<ぬいぐるみ>
向日岳人は悩んでいた。
「こっち・・・・・・・待てよ、やっぱりコッチ・・・」
手には二つのぬいぐるみ。
右手には茶色のシマシマ猫で、左手には黒いツヤツヤ猫。
「どっちがリョマに似合うかな・・・」
向日岳人は真剣である。
発端は休日だというのに練習のある部活に行く途中で、ショーウィンドウに飾られているぬいぐるみに視線を奪われたことである。
茶トラと黒猫。
それは向日岳人の脳裏にただ一人の人物を想像させた。
先日晴れて恋人になることが出来た、愛しい愛しい越前リョーマのことを。
思い出すだけで幸せな気分になり、向日岳人は遅刻しそうだったのも忘れてショーウィンドウに吸い寄せられていった。
ボーっとガラス越しに見ていたのが5分、店員に誘われて中に入り実物を手にすること20分。
完全に部活は遅刻である。
「やっぱリョマのイメージからすると黒猫かなー・・・でもこの前茶トラの猫を見て可愛いって言ってたし・・・」
見比べては戻し、見比べては戻すを繰り返す。
最初は面白がって見ていた店員も今は遠くから呆れ返った視線を送るのみ。
しかしそれにも気づかず向日岳人は悩み続ける。
「む〜む〜む〜・・・・・・」
唸っても視線は外さない。
そしてヨシッと納得すると二つとも手に掴んだままレジへと直行。
「すいません!これプレゼント用で!」
言われなくてもラッピングしようと思っていた店員のお姉さんは、向日岳人のあまりの懸命な様子にクスクスと笑いをこぼす。
「恋人にプレゼントですか?」
「そうッ!悩んだけど結局両方買っちゃおうと思って」
照れたように頭をかく向日岳人に店員は「青春っていいわね・・・!」と涙をこぼしそうになったとか。
「きっと恋人も喜びますよ」
茶トラはピンクの包装紙、黒猫はブルーの包装紙で包まれ、料金を払って店を出る。
背中に店員のエールを聞きながら。
学校とは反対の方向へ。
両手には猫のぬいぐるみ。
思うのは愛しいあの子のみ。
いますぐ会いに行くからね!
向日岳人は駆け出した。
青春学園へと向かってまっすぐに。
しかし彼は知らない。
跡部と手塚、忍足と不二の連絡網によって青学で向日岳人対策が練られていることを。
そして青学レギュラーにさんざん嫌味を言われた後で、リョーマが頬にキスしてくれることも。
向日岳人は全くもって知る由なかった。
2002年9月7日