ブラウン管の王子様
その日、青学テニス部レギュラーは、練習試合のため朝9時に駅前集合が義務付けられていた。
部長である手塚は時間に十分な余裕を持って家を後にし、8時30分にはすでに駅前に到着していた。副部長である大石もまもなく来るだろう。そう考えながら周囲を見回していた手塚は、予想外の光景に眼鏡の奥の目を瞬いた。彼の視線の先、駅前のベンチには、すでにレギュラージャージをまとった小さな少年が腰かけていたのである。普段の練習でさえ遅刻ぎりぎりに滑りこんでくる彼が、何だってこんな早い時間に。手塚が信じられない面持ちで眺めていると、少年―――越前リョーマは、隣で熱心に話し掛けていたスーツの男を遮り、テニスバッグを持って立ち上がった。男はそんなリョーマに慌てていたが、何かを書き付けた小さな紙を手渡し、最後とばかりに熱心に語りかけている。それも適当に切り上げ、リョーマはさっさと背を向けて手塚の方へ歩いてきた。そのときになってようやく、手塚は自分がリョーマに発見されていたことに気がついた。
「オハヨーゴザイマス、部長」
「・・・・・・おはよう、越前」
「遅いっす、来るの」
「・・・・・・おまえは早いな」
「親父に叩き起こされた。車で送ってやるからさっさと用意しろとか言いやがって、あのクソ坊主」
愛用の帽子の下で、大きな目が不機嫌に細められる。まるで猫みたいだな、と感想を抱きつつも、手塚はベンチの方からずっとこちらを見てくる男が気になって仕方なかった。男はしばらく視線を寄越していたけれど、満足したのか何なのか、近くに止めてあった車に乗って立ち去った。漆黒の、磨きぬかれたジャガーだった。
「・・・・・・越前、今の男は知り合いか?」
問いかければ、一年生ルーキーはこなれた仕草で肩をすくめる。
「違うっす。部長、ジョニーズって知ってます?」
「・・・・・・ジョニーズ?」
「歌ったり踊ったりする男のアイドルっす」
「・・・・・・それは、ジョじゃなくてジャじゃないのか?」
「なんだ、知ってるんだ」
にやりと笑うリョーマに、手塚は自分がからかわれていることに気づいた。どうもこの後輩は、年上を敬うということを知らないらしい。とはいえ顧問であるすみれにはそれなりの態度を取っているし、やはりこれは自分の威厳の問題なのだろうか、と手塚は心中で溜息を吐き出した。隠しきれず増えた眉間の皺に、リョーマが楽しそうに唇を吊り上げる。
「今の人は、そのジョニーズのしゃちょーさん。デビューしないかって誘われてたんデス」
『Youならイケルよ!』とか言われて、と告げるリョーマはさすが帰国子女らしく、滑らかな英語の発音だった。
「・・・・・・それは、すごいな」
「部長、そんな棒読みじゃ興味ないの丸分かりっすよ。いつもは親父や母さんが断ってくれるんすけど、今日は俺一人だったから」
「多いのか、そういうことは」
「そこそこじゃないすか? アメリカにいたときは結構誘われましたよ。日本人の、特に子供がいいんだって。さっきの人も言ってたけど、『子供から大人になっていく様子を見ていたい』らしいっすよ」
ひょうひょうと他人事のように話すリョーマはまだ幼い。見下ろす横顔はふっくらとした頬のラインを保っているし、僅かに浮かぶ鎖骨も、細い首も、すべてが性別すら感じさせない「少年期」独特のものである。けれど、大きな目だけは強い意思を持って輝いているから、だからきっと、彼の成長していく姿を見てみたいと周囲に思わせるのだろう。手塚にすらそう、感じさせるほどに。
「・・・・・・おまえはきっと、芸能界でもトップスターになれるだろうな」
「テニスに飽きたら考えマスヨ」
手塚の言葉に、リョーマは興味なさそうに肩をすくめる。
集合時刻まで後20分。横断歩道の向こうで、やってきた大石が大きく手を振っていた。
mixiより再録。年齢に見合った外見のキャラがテニプリは少なすぎです。
2006年10月19日(2006年11月15日再録)