12.純愛デストロイ
並高祭は無事に終了した。一年三組がかつてないほどの収益を上げ、来客数も過去最高を記録し、その分多忙だったけれども、終わってしまえばすべて良い思い出だ。極一部良くない者もいたけれども、彼は基本的に穏やかな性格をしているので周囲に当り散らすことはない。いい奴だなぁ沢田、なんて一年三組クラスメイトたちが思っていると、花が小さなメモリーチップを彼に手渡した。
「はい、文化祭の写真。あんたが客と撮ったやつ全部入ってるから、ストーカー被害にあったらこれを持ってすぐに警察に行くのよ」
非常に先行き不安なんだか安心なんだか分からない言葉だったが、綱吉はおとなしくそれを受け取った。すぐに破棄したいと思うが、後のことを考えると何があるのか分からないのでそうも出来ない。獄寺も山本も同じようにメモリーチップを受け取った。それが文化祭の代休明けのことだった。
帰りのホームルームが終了し、それぞれ帰宅する者、部活に行く者と生徒たちは自由に動き始める。ほとんど何も入っていない鞄を持ち、獄寺は綱吉の席へとやって来た。しかし用事がない限りいつもさっさと帰る綱吉が、まだぽつんと席についているのに気づき首を傾げる。これから部活らしい山本も、大きなスポーツバッグを担いでやってきた。
「ツナ、どうした?」
「具合でも悪いんですか、十代目」
「あぁ、いや、うん・・・・・・」
二人に話し掛けられ、綱吉は曖昧に返事をする。けれど深い溜息を吐き出すと、細い肩をどんよりと落とした。
「何かさ・・・・・・もうちょっと学校にいないと、とんでもないことが起こるような気がして」
超直感が告げているのだろう。穏やかでない内容に獄寺が背を正し、山本が眉を顰める。その瞬間だった。
「つうううなあああさあああああああんっ!」
声だけなら、そう、声だけならとても可愛らしい少女の叫びが廊下に、教室に、校内に響く。まだ帰宅していなかったクラスメイトたちはびくりと肩を震わせたけれども、綱吉は逆に鞄へとつっぷした。獄寺は舌打ちし、山本は明るく笑う。それだけでクラスメイトたちは分かった。この声の主、ものすごいドップラー効果を伴って近づいてきている存在は、沢田の知り合いなのだろう。十秒もかからずに、一年三組の扉は轟音をもってして開かれた。少女の細腕のせいか、いつかの了平のように教卓を巻き込んでふっ飛んでいくことはない。あ、結構普通の人かも、なんて思ってしまった一年三組一同の認識レベルは、一般に比べかなり下がっていると思われる。
「ツナさんっ! 見つけましたぁ!」
「うるせーぞ、バカ女! 何でテメーが並高にいる!?」
「獄寺さんは関係ないです! ハルが会いに来たのはツナさんですっ!」
現れたのは、声の大きさやドアをぐわんぐわんと揺らしたとは思えない、普通の可愛らしい少女だった。長い黒髪をバレッタでまとめ、色白のうなじを覗かせている。けれど色っぽいというよりも明るさがにじみ出ていて、ぷくっと頬を膨らませて怒っているのが似合う、健康的な美少女だった。
けれどまだ帰宅していなかった男子生徒たちが注目したのは、少女の着ていた制服だ。並高のものではない、セーラー服。リボン結びのスカーフに、細かいプリーツのスカート、校章入りのハイソックス。地味ではなく清楚な印象を与えるそれは、県内でも有数のお嬢様学校―――私立緑女子学園のものだった。中高持ち上がりの、女の花園。男は老齢の教師以外、何人たりとも侵入禁止。文化祭のチケットは一人三枚まで。制服はおろか鞄でさえ裏では高く売れるという、名門屈指の女子校だ。可憐なお嬢様が多いと噂されている緑女生を目の当たりにし、にわかに教室が騒がしくなる。けれどハルはまっすぐに綱吉のところまで来ると、ぎゅっと鞄の柄を持って訴え始めた。
「ツナさん、ひどいですっ! 何でハルに何も言ってくれなかったんですか!」
「・・・・・・俺は、ハルがどうして並高の中まで入ってこれたのか、説明してくれないのがひどいと思うよ」
「ハルは下駄箱から普通に入ってきました! 途中で雲雀さんに会いましたけど、『リボーンちゃんがエスプレッソを飲みたがってます』って言ったらすんなり通してくれましたっ!」
「ひーばーりーさーん・・・・・・」
鞄につっぷしたまま、綱吉は風紀を戒めない風紀委員長の名を呟く。しかし、すでに彼は校内にいないだろう。副委員長である草壁に見回りを任せ、二階の窓から沢田家に侵入し、己の家庭教師と優雅なアフタヌーンティーを楽しんでいるに違いない。帰ったら雲雀さん。一気に帰宅したい気持ちがなえて、綱吉はどんよりとうなだれた。そんな彼の肩を揺すり、ハルは高い声で喋り続ける。
「ツナさん! 凪ちゃんやビアンキさんから聞きましたよっ! 文化祭で女装したの、何でハルに教えてくれなかったんですか!?」
突然の緑女生の登場に驚いていたクラスメイトたちