13.少年よ、大志を抱け
ちょいちょいと手招きされ、綱吉は足を止めた。場所は並盛高校校舎二階、職員室前の廊下だ。放課後を迎えて騒がしくなっている人波の中、扉から顔を出している担任がちょいちょいと小さく手を振っている。周囲を見回し、その対象が自分であるらしいことを認識した綱吉は、とりあえず担任の元へと足を運んだ。顔色が悪く見えるのは気のせいだろうか。心なしか声にも張りがないような気もする。
「沢田・・・・・・今日、これから時間あるか?」
「時間ですか?」
問い返しながら、綱吉の頭に浮かんだのは共に下校するため教室で待っている獄寺の姿だ。用事があるので先に帰ってていいよ、と言ったのだけれど、彼は力強く「いいえ、待ってます!」と言っていた。満面の笑顔だった。山本は部活に行ってしまったので、心配することはない。用事も済んだ。残る問題は獄寺だけだ。
「あると言えば、ありますけど」
「じゃあ、ちょっと付き合ってくれないか? いや、説教とかそういうんじゃなくてな? ちょっと沢田の力を借りたいというか」
「・・・・・・はぁ、分かりました」
ぴこーんと綱吉の中の超直感が発動した。先に待つものが何となく分かったけれども、ここで見捨てるほど薄情ではないつもりだし、担任には何だかんだ言って多大な迷惑をかけてしまっている。まぁ教室に度々乱入してくる輩たちの尻拭いを、どうして自分がしなければいけないのかと思ってしまったりもするけれど。
獄寺に連絡するためメールを打つ許可をもらうと、その間も担任はおとなしく綱吉の同行を見守っていた。校内での携帯電話の使用禁止なんて今更守るのも難しい校則である。授業中と風紀委員の前でだけ使わなければ、もうそれでいいのだ。メールを送信して携帯をポケットに戻すと、綱吉は職員室へと招かれた。机がいくつも並び、物が雑多に置かれている。結構騒がしい室内は、意外と生徒の教室と変わりがないのかもしれない。担任について歩いていると、時折視線が向けられてくる。指差されて「あれが沢田ですよ」なんて言われてたりするが、そのどれもが悪意のあるものではなかったので、注目を浴びている理由も何となく察しがついた。
職員室の一番奥、ソファーと応接セットが用意されているところまで来ると、座っていた教師二人が立ち上がる。直接授業は持ってもらっていないけれど、顔だけは綱吉も知っていた。雲雀と了平の、それぞれの担任だ。やっぱり自分の超直感は正しいよ、と綱吉は少しだけ泣きたくなった。
勧められてソファーに座ると、驚いたことに緑茶とケーキが出てきた。生徒に賄賂を贈らなくちゃいけないだなんて、並高って大変だなぁと綱吉は思う。大変なのは一部の生徒だけだと分かってはいたけれども。
「・・・・・・先日、二年生で進路調査があったんだ」
何か一年半くらい前と同じような展開になってきている。雲雀の担任の話を聞きながら、綱吉はそう思った。あの時は獄寺と山本の進路希望調査で、何故か自分が職員室に呼び出されて茶を振舞われるという、不可思議な事態に陥った。デジャヴってこういうことか、と綱吉は身にしみて思う。
「大学進学は希望大学を三つまで、就職希望者は希望職種をそれぞれ書いてもらった。沢田も知っていると思うが、うちは進学者が毎年九割を占めていて、残りは浪人がほとんどなんだけれど」
「はぁ」
「それで・・・・・・雲雀と、笹川がなぁ・・・」
どんよりと両担任は肩を落としながら、それぞれに紙を差し出してくる。遠慮なくショートケーキを平らげた綱吉は、それらに目を通して思わず緑茶を吹きそうになった。雲雀さんって字が綺麗だなぁ、とか、お兄さんは豪快な字だなぁ、なんて思ってしまったのはおそらく現実逃避というやつだろう。しかし引き攣る頬がそれを明確に裏切ってくれる。
雲雀の調査書には、流れるような文字で「風紀委員」と書いてあった。しかしそれが大学進学の結果ならまだしも、就職希望に丸がついているのはどういうことだ。風紀委員会社ってマジであるの、とツッコミを入れたくて仕方がない。
