「あーあ。負けちゃったね」
キッと振り向いて睨むその視線に笑みを深めて、越前リョーマは再度笑った。
「残念だったね、跡部景吾さん?」
自信家な恋人
「青学のルーキーがなんでこんなとこにいやがる」
「別に? 帰りまでまだ時間あるし。手塚部長を褒め称えるよりも、アンタを慰める方が楽しいかなーって思って」
クスクスと笑って言う姿は確かに可愛らしいけれど、性格は最悪だと跡部は思う。
そしてさらに困ったことに、そういうヤツを嫌いではない自分がいるのだ。
手応えのある相手は敵でも味方でも好ましい。
リョーマはファンタの缶を片手に跡部の隣へと腰を下ろす。
コートからは少し離れた木陰。
近くには人影も見当たらない。
「でも、アンタが負けてくれてよかったよ。せっかく俺が負かそうとしてる部長がそう易々と負けたりしたらイヤだしね」
「慰めに来たんじゃないのかよ?」
「慰めてやってるじゃん」
王子様は艶然と笑う。
「俺が隣に座って話しかけてやってんのに、これ以上何を望むわけ?」
「・・・・・・慰めるって言ったら普通こうだろ?」
薄い肩を押して芝生の上へと押し倒した。
見下ろす顔はいつもと変わらず、その瞳も強さを決して失っていない。
それが彼が彼たる由縁なのだから。
「俺、相当ウマイ人じゃなきゃ相手しないよ?」
「・・・・・・・・・ちっ」
別に自信がないわけではなかったが、跡部はリョーマの上からどいた。
リョーマはファンタの中身が無事なことを確認してから身を起こす。
「それだけ元気なら大丈夫そうだね」
「余計なお世話だ」
「強がんなくたっていーよ。でも俺、気に入ったんだよね。アンタのテニス」
言われた言葉に跡部が驚いたように振り返った。
重なった瞳を逃さずに絡み取るのが王子の仕事。
「ああいうテニスって結構好き。最初に派手なパフォーマンスを見せられたときはどうかと思ったけど、アンタほどの実力があるヤツなら別にいいかもね」
にこやかに、だけど挑戦的に笑ったら、もうすでに王子様のペース。
「だからさ、こんなとこで負け犬になられるとムカツクし」
甘い言葉と反対に、本人はいたって手強く微笑んで。
「俺の見込んだヤツならもうちょっと上にいってよね」
それはまさに最高の誘い。
「・・・・・・やっぱ慰めてもらうとするかな」
跡部が本来の姿を取り戻したかのようにニヤリと笑った。
「何言ってんの? 俺、野外でセックスするつもりないし」
「じゃあ俺の家に来いよ」
「今度試合したときにアンタが勝ったらね」
試合する予定なんて全然立っていないけれど、自分を手に入れたいならそれぐらい待てという王子様らしいお言葉。
「んじゃさっそく手塚に練習試合を申し込むか」
立ち上がった彼は庶民ではなく王様で。
王は敗れてこそ強くなっていく者。
王子様はそんな王様に満足そうに唇を綻ばせた。
そして自分も立ち上がる。
王の証である有名ジャージを引き寄せて。
その唇に噛み付いた。
「それは約束。試合できる日を楽しみにしてるよ」
言い捨てて走り去った王子様は結局一度も振り返らなかった。
残ったのは突然の口付けに呆然とした王様のみ。
「相当ウマイ奴じゃなきゃ相手しないっていうのは本当みたいだな・・・・・・」
口内を掻き回した舌の感触はいまだ残っていて。
そのテクニックの高さに陥落されかけたなんて王様自身、不覚に思う。
「それでこそ越前リョーマだぜ」
ニヤリと笑って唇を舐めた。
手応えのあるヤツは、敵でも味方でも好ましい。
そして気に入った輩は絶対に自分のものにして離さない。
王様は自分が王様だということに誇りを持っているのだから。
今始まった王様と王子様の勝負。
勝つのはどっち?
2002年8月20日