・・・・・・確かに彼が意外性のある人間だということは知っていた。
頭の回転も速く、先日行われた定期試験では単独トップの座を手にしていたし、
いつも持参する美味しそうな弁当も彼自身の手によるものだと知っていた。
けれどまさか、こんな一面もあっただなんて。
野球部一同は心の底からため息をついた。
まだまだ彼は底が見えない、と。
Aren't we handsome today!
その日は土曜日だったが練習試合があり、十二支高校野球部の面々は他校まで足を伸ばした帰りだった。
高校のある駅に着いたところで解散とし、残ったのは猿野天国とレギュラー6人に一年生5人。
簡単に言えばいつも猿野天国を巡って争いを繰り広げている人物ばかりである。
そして取材ということで同行した天国の鬼ダチである沢松。
彼らは駅の改札を抜けたところで、どうやって天国をこの後デートに誘おうかと考えていた。
一人が言い出せば残りのものも黙ってはいないだろうし、むしろ妨害を始めるだろう。
よしんば勝ちを収めたところで次の敵は天国公認の親友だ。
その難関を通り抜けて天国を誘える確率なんて限りなく0に近い。
けれど諦めることは出来なくて、お互いがお互いの動向を探って無意味な威嚇が始まる。
犬飼は身長を生かして高圧的に睨み、辰羅川はメガネを光らせてかけ直す。
司馬はサングラス越しに全員の動きに視線を配り、兎丸は今すぐにでも走り出せるように足を踏み鳴らす。
虎鉄はというとペロリと唇を舐めて笑みを浮かべ、隣の猪里もやんわりと笑顔のまま。
鹿目は余裕ありげな態度で腕を組み、蛇神は片手で祈る体勢を整え目を閉じている。
キラキラと牛尾はキャプテンオーラを放ち、子津はというとただ一人「こんなところで争いはダメっす」と皆を諌めていた。
しかしそんな子津の頑張りもむなしく、バトルが始まろうとした瞬間。
「あっれぇ? 猿野じゃん! こんなとこで何やってんの!?」
聞こえたのは年頃の女子特有の甲高い声。
『猿野』という名前に反応して一同がパッと振り返る。
そして見た先にはピンクのリボンのセーラー服の女子高生が二人。
「おー坂田に小崎じゃん。久し振りだな」
「ホントひさしぶりー! あ、沢松までいる!」
「ひさしぶり。猿野君、沢松君」
「どーも、小崎さん、坂田さん」
近づいてくる少女たちに沢松が笑って手を振り返す。
茶色の髪をウェーブさせた活発そうな少女が坂田、黒髪で大人しそうな少女が小崎だと司馬は会話から目星をつける。
ピンクのリボンに校章入りのハイソックス。
ここらへんでも文武両道で有名な私立高校の制服だと虎鉄は確信した。
「それにしてもどうしてこんなとこにいんの? 確か二人って十二支に行ったんでしょ?」
首を傾げて聞く少女に猿野は一つ頷いて。
「部活で練習試合の帰りなんだよ」
「部活ぅ!? 猿野がぁ!?」
突然の大きな声に道行く人たちも振り返る。
けれど当の本人たちはというと、そんな視線には目もくれないで。
「え、嘘、ホントに!? 猿野が部活!?」
「マジだって。コイツ野球部に入ったんだよ」
「野球部・・・? 猿野君が?」
沢松が告げればもう一人の少女も驚いたように目を見開いて。
「何だよ? 俺が部活すんのがそんなに可笑しいのか?」
「おかしいって言うか変だって!」
「ちょっと朋ちゃん!」
言い過ぎる連れに少女がなだめるように声をかけるが。
「だって猿野って中学じゃ部活やってなかったじゃん!いつも助っ人ばっかりでさ!」
「「「「「「「「「「「!?」」」」」」」」」」」
驚いたのはギャラリーになりかけている野球部の面々である。
猿野天国が部活をやっていなかった?
いや、まぁそれはいいとして。
『助っ人』とは一体何・・・・・・・・・?
