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16.聖戦バレンタインデー





女にとって、二月は節分よりも試験よりもずっと大事なことがある。もちろんそればかりにうつつを抜かすと後々後悔することになったりするのだが、心を誤魔化すことは出来ない。特に楽しめるのは若いうちなのだ。思春期を迎えてから結婚するまでの短い間に、存分に楽しまなくてはならない。というわけで。
「沢田君、これ受け取って下さい!」
下駄箱で女子生徒から紙袋を差し出され、綱吉は目をきょとんと丸くした。今年のバレンタインデーは、意外な受取人で幕を開けたのだ。



凄かった。何が凄いかと言えば、獄寺と山本の机、そしてロッカーだ。色とりどりの物体で溢れ返っているそれらは、むしろ床にまで零れている。椅子を引いて座ろうにも、その上にまで載っているのだからそれすら出来ない。獄寺は忌々しげに舌打ちし、さすがの山本も困ったように頭を掻いた。綱吉が感嘆の溜息を吐き出すのは、まさに他人事だからだろう。
「年々すごくなってきてるね、二人とも」
「うぜーだけっすよ、こんなの」
「俺も身体作んなきゃいけねーし、正直チョコよりはタオルとかの方が助かるな」
山本がそう言った瞬間、何人かの女子生徒が教室から飛び出していくのを綱吉は見た。今からタオルを買いに行くにしても、まだ九時前。店はやっていないだろうし、そもそも十分後の始業開始までに戻ってくることは不可能だろう。でもそこらへんをどうにかするだけのパワーが今日の女の子にはあるんだろうなぁ、と考える綱吉は正しかった。伊達に家庭教師とその愛人のバレンタイン遍歴を見てきていない。今日だけはさすがに、最強のヒットマンもポイズンクッキングからは逃げられないのだ。今頃頑張って回避しようとしているんだろうなぁ、なんて自宅の方向を眺めていると、新たなチョコレートの山が現れた。リアカーは引いていないが、サンタクロースのように白いゴミ袋を引きずっている。開いた穴からぽろぽろ零れ落ちているのはお約束で微笑ましいが、送り主の女子にしてみれば努力も灰と化すだろう。
「綱吉ー」
「・・・・・・そういやベル、顔だけはいいもんなぁ」
「えー? 俺、身体だっていけてるっしょ?」
「知らないよ、そんなの!」
ベルフェゴールは並びの良い歯を見せて笑うが、綱吉は見事なツッコミを披露した。おお漫才、とクラスメイトたちが思っていると、ベルフェゴールは足元のゴミ袋を上履きで蹴る。べる、と平仮名で書かれている上履きはまるで小学生のようだが、振る舞いは一般男子生徒から非難されるに違いない。
「何かさぁ、女が次々に寄越してくるんだけど」
毒殺にしては堂々としてるし、爆弾じゃないみたいだからとりあえず受け取ったけど、なんて続いた台詞は聞こえない。聞こえない振りをしてクラスメイトは彼らの遣り取りを見守る。イタリアからの留学生は、やはりバレンタインを知らないらしい。
「今日はバレンタインなんだよ。女の子が、好きな男にチョコレートを渡す日」
「ってことは、これを寄越した女は俺が好きってこと?」
「義理チョコとかもあるけど、まぁそうなんじゃない?」
「へー・・・・・・つまり、多くもらえた奴がモテるってことか」
男の矜持を重視した理解をすると、ベルフェゴールはポケットから携帯電話を取り出した。ついているストラップは綱吉たちとお揃いのブランドではなく、ゲームセンターで取ったらしい子猫のぬいぐるみだ。白くて耳にリボンをつけていて、身長がリンゴ五つ分、体重がリンゴ三つ分、ダニエルというボーイフレンドがいるらしい長寿キャラクターの子猫だ。先日まではお茶をモチーフにしている犬のぬいぐるみだったはずなのに、あれはどこに行ったのだろうとクラスメイトたちは思う。ナイフで切り刻まれて廃棄されたのを知っているのは、綱吉くらいのものだろう。
「あーもしもしスクアーロ? 俺俺ー。今日さぁ、女がいろいろ渡してくんじゃん? それ全部もらっといて。後でどっちが多くもらったか競争するから」
校内の携帯電話使用禁止は、ベルフェゴールには当てはまらないらしい。風紀委員に見つかったなら、最近並高生見てみたいランキングの上位に上がってきている雲雀VSベルフェゴールが実現するだろうが、それが血を見るのとイコールであることも、最近並高生たちは気づき始めている。ベルフェゴールの怪しさは獄寺や山本の比ではない。むしろ雲雀さんよりやばそう、とは一部の鋭い男子生徒の言である。
「あー? 別にいいじゃん、そこらへんに放っとけば。いい男ほどもらえるらしいしさ。あ、もしかしてスクアーロ、一個ももらえてねーの? うっわ、ダサっ! なっさけねー!」
ベルフェゴールは見下すように笑い、携帯電話から耳を離す。通話口から聞こえてくる怒鳴り声は、間違いなくスクアーロのものだろう。はぁ、と溜息を吐き出す綱吉の肩を、クラスメイトたちはぽんぽんと叩いてやりたくなった。
「とにかくそういうわけだから。あー鳥にも言っといて。それとボクシング男にも」
言うだけ言って、返事も聞かずにぶちっと通話を切る。頭上の冠は伊達じゃないのか、王族と言われても納得しそうな自分勝手さだ。彼はそのままくるりと綱吉を振り向くと、にやりと笑みを浮かべて肩を組んだ。
「綱吉は何個もらったー?」
「俺はおまえらみたいにもてないんだよ」
「そんなことありません! 十代目は渋いっす!」
「ツナもさっき貰ってたよなぁ」
先を越されたと思う女子数名、あーやっぱ沢田ももてるよなぁと思う男子数名。むしろ同性からしてみれば、顔は良いけれど気後れしそうな獄寺たちより、親しみやすい綱吉の方がもてていいんじゃないかと思ったりもする。しかし十代の女子はやはり顔が優先なのか、彼の人気はいまいちパッとしない。ビューティーツナが君臨すれば、話はまた別なのだろうが。
「おまえらも参加なー? 一番もらえなかった奴は袋叩きってことで」
「いやいやいやちょっと待て! それ、ベルが楽しいだけじゃん!」
「ぶーぶー」
「ぶーぶーじゃないから!」
ベルフェゴールは唇を尖らせたが、どうやら獄寺と山本、そして綱吉の参戦も決定したらしい。こうして並高バレンタインチョコ獲得数バトルはスタートし、その事実は光速をもってして学校中に広まった。



