17.春は曙、来たる新入生
地球温暖化の所為か、ただ単に暖冬だった所為か、どちらかは不明だか今年の桜は入学式よりも早く咲き誇り、新入生が並盛高校にやってくる頃にはすでにアスファルトを薄紅の絨毯へと変えていた。けれどそれも桜クラ病は治ったが、桜を嫌いになったらしい風紀委員長の気持ちを察し、自主的に風紀委員たちが清掃していた。つまり並高の入学式は、限りなく桜がない状態で行われたということである。記念写真を撮ろうとした親はさぞがっかりしただろう。
しかし、それは在校生にはあまり関係のないことだった。新二年生だって一年も並高にいたのだから知っている。つまりは触らぬが吉なのだ。今年も無事に過ごせますように、と彼らは落ちてくる桜の花びらを捕まえてゴミ箱に投げ入れながら祈るだけである。
入学式の行われた翌日から、ニ・三年生の新学期は始まる。昇降口に張られているクラス替えの紙を見て嬉しそうな声を上げる者もいれば、逆に悲しそうな声を上げる者もいる。二年生で今年一番人気のクラスは、間違いなく六組だった。
「十代目、今年もよろしくお願いしますっ!」
「ツナ、俺もよろしくなー」
「うん。俺こそ今年もよろしく」
「綱吉ー俺も俺もー」
「あぁうん、ベルもよろしく」
笑い合う獄寺と山本と綱吉、そしてベルフェゴールは二年六組になった。どう考えても厄介な獄寺を綱吉に押し付け、爽やか笑顔の下にどこか不穏な気配を漂わせる山本も綱吉の近くに置いておけば大丈夫、ベルフェゴールは言うまでもないという教師側の思惑によるものだろう。京子と花も同じ六組になっているのが、せめてもの贖罪らしい。しかし綱吉は三年生のクラス替え発表を見て心底思う。雲雀と了平とスクアーロを一緒にしたというのは凄まじい決断だ。担任が新任教師というところに並高教師たちの葛藤を覚える。でもそれは多分いじめです、と綱吉は思った。教師が登校拒否にならなければいいけれど、とも。
教室へと移動していけば、廊下にいる生徒たちが続々と振り返る。もはや彼ら四人を知らない者は並高に存在しなかった。成績優秀眉目端麗、家も金持ちだけど柄の悪いダイナマイト使い獄寺隼人。野球部の紛れもないエース、爽やかな笑みと気さくな物腰で男女ともに人気の高い日本刀所持者山本武。イタリアからの転入生で、王子という経歴を持ちながらも危険な空気で周囲を怯えさせるベルフェゴール。三年生の雲雀と了平とスクアーロを含め、彼らは自然と綱吉を中心にして動いている。その最も平凡そうに見えながらも並盛の脅威・雲雀に対抗することが出来、猫耳メイドからクールビューティーまでこなす沢田綱吉は、並高生徒からすればある種の救世主だった。彼を頼りにしていれば少なくとも平和な暮らしが送れそう。でもって僅かな楽しみも提供してもらえそう。そんなことを思う並高生たちは、今後どんな社会の荒波が押し寄せてこようとも余裕で乗りこなすことが出来るだろう。有意義な高校生活に万歳。
教室に荷物を置いて、校内アナウンスに従って始業式のため体育館へと移動していく。ちらほらと真新しい制服もあり、綱吉は思わず頬を綻ばせた。
「早いね、もう一年経つんだ」
「そうだな、何かあっという間だよな」
「えーでも俺はまだ三ヶ月だしー」
「俺はその間にベルの制服が五回も新調されたのが不思議でならないよ・・・」
「仕方ないじゃん? 返り血って結構落ちないみたいだし」
「ああそう・・・・・・」
「十代目は俺が必ず守りますから!」
「はぁ? 綱吉を守るのは俺だっての」
「うぜえんだよ、てめぇ! 果たすぞ!?」
「何、おまえ本気で俺に勝てると思ってんの? ばっかでー」
「相変わらずだなぁ、おまえら」
山本が朗らかに笑うが、険悪に言い合いを始めた二人に、やっぱり一年も経ってないんじゃないかと綱吉は思う。どう考えても成長が見られない。いや、まだ互いに武器を取り出していないところに微かな成長を感じるべきなのか。だとしたら俺小さい。周囲から視線を向けられつつ、綱吉はどんよりと肩を落として体育館に足を踏み入れた。その瞬間、懐かしい声が聞こえた。