?マークが飛んだのが分かったのか、沢松がその場を離れて近づいてくる。
天国はいまだ少女たちと話したまま。
「天国の奴、中学じゃ部活に入ってなかったんですよ。時々どうしても勝ちたい試合があるときには助っ人として呼ばれてましたけど」
説明を受けても面々は呆然としたままで、沢松は小さく笑う。
「バスケにサッカーに剣道、はてはブラスバンドや合唱まで頼まれればなんでも引き受けてましたよ。ま、うちの中学には野球部がなかったんですけどね」
『頼まれれば=それ相応の見返りがあれば』という事実を告げることはしない。
言わなくてもいいことだから。
それは天国と沢松だけが知っていればいい。
少女たちは止まることなく話を続け、天国もそれに付き合い続ける。
ときどき柔らかく微笑なんかしたりして。
あんな優しい顔なんて滅多にしてくれないのに!と兎丸は地団駄を踏んだ。
けれど邪魔をしようものなら天国にどんな制裁を加えられるか。
・・・・・・・・・考えただけで恐ろしい。
それに大人しくしていれば中学時代の天国のエピソードが聞けるかもしれない、と皆は音を立てることなく耳を済ませていた。
そして聞こえてくる会話。
「――――――そういえば、長谷川先生が結婚したんだって」
黒髪の少女の台詞に天国はふんわりと微笑んだ。
「そっか。長谷川先生がねぇ・・・」
「猿野によろしくって言ってたよ。旦那さんは一流企業のサラリーマンなんだって」
「お、いい男捕まえたじゃん」
そう言ってカラカラと笑うけれど、こちらに広がるのは何とも言えない暗い空気。
むしろ黄泉への扉をいざ開かんというくらいのドヨドヨした空間が生じて。
どうして一中学女教師が結婚するときに『猿野によろしく』などと言うのか。
まさか。いや、そんなまさか。
そう、きっとクラス担任とかそういう関係だったんだ。
それで出来のいい生徒である天国のことをよく覚えていたとか。
きっとそうに違いない。
むしろそうであってくれ!
「長谷川先生っていうのは俺たちが三年のときに音楽の授業を担当してた先生ですよ」
沢松がサラリと告げる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・担任ではないのか・・・。
野球部の面々は額に汗を浮かべ視線を交し合った。
牛尾がチラリと横目で蛇神を見て、蛇神は無言のまま視線を司馬へと送る。
司馬はフルフルと首を振って兎丸に首をかしげ、兎丸はプイッと横を向いて猪里へ振る。
猪里は無表情のまま犬飼を睨み、犬飼は怯えながらも辰羅川へ目線を動かす。
辰羅川はずれてもいない眼鏡を直して子津に顔を向け、子津は勢いよく首を横に振って鹿目に頭を下げる。
鹿目は眉を顰めたままビシッと指を刺した。
虎鉄大河へと向かって。
もう話題を振る相手はいない。
虎鉄は蒼白になりながらも18の瞳に睨まれて、沢松へと問いかける。
冷や汗をダラダラと流しながら。
「な・・・なぁ、なんでモンキーベイベーがその先生に『よろしく』なんて言われるんDa?」
「あぁそれは」
沢松はにこやかに笑って答えた。
「天国と長谷川先生が『そういう関係』にあったからでしょう?」
―――――――――爆弾投下。
まて御門、落ち着くんだ。沢松君は『そういう関係』と言っただけで別に恋人だったと言ったわけじゃない。
牛尾は胸元のロザリオを握り締める。
へぇ・・・・・・家に帰ったらすぐにでもその『長谷川先生』とやらの周囲にチェックを入れんとね・・・。
猪里はニタリと唇を歪めた。
やはり猿野君は年上にも人気がありましたか・・・。十二支の女子および女子職員にも気を配らねばいけませんね。
辰羅川はブツブツと呟く。
他の面々も個々に苦悶したりして。
沢松はとても楽しそうに笑った。
「・・・・・・朋ちゃん、そろそろ行かなきゃ」
黒髪の少女が腕時計を見て言うと、茶髪の少女は「えーっ」と不満を漏らした。
「もうちょっと猿野と喋ってたいのにー」
「また今度会えるだろ」
「じゃあこれ私のケータイ番号!」
財布の中からカラフルなインスタントの名刺を取り出して天国に押し付ける。
「あ、じゃあ私も」
もう一人の少女も同じような名刺を取り出して。
天国は二枚の名刺を自分の胸ポケットへと仕舞いこむ。
「暇になったら電話してね」
「そう! そういえば猿野って彼女は!? いる?」
ピンッと耳が立った。
苦悩していたはずの野球部の面々は動くことさえ止めて全身すべてで天国の答えに耳を澄ます。
沢松はと言うとその様子を見て笑い死にしそうな勢いで腹をかかえて必死で堪えている。
「・・・・・・残念ながら」
苦笑した天国に少女たちは嬉しそうに笑い、野球部の面々はホッと大げさに肩を落とす。
とりあえず恋人はいないんだな、と犬飼は心臓を抑えて呟いた。
「じゃあ今度遊んでよ。猿野がいいならいつでもいいからさ!」
ほんのりと頬を染めて言った少女にビキッと体を硬くして。
振り向くことさえ出来ずに全員蒼白。
女の子からのお誘い。
ただ遊ぶだけならいいのだが(いや、それもよくはないのだけれど)、今のは微妙なニュアンスが混じってなかったか・・・・・・・・・?
まさか、そんな・・・・・・・・・。
「バーカ」
コツンと拳で軽く頭を叩いて。
「女が自分から『遊んで』なんて言うなっつーの。遊ぶだけなら一緒に遊ぼうぜ」
柔らかく微笑んで。
その整った微笑に少女たちは真っ赤に顔を染める。
そしてギュッと拳を握り締めて。
「じゃあそれ以上は私の頑張りによるってことね! 絶対負けないから!」
「と、朋ちゃんッ・・・!」
突然の宣言に黒髪の少女は顔をさらに赤く染めて。
けれど茶髪の少女は止まらない。
「だって猿野だよ!? アンタだってそう思うでしょ!?」
「えっ・・・・・・!」
真っ赤になった顔は言葉にしなくても肯定を意味していて。
天国は楽しそうに笑う。
「ま、頑張れよ」
ポジティブすぎる少女にも、大人しく控えめな少女にも同じように笑いかけて。
そして手を振って別れた。
「沢松ー・・・・・・って何やってんだ、そいつら」
天国は駅前に死屍累々と転がる部活仲間をあごで指し示した。
子津に始まり一年軍は道路に倒れこみ、二年軍二人は敗れ果てたボクサーのように膝をついている。
牛尾・鹿目・蛇神の三年軍は何とか踏みとどまってはいるものの、自力では立てず柱にもたれている状態だ。
これは人生経験の差なのかねぇ、と沢松は小さく笑う。
「あぁ、おまえの女性遍歴にダメージ受けたみたいだぜ」
「女性遍歴ってそれほどじゃねぇだろ?」
天国は首を傾げるが沢松はクククッと笑った。
「じゃあ天国、おまえ一番最初に付き合った女、覚えてるか?」
「一番最初・・・・・・?」
半ば死体と化していた男たちはそれでも耳を済ませてしまう。
天国はそれに気づいているのかいないのか(たとえ気づいていても無視をするだろうが)。
「真理亜・・・・・・いや、琴子か?」
「ちげーよ。それはキス(以上を)した相手だろ」
「なら・・・・・・」
天国は考え込むが八割が死にかけている男たちには何故か沢松の台詞の()内の部分が聞こえた。
そしてそれによりさらに死期が早まる。
止めを刺すのは当然の如く。
「わかんねぇや。セックスした女なら大体覚えてるんだけどな」
天国の百発百中の弾丸によって十二支高校野球部の有望な部員たちは全滅した。
天国が帰っていくのを見ながら沢松は最後に、と口を開く。
「アイツ、あぁ見えても女にモテますから。一癖あるタイプには特に。気をつけた方がいいっすよ」
そして天国の後を追って走り去る。
残されたのは屍と化した野球部員のみ。
・・・・・・確かに彼が意外性のある人間だということは知っていた。
頭の回転も速く、先日行われた定期試験では単独トップの座を手にしていたし、
いつも持参する美味しそうな弁当も彼自身の手によるものだと知っていた。
けれどまさか、こんな一面もあっただなんて。
野球部一同は心の底からため息をついた。
まだまだ彼は底が見えない、と。
『ヘレンの黄昏』の神条様へ相互リンク記念に献上しました
2002年9月8日