14.転入、降臨、美少年
たった二週間の休みに宿題を出すなんてどういう了見だ。学生たちは心の底からそう思うだろうが、クリスマスと年末年始で羽目を外させないようにするのが教育の務め。県内トップの公立高校という看板に違わず、英語のリーダーやら数学の問題集やら通常より高い難易度のそれを年賀状と共にどうにかクリアして、三学期は始まった。
聞くところによると夏休みとは違い、綱吉も日本にいたらしい。富士の樹海に行っていたとかいう密やかな噂も流れる中、今年の並盛高校は派手な幕開けで新年を迎えた。三年生が大学受験を控えて自由登校になっていたのは、まさに幸運としか言えない。進学率を気にする教師たちはどんよりと肩を撫で下ろした。そんな新年のスタートだったのだ。
ぶっちゃけ、今からでもいいから人生をやり直したいと綱吉は思った。せめて、せめてボンゴレリングなんてものを手に入れてしまう前まで戻りたい。しかしどんなに願っても目の前の光景は変わらない。教壇で、担任の横に立っている人物も変わらない。
「えー・・・・・・今日からこのクラスに入る、沢田ベルフェゴール君だ。みんな仲良くするように」
紹介が小学校低学年向けになってしまったのは仕方がない。むしろ紹介しただけ素晴らしいと綱吉は思う。つーか沢田って何。おまえ日本人だったのか。女子たちは転入生の整った容姿にひそひそと囁きを交わしているけれども、男子たちはちらちらと綱吉を振り返ってくる。突然のベルフェゴールの登場に、しかもその登場の仕方に固まっていた獄寺と山本が立ち上がった。すでにそれぞれの手にはダイナマイトと日本刀が握られている。
「てめぇ・・・っ!」
「何しに来た!?」
「何って、決まってんじゃん。てんにゅーしてきたの」
にしし、と歯を見せてベルフェゴールが笑う。確かに彼の着ているのは並盛高校の制服だった。ネクタイはしておらず、だるだるっとしたセーターがジャケットの下で揺れている。やっぱり沢田の知り合いか、と一年三組一同は思った。格好いいけど、やっぱり沢田の知り合いか。じゃあやばい奴なのか、と。
「九代目がさぁ、綱吉を守って来いって。ほら、夏に誘拐されたじゃん? あれで危機感強めたらし」
「わーっ! ベル、ベリュ、ベリュフェゴール、ストップ! はい、そこまでっ!」
「べりゅ?」
「ベベベ、ベル!」
「相変わらずだねー綱吉」
ベルフェゴールは楽しそうに笑っているが、綱吉は大慌てて教卓まで突っ走り、彼の口を両手で封じる。けれどそんなことで収まらないのは、聞き捨てならない単語を拾ってしまった獄寺と山本だ。ちなみにクラスメイトたちは聞かない振りだ。自分たちが動かずとも全然大丈夫なことを彼らは知っている。沢田は対岸。ベルフェゴールも対岸に押しやろう。
「十代目! 誘拐って何ですか!? ま、まさか・・・っ!」
「夏って、イタリアに行ってたときだよな? 日本でなら俺たちが絶対に気づくし」
「どうなんですか、十代目っ!」
「ツナ、はっきり言ってくれよ」
常以上に、それこそ戦っているとき以上に真剣な眼差しで見つめられ、綱吉は「うう」と言葉に詰まる。何だかその様子は昼ドラのようで、いろいろな意味でクラスメイトたちは楽しかった。綱吉が誘拐されるほどの金持ちもしくはマフィアだという事実は、すでに遠くに置いておこうと決めている。学校生活での綱吉自身には何の問題もないのだから、取り急ぎ警戒することもない、はず。
「・・・・・・夏、に。イタリアで一度」
ぽつりぽつりと綱吉が喋り出す。ちなみに両手はまだ、彼より背の高いベルフェゴールの口を一生懸命抑えたままだ。
「骸とXANXUSの面会に行った帰り、車に乗ったら、行きと運転手が違って。そのまま何時間か連れ回されて」
「大丈夫だったんですか!?」
「うん。すぐに九代目が手配してくれて」
「俺が綱吉を助け出したんだよなー?」
びしっと空気が固まった気がした。一月の気温よりも更に寒い。あれ、この教室のストーブ壊れてたっけ、と現実逃避すらしたくなる寒気の到来だ。器用に綱吉の手を外し、身体をくるりと反転させ、ベルフェゴールはその小さな肩に後ろから腕を乗せる。まるでおんぶお化けのような格好だ。ベルフェゴール・オン・綱吉。あわわわわわ、と綱吉が手を横に振る。
「い、言わなくてごめん! 心配かけたくなかったからさ!」
「そういうのは、言ってくれない方が心配なんだよ、ツナ」
「・・・・・・山本」
「そうっすよ。俺こそ十代目の危機に駆けつけることが出来ず、すみませんでした!」
