風祭将は知っている。
自分の尊敬している一つ年上のチームメイトが、ある特定の人にだけ優しいのを。
それは態度にはあまり表れない微かなものだけれど、でも絶対に。
彼は、彼だけに少し優しい。
だから言ってみた。
「翼さんって、真田君のこと好きですよね」
その日の空と同じくらい能天気な笑顔に、椎名翼は飲んでいたはちみつミルクを勢いよく噴出しかけた。
ロードサイド・フラワー
それはのどかな昼食時間。
風祭は買ってきたパンを食べていて、彼の正面に座る椎名は持参したサンドイッチを握りつぶしている。
その隣では黒川が楽しそうにオニギリを頬張って、さらにその正面では杉原がにこやかに微笑みながらお弁当をつついている。
一人だけがワナワナと震えている中で、他の三人は笑っているものだから沈黙が続いて。
押しつぶされた卵がパンの間からグラウンドへと落ちた。
「―――――・・・・・・なっ!」
「たしかにそうかもね。椎名さん、何だかんだいって真田君によく構ってるし」
杉原、笑顔で椎名のマシンガントークを不発させる。
それはもう狙ってたかのようなタイミングで。・・・・・・・・・実際に彼は狙ってやったのだろうけれど。
「―――――・・・・・・だっ!」
「さっきもフォーメーションのことで言い合いしてたしな」
二度目の不発は、黒川によって。おそらくこちらも狙ってだろう。
「―――――・・・・・・そっ!」
「でもそのときも翼さんは『おまえならこれくらい出来るんだからもっと強引にいけ』って真田君を褒めてたし」
三度目の不発は風祭によって。これはきっと天然だろうから、椎名としては何も言うことが出来ずに。
やはり三人はにこやかに笑っていて、一人は端正な顔を歪めてブスッとしている。
視線の向こうでは真田一馬が楽しそうに親友たちと昼食をとっていた。
「真田君って器用ですよね。料理も洗濯も何でも出来るし」
風祭がニコニコと笑いながら話す。
「今日のお弁当も手作りだって言ってたし。この前一緒にスーパーに行ったんだけど、魚とかを見る目も正確だったし」
それは一中学生男子としてどうなんだ、と言いたい気がしないでもないが、とりあえず。
「整理整頓が趣味だって言ってたしね。若菜君の部屋なんかもときどき片付けてあげたりしてるんだって」
杉原がニコニコと微笑んでカラアゲを箸で刺す。
つまむのではなくグサッと刺したあたりに何かを感じずにはいられないが、ここにいる三人はそれに気づかなかったり、気づいても無視をしたりして。
「習字が得意なんだろ?学校でも書道部だって言ってたしな。展覧会とかにも出品してるらしいぜ」
黒川がニヤニヤと笑ってお茶を飲む。
「そうなんだ。真田君ってすごいんだね」
「不器用そうに見えて何でも出来るタイプなのかもしれないね。郭が近くにいるから目立たないだけで」
「郭はいかにも何でも出来ますってタイプだからな。若菜も要領いいし」
「テスト前になると勉強とか一緒にしたりするんだって」
「でもいっつも若菜君が遊んじゃって勉強にならないって言ってたね」
「それで郭が怒るんだろ?目に浮かぶよな、その光景」
あははは、と三人が声をあげて笑って。
その輪の中、沈黙している者が一人。
サンドイッチはすでに原型を留めていなかった。
ガシッと胸倉を掴み上げられて風祭は目を白黒させた。
至近距離には本人に言ったら百倍返し間違いない可愛らしい顔。
けれどそれは今、般若もかくやという顔になっていて。せっかくの美少女顔が台無しである。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・将」
「は、はい?」
「さっき言ったこともう一度言ってみろ」
「さっき言ったこと?」
椎名のあまりの迫力に慌ててほんの少しだけ過去の出来事を思い返してみる。
たしか、テスト前に勉強することと、すごいってことと、スーパーに行ったことと、お弁当が手作りだってことと、器用だってことと、それと―――――。
「翼さんが真田君のことを好きってことですか?」
・・・・・・・・・・・・・・どうやらそれが正解だったらしい。
椎名は般若だった顔をさらに歪めた。
ふわふわの髪が重力に逆らって上がり、その様子はメデューサのごとしである。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜おまえ目ェ腐ってんじゃないの!?どこをどう見れば僕が真田を好きだなんて見えるわけ!?ほら言ってみな!さっさと吐け!!」
ブンブンと風祭の胸倉を掴んだまま振り回して、これで言えというのだがら理不尽にも程がある。
けれどそれを貫き通すのが椎名翼という人物であって。
判っているのかいないのか、天然素材の風祭は苦しみながらにも答えを返す。
「だ、だって・・・・・・・」
「だって!?」
恐ろしいまでの剣幕にも押されずに話す風祭はある意味大物以外の何者でもない。
「翼さん、真田君に優しいし・・・」
「ハッ!誰があんなのに優しいって!?」
「自分から挨拶したりするじゃないですか・・・」
「そんなの誰にだってするに決まってるだろ!?」
「でも僕、椎名さんが鳴海君に挨拶するのって見たことないですよ?」
小さい者同士が言い合っている横から、少しだけ大きな(比較対照150センチ)杉原が口を挟む。
その隣では大きな(比較対照同上)黒川がニヤニヤと笑いながら頷いていて。
「翼は気に入った奴にしか声かけねーからな。特に嫌いな奴には全然」
「カザ君がそのいい例ですよね」
選抜合宿のときから成長するために手を貸したりアドバイスしたりしているし。
そうコメントしながら食べ終わったお弁当を片付けている二名。
対してミニ組は昼食もまだ半分終わっていない状態。
けれど椎名にとってはそんなことよりも己の沽券を取り戻すことのほうが重要で。
そのためには今ここで叩き潰しておかないと!
・・・・・・などと何か間違ったことを考えながら、マシンガントークを食らわそうとしていた瞬間、風祭が口を開いた。
それはいたって普通に、今気づいたかのように。
塩味よりも調味料ナシよりもアッサリと。
「翼さん、ひょっとして秘密の恋だったんですか?」
「秘密の恋って、柱の影から見てるような?」
「うーん、あとは見てるだけで十分みたいな」
「恋する乙女だな、そりゃ」
そんな奴は今時いないって、と三人して声をあげて笑い合った。
しかもそんな可愛らしい行為が椎名に似合うわけがないと言い合って。
ひとしきり笑った後で、三人はあることに気づいた。
そして、おそるおそる振り返る。
「つ・・・翼、さん・・・・・・・・・?」
真っ赤になって唇を噛み締めている椎名に、三人は言葉を失うしかなかったとか。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜おまえら一度死んで来いっ!!!」
「え、うわっ!ご、ごめんなさい翼さん!すみませんっ!!」
「だってまさか椎名さんがそんなキャラだとは思わなくって」
「・・・・・・・・・・マジかよ、キャプテン」
慌てて謝る風祭、笑いながらも申し訳なさそうに言う杉原、呆れ顔満点の黒川。
そして真っ赤な顔でそれらを追いかける椎名。
今日も椎名はマシンガントークに恋心を隠して、(無意識に)真田へと構うのです。
2003年3月27日