「沢田殿っ!」
え、と思って顔を上げれば、新入生の列から一人の少年がかけてくる。色素の薄い茶色の髪に、派手ではないけれど外国人の血を感じさせる繊細な顔立ち。最後に会ったときから背が伸びているけれども、やはり目線は綱吉と同じ高さの彼は、何故か並高の制服を着ている。ネクタイのラインから察するに、一年生。
「バ、バジル君!?」
バジル君バジル君バジル君。体育館に集合していた並高ニ・三年生は心のノートに新たな名を書き込んだ。女子たちは並高美少年リストにも同じ名前を書き込んだ。しかし沢田の知り合いということは、彼もまた奇妙な内面の持ち主なのか。殿付けしているだけなら全然オッケーだから、その優しい外見を裏切らないでくれ、と願いながら生徒たちは彼らの様子を見守る。
「お久しぶりです、沢田殿!」
「久しぶり! でも何でバジル君が並高に!?」
「スクアーロとベルフェゴールが沢田殿の護衛に派遣されたと聞きまして。二人を御するのは大変だろうと、親方様から沢田殿を手助けするよう言われてきました」
「父さん・・・・・・」
「ちょーふふくー。必要ないっての」
「ベルフェゴール、そなたとスクアーロが沢田殿を殺そうとしたことを忘れたわけではなかろうな? 沢田殿が許されたから拙者も黙っているだけだ。妙な行動を取れば門外顧問の名の下にそなたらを処罰する」
不穏な言葉に新入生たちがざわめいたが、先輩方は気にするべくもない。新しい情報を心のノートに書き込むのに忙しく、説明をしてやることさえない。どうせ入学式で風紀委員長が「群れたら咬み殺す」と言っているのだろうし、身体を張ってルールを学ぶのが並高生徒というものなのだ。恐怖におののく様を見て楽しむという本音が紛れていることも否定しないが。
獄寺と山本はバジルという少年と好意的な仲らしく挨拶をしているが、ベルフェゴールは一人唇を尖らせている。しかしバジルも綱吉を特別扱いしているのだということは、この短い時間で十分すぎるほど周囲に伝わった。沢田ファミリーに一名追加、と生徒たちは確認する。しかも綱吉の表情から察するに、このバジルという少年は物騒でも何でもなく、外見どおりの穏やかで優しい性格をしているらしい。雲雀に対するときの焦りや、暴走する獄寺を止めるときの慌てるような素振りもないことから、生徒たちはそう推測して安堵した。しかし、彼らはまだまだ甘かった。
「それにしてもバジル君、年下だったんだね」
「いえ、拙者も年はよく分からないのですが、親方様が『先輩がいるなら後輩も必要だろう』と申されまして」
「・・・・・・何に必要なんだろう」
二人はそろって首を傾げるが、何となく一部の生徒たちは理解した。同じ年は基本として、先輩と後輩は確かに両方必要である。後は少し離れた年上がいれば完璧、と思ってしまってから、昨年の夏に登場したディーノという名のイタリア人を思い出して深く頷く。完璧だ。完璧なシチュエーションだ。これで沢田が女の子、もしくは沢田ファミリーが女の子だったら完璧な恋愛シミュレーションすぎてゲーム会社に投稿したい。
「でも大丈夫です、沢田殿。心配なさらないで下さい」
にこりとバジルが笑う。山本とはまた違った、爽やかな空気で。
「沢田殿が卒業するときは、拙者もこの学校を卒業しますから」
あれ、何だか三年前、雲雀さんも同じような台詞を言っていた気がする。つまりあれか、あれなのか。「僕はいつでも好きな学年だよ」ということなのか。そうだよね、二年生で学校を去るのは退学であって卒業ではないのだから。バジル君、ちょっと会わない間に性格変わった?
にこにこと向けられてくる笑顔を眺めながら綱吉がそんなことを考えていると、マイクを通して整列を促す声が聞こえる。名残惜しげに一年生の方へと戻っていくバジルに手を振りつつ、綱吉は思った。
何か俺、今年も苦労するんじゃ、と。
ファンブック発売前に書いたので、バジル君の年齢が適当です・・・。
2007年1月14日(2008年2月23日ミクシィより再録)