1・仁王&柳生(ペアは宍戸)、2・丸井&桑原(ペアは宍戸)、3・小春&ユウジ(ペアは宍戸)
忍足→1・謙也&財前(ペアは向日)、2・不二、3・柳
樺地→1・跡部、2・銀、3・桃城
忍足はとりあえず無難な相手を選んだらしい。跡部様に「つまんねぇな」とか言われそう。
2010年9月12日