逆に了平の調査書には、筆圧の強い字で「極限にマフィアだ!」と書いてあった。これまた就職希望に丸がついているのだけれど、それが果たして正しいのかどうかは微妙だ。そういやマフィアというものが世間一般での肩書きでどんなものになるのか、綱吉は知らない。
県内トップの進学校で、こんな調査書を提出されてしまった担任たちは、そりゃあ頭を痛めるだろう。雲雀と了平は一年生のときは同じクラスだったと聞いているが、あまりに授業と担任の胃の破壊力がすごかったため、二年では別々にされたと聞いている。しかし目の前の教師二人を見ていると、被害も二倍に広がってしまったのではないかと思えてしまう。こえー、と綱吉は心中で呟いた。マフィアにもなりたくないが、教師にもなりたくない。そのどっちにも向いている、なんて家庭教師の声が聞こえたような気がしたが、必死で脳内から消去する。
「雲雀もなぁ・・・・・・テストの成績はいいんだが、あいつは、その、あれだからなぁ・・・」
伏字に込められる意味は大きい。具体的に示したが最後、何となく背後に現れそうな神出鬼没な感もあるのだ。はぁ、と溜息を吐き出す雲雀の担任に、綱吉も乾いた笑いを漏らす。
「あー・・・・・・でも、雲雀さんは中学でも気がついたらちゃんと高校決めてましたし。もう放っといた方がいいんじゃないかと」
「そ、そうしても大丈夫か・・・?」
「多分、平気です。あぁでも変なところで特別扱いを嫌うんで、二者面談とかはちゃんとやった方がいいかと」
「・・・・・・・・・沢田、そのときは同席してくれないか・・・?」
「・・・・・・ドアのこっちで待機してます」
いくら何でも教師と雲雀に自分が入った三者面談は変則にも程があるだろう。ドアを一枚隔てたところにいる分には、まぁ実害もないだろうし。もしも「何やってるの」と問われたなら、「雲雀さんがどんな進路を選ぶのか気になって」とでも言えばいい。多少バトルが勃発するかもしれないが、雲雀が堅気でいたいのなら、彼からボンゴレリングは返してもらわなくてはならない。あれはマフィアをひきつける、猫にマタタビのような代物なのだ。それにしても雲雀さんに堅気って似合わない単語だなぁ、と綱吉は思う。
「それでな、笹川なんだが・・・・・・」
「ああ、そっちは俺がお兄さん―――笹川先輩と話してみます。いくらなんでも高校卒業した日本人がいきなりマフィアなんて有り得ないですよ」
「あぁ、そう思うんだが・・・・・・。その、一部の生徒の噂でな? 何でも、その、沢田がマフィアと関わりがあるとか」
「あはは、そんなことあるわけないじゃないですか。俺は普通の男子高校生ですよ。マフィアなんて、そんなまさか!」
「そう、そうだよな。すまん、おかしなことを言って」
「いえいえ、気にしないで下さい」
朗らかに笑いあう光景をもしも家庭教師が見ていたのなら、きっと笑顔で嘘を吐くドンの素質ににやりと唇を吊り上げただろう。人間、必死になれば何でも出来るということの良い見本だった。それだけ綱吉は必死だった。並高に入学してまだ半年と少し。日常生活に別れを告げるには早すぎる。逃がして堪るか俺の青春。ぎりぎりと水色時代に爪を立て、顔だけはにこにこと笑っている綱吉は、恐ろしいけれども哀れでもあった。
「笹川先輩は、きっと大学からボクシング推薦とか来るんじゃないですか? 後はプロボクサーとか。いい線いくと思うんですけど」
「そうだな、笹川は一芸に秀でてるからな。性格だって悪くない。プロになってもやってけるだろう」
「次の進路調査の時には違う希望を書くように言っておきますんで」
「悪いな、頼むよ」
そんなことを話していると、緑茶のお代わりと共に饅頭を振舞われた。雲雀や了平の破天荒な所業について愚痴を募らせる教師たちに、やっぱり大変なんだなぁと綱吉は思う。マフィアのボスと教育者と、どっちが大変なのかは言うまでもない。部下と生徒によって苦労の度合いは変わるのだ。
つまり自分はどうあがいても苦労するってこと? 浮かんでしまった考えに、綱吉は慌てて首を振った。緑茶で流した饅頭は少しばかり甘すぎて、胃にダメージを与えたのだった。
雲雀さんはお茶目、了平兄さんは極限に本気です。
2006年12月15日(2007年2月24日再録)