「ねぇ、バカ澤」
「バカ澤じゃねぇって言ってんだろ」
「どうだっていいよ、そんなの。それよりアレ食べたい」
ワガママ一直線の王子様が指差した先には、女子高生で賑わっているクレープ屋さんがあった。
sweetest
結局、王子様のワガママに逆らえない赤澤は、その女子高生ばかりが並ぶ列に続く。
回りの視線がチクチクと痛い気がしないでもないが、それはそれ。
上機嫌で左腕にしがみ付いている王子様の方がよっぽど大切なのである。
「見て見て。これなんかケーキが入ってる」
ケースを見ながら嬉しそうに話す王子様はどうやら相当甘党のご様子。
じーっと睨んでいたかと思うと首を傾げたりなんかして。
赤澤としてはその一挙一動に小さく笑いを漏らすばかり。
「ほら、何にすんだ?」
順番が回って来たのでそう促せば、王子様は沈黙した挙句にその赤い唇を開く。
「・・・チョコケーキとバナナと生クリームのやつ」
「じゃあそれと木苺のクレープ一つ」
その注文にリョーマは驚いたように顔を上げた。
見上げる恋人はいつもと同じようにこちらを見ていて。
「・・・アンタも食べるの?」
「悪いかよ、俺がクレープ食ったら」
「いや別に、悪くはないけど」
リョーマがフルフルと首を横に振ると、赤澤はふっと笑ってその頭を優しく撫でた。
その柔らかい笑顔は王子様のお気に入りの一つ。
「どっち食べるか悩んでたんだろ?」
「・・・・・・知ってたの?」
「当然」
当たり前のように自分の食べたかったクレープを頼んでくれる恋人に、王子様は満足げに微笑んだ。
「素敵な彼氏でよかったわね」
店員のお姉さんが微笑ましそうに言うものだから、王子様としては機嫌も上がるというもので。
「まぁね。俺の恋人だから」
ニッコリ笑って言えばその秀麗さに店員のほうが顔を赤くして。
それ以上に真っ赤になったのは、当の本人。
王子様の自慢の恋人。
クレープを食べながらも、王子様は恋人の左腕から離れようとはしない。
「なぁ」
「何?」
チョコレートケーキに苦戦しながらも、声だけで返事を返す。
赤澤の手の中にあるもう一つのクレープは、いまだ一口も食されていない。
「いつも左腕にくっついてるけど、何か理由でもあんのか?」
結構勇気を振り絞って聞いたのだが、王子様は黙々とクレープにパクついている。
けれど待たされるのには慣れている赤澤。
そうでなければこの王子様とは付き合えない。
「これ残りあげる。そっちちょーだい」
「その前にホラ。喉渇いただろ」
渡されたのはファンタではなく、烏龍茶のペットボトル。
甘いものの口直しにはこちらの方がいいだろうとの配慮である。
王子様はお礼とばかりに満面の笑顔を浮かべてからコクコクと喉を潤す。
その笑顔だけで報われるというもの。
「アンタの腕はね、抱き心地がいいから」
木苺のクレープを頬張りながら、王子様はサラリと答える。
逆に赤澤は再度真っ赤になってしまって。
「で、でも、青学にだって俺と似たような身長のヤツはいるだろ?」
「確かにいるけど。でもアンタの腕の方が好き」
愛しい恋人にそこまで言われて赤面しない方が珍しいだろう。
例に漏れず赤澤は先ほどよりも数倍顔を赤くした。
元々が色黒なので、焦っているくらいにしか周囲には判らなかったが。
「それとも何?アンタは俺がくっついてるのが嫌なわけ?」
「っんなわけねぇだろ!」
「じゃあ大人しく抱きしめられてればいいんだよ」
そう言ってよりいっそう力を強めて抱きついた。
そして動揺する赤澤に笑いを一つ。
この丁度いい左腕も王子様のお気に入りの一つ。
どうやら恋人は気づいていないようだけれど、実は王子様のお気に入りはもっとたくさんあったりして。
柔らかい微笑も、抱き心地のいい左腕も。
いつも自分のことを見ていてくれるところも、自分のワガママを甘んじて聞いてくれるところも。
実は全部お気に入り。
(悔しいから言ってなんかやんないけどね)
心の中で思いつつも、照れた表情の恋人を見上げて誓う。
(もっともっと好きにならせてやるんだから)
それは密やかな王子様の目標の一つ。
気配り上手なのに妙に鈍感な恋人は気づいていないみたいだけれど。
王子様は意外と夢中。
自慢の恋人に夢中なんです。
2002年8月19日