<彼がサッカーを辞めた日(1)>
「やめた・・・・・・・?真田、が・・・?」
呆然とした藤代の声が松葉寮の一室に消えた。
向かいに座っている渋沢は沈痛そうな趣で頷き、三上は机に向かいながら額に手を当てていた。
「え、そんな、嘘でしょ?キャプテン。真田が、やめるなんて」
「・・・・・・・・・本当だ。藤代」
低い声が、掠れて響く。
「・・・・・・昨日、西園寺監督の元へ真田がそう言いに来たらしい。クラブの方も、先週付けで退団している」
「・・・・・・・・・ッ!」
「『サッカーを辞める』・・・と言ったそうだ」
「何で・・・・・・あ、まさかケガとか?そうなんでしょう、キャプテン」
縋るような藤代の視線から顔を背けるように、渋沢は首を横に振った。
ケガではない。ならばどうして彼がサッカーを辞めるのか。
あんなにも必死に続けてきたサッカーを。
「・・・・・・・・・イヤ、イヤだ!俺は信じない!真田が辞めるなんて絶対に信じないッ!」
「藤代・・・・・・」
「だってアイツ、必ず俺を追い越すんだって、そう言ってたのに!なのに何でッ・・・!」
「諦めたってことだろ」
無感情な声に藤代がハッと顔を上げた。
三上は机の上で付いた肘を動かさずに続ける。
「おまえみたいなプレイヤーを前にして自分の限界を知ったんだろ。だから諦めた。賢い判断だと俺は思うぜ」
「・・・・・・ッ!」
「てめぇらみてーにトップを走る奴なんかには分かんねぇだろうけどな、後から付いていく方は必死なんだよ。それこそ死に物狂いで練習して、それでも超えられない存在に何度も立ち向かっていかなきゃいけねぇ。・・・てめぇらにその辛さが分かるか?やるだけ無意味な努力をすることが」
苦しさや悲しさだけで人が成長するのなら、彼はきっと挫けたりはしなかっただろう。
だけどそれだけではないから。
すべてを凌駕するような喜びを、彼は得ることが出来なかった。
「始めっから選ばれる奴だけサッカーをしてりゃあいいんだよ。そうすればもっと簡単に諦められる」
「でもッ!真田は選ばれる奴なのに・・・ッ!」
「だったらU-15にだって選ばれただろうよ。だけど実際には選ばれなかった。追い抜こうとしても追い抜かせない奴がいて、周囲の奴等もどんどん上手くなっていく。そんな中で焦るなっていう方が無理な話だぜ」
「三上・・・・・・」
「今まで積もってきた疑念が形になったんだろうよ。別にサッカーを辞めたからって生きていけねぇことはないしな。キッパリ切り捨てるところなんかは真田らしいと思うぜ」
何もかも懸けていたサッカーを捨てて。
彼はどんな道を歩んでいくのか。
想うだけでは止められない。
彼はもう同じ世界にはいないのだから。
真田一馬はサッカーを辞めた。
2002年9月5日