「・・・・・・獄寺君」
おそらく感動的な場面なのだろう。感極まったように目を潤ませる綱吉に、山本は爽やかに、獄寺も彼にしか向けない笑顔を浮かべる。しかし場を読まないのはおんぶお化け、もといベルフェゴールだ。
「で、危機感を強めた九代目が俺を日本によこしたってわけ。編入試験に受かるのに三ヶ月もかかっちゃったよー。俺、学校行ってなかったし」
「っていうか、ベルって年いくつ!? もう二十歳くらいじゃなかったっけ!?」
「まだ十代だもーん」
「だもーんって、おまえいくつだよ! しかも何で沢田!」
綱吉はそんなツッコミを入れるが、問題はそこじゃないだろう。あれ? 普通に15・16歳以外の人も高一になれるんだっけ? クラスメイトたちは心中で首を傾げたが、ベルフェゴールはにかっと笑い、更に爆弾を放り落とした。
「大丈夫だって。俺よりジジイのスクアーロも転入できたんだからさ」
はぁ!? と叫ぶ獄寺と山本を他所に、綱吉は遠くイタリアの地へと視線を送った。九代目、あなた本当は俺のことが嫌いなんですか、と。
『さささ沢田綱吉君・・・! い、一年三組の沢田綱吉君! 今すぐ二年の教室に来て下さい! 頼む沢田! 早く! はや、く・・・っ!』
スピーカーから聞こえてくる悲鳴に、綱吉は走るスピードを上げた。到着が先か、校舎の崩壊が先か。雲雀さんは学校大好きのくせして扱いが雑すぎる。もしかしてサドなんじゃ。っていうかそれって今更? などと実際には口に出来ない文句を心中で連ねる。
階段まで避難してきている二年生たちも、綱吉たちが現れると左右に分かれて道を譲った。見慣れないベルフェゴールを指差し、「ちょっと格好よくない?」なんて黄色い声を上げている女子もいるが、それは大間違い、廊下中央で戦ってる人たちと同じ人種ですよ、と善意の忠告をしたいくらいだ。
二年生の教室が並ぶ階にたどり着くと、やはり金属同士のぶつかる音が響いている。どう考えてもトンファーと剣に間違いはなく、綱吉はがっくりと肩を落とした。了平はバトルに最も近い位置で、腕を組んで立っている。心なしか興奮した背中なのか気のせいだろうか。
「おお、沢田か!」
「お兄さん・・・・・・雲雀さんとスクアーロは」
「あっちで戦ってるぞ! 俺も混ざってきていいのか!?」
「良くないですから! そんな目をきらきらさせて聞かないで下さい!」
慌てて否定し、綱吉は握っていた毛糸の手袋をもそもそと装着する。ポケットに入れている携帯電話が震え、取り出せば獄寺からの着信だった。バトルを挟んで反対側の階段に行くよう指示していたのだが、そろそろ着いた頃なのだろう。
「もしもし、獄寺君? 着いた?」
『はい、到着しましたっ!』
「じゃあそっちで待機してて。一応気をつけるけど、余波が行ったらごめん。でも出来る限りみんなを守ってほしい」
『十代目がそう仰るなら!』
「ありがとう。山本にもよろしく」
ぴっと通話を切る綱吉に、ベルフェゴールが気楽に話しかける。
「綱吉、俺が行こっか? スクアーロと鳥なんか楽勝だって」
「・・・・・・ベル、その呼び方、絶対に雲雀さんの前でするなよ」
第二次どころか第三次の被害まで勃発する。一気に心労が増えた気がして、綱吉は再度溜息を吐き出した。まだ新しい年を迎えたばかりだというのに、どうしてこんなに苦労しなくてはならないのだろう。帰ったら九代目に電話しよう。綱吉は心の中でそう決めて、両手の手袋をぽんぽんと叩く。
「それじゃあ行ってくるから、ベルとお兄さんはここお願い。・・・すいませーん! 後ろ、もうちょっと下がっててくださーい! 何かもういろいろすいませんけどお願いしますー!」
階段の方でぎゅうぎゅう詰めになっている教師や生徒たちに声を張り上げる。結局校庭などに逃げていかないところを見ると、並高の面子は結構ミーハーなのかもしれない。そんなことを頭の隅っこで考えつつ、了平の「頑張れよ!」というエールやら、ベルフェゴールの笑いやらを受け取って綱吉は目を閉じた。額に、まばゆいオレンジの炎が灯って。
次の瞬間、そこに立っていたのは冷ややかで麗しい美少年だった。女子生徒の歓声が上がった。
その日を境に、並高ではひとつの有志団体が結成された。その名も「クールビューティー沢田綱吉の降臨を望む会」。末永く語り継がれるファンクラブの一桁ナンバーには、ベルフェゴールの名があったという。
ベルは綱吉+3歳、スクアーロは+4歳くらいに捏造してます。苦労が増えたよ、ツナ。
2006年12月20日(2007年3月8日再録)