やはりきっかけというのは大切らしい。チョコの獲得数を競っているということを知り、「じゃああげるよー」と言って渡してくる女子が続々と増え、一年三組は休み時間の度にプレゼントの山が増えていった。もはやここまで来ると男子生徒も羨みを通り越すらしく、個人ごとの山を仕分け、数を黒板の隅に書いていってくれている。教師たちも現状を理解したらしく、そこだけラインを引いて消すことなく授業を行った。慣れってすごいとつくづく綱吉は感じていた。そしてあっという間に放課後。
「一位はやっぱり山本かぁ」
やっぱりスポーツ少年は強いという結果に到達した。山本は明るいし爽やかだし、妥当な線だろうとクラスメイトたちは思う。ちなみにこの結果は、速報として一年三組からそれぞれの友達や先輩などに携帯メールで送信されている。
「二位は雲雀さん」
雲雀本人は受け取らなかったらしいので、物はすべて応接室前に積み重ねられたらしい。風紀委員たちは委員長の人気が嬉しいらしく、いそいそと数を数え、副委員長の草壁が結果を綱吉のところまで教えに来てくれた。こういう機会でもないと雲雀にチョコレートは渡せない。女生徒の密かな人気が発揮された第二位だろうとクラスメイトたちは思う。
「三位が獄寺君とベルとスクアーロ」
「はぁ!? 何で俺がこいつらと一緒なわけ!?」
「それはこっちの台詞だ!」
「うるせぇぞぉ、てめーら!」
「あーはいはい、落ち着いて」
騒ぎ出す三人を綱吉が宥めるが、怪しげな同着の理由をクラスメイトたちは知っている。この三人は誰が上位になっても揉めるだろうから、チロルチョコの詰め合わせだとか、ポッキーの本数だとかで調整してくれるよう、綱吉が数えてくれる男子生徒たちに頼んでいたのだ。確かに獄寺VSベルフェゴールVSスクアーロも見てみたいバトルではあるが、綱吉の苦労を察知して、男子生徒たちは快く了承してくれた。というわけで同着になっている三人である。
「で、六位がお兄さんで、ビリが俺」
「え、ツナがビリ?」
「まさか、そんなことはないっすよ! 俺が数えなおしますっ!」
「いいから獄寺君! とにかく俺がビリ! 俺がビリだからね!?」
やはりクラスメイトたちは思った。沢田って優しいなぁ、と。何だかだんだん幼稚園児の世話をしている保父のように見えてきた、と。山本と獄寺は結果に不満そうだが、ベルフェゴールは逆に楽しそうだ。頭の後ろで手を組み、にやにやと笑っている。
「ってことは、綱吉がフクロ? 俺、一度手合わせしてみたかったんだよねーすっげ楽しみ!」
「う゛おぉい、俺らの役目は綱吉の護衛だぞ? 傷つけてどうすんだぁ?」
「スクアーロだってやってみたいくせに。だって綱吉はボスを倒してんだよ? こりゃ気になるっしょ」
「・・・・・・」
何その微妙な沈黙、と綱吉はツッコミしかけ、あわやビューティーツナの降臨かと期待を寄せた周囲を他所に、ほわわわんと可愛らしい声が彼らにかかる。
「ツナ君」
「きょ、京子ちゃんっ!」
あぁ、やっぱりバレンタインはこうでないとなぁとクラスメイトたちは今更ながらに思う。本来はチョコレートの数を競うイベントではないのだ。大切な想いを告げて、あわよくば恋人をゲットしちゃおうというイベントなのだ。もしかしたらそれが見れるかもしれない、と他人の恋愛だからこそわくわくと胸を弾ませて静観していると、京子が手に持っている小さな箱を綱吉へと差し出す。
「ツナ君、よかったらもらって」
「あ、ありがとう」
「今年はね、頑張って一人で作ってみたの。美味しくなかったらごめんね?」
「そんなことないよ! ・・・・・・大事に、食べるから」
微笑みあう二人は独自の世界を作り上げているが、どうやらそこから先には進まないらしい。残念、と少し思わないでもないのだが、まぁこれで平穏は保たれるだろう。綱吉の手の中にあるチョコレートと、背後にある山と、どっちが男の冥利に尽きるかと聞かれればそれはやはり沢田だよなぁとクラスメイト男子たちは思う。青少年にとって好きな子からのチョコレートに勝るものはないのだ。
このバレンタイン勝負は沢田の勝ちだと彼らは一様に思うのだった。





帰ったらハルとか凪ちゃんとかが待ってます。スタンバイバレンタイン。
2007年1月8日(2007年5月2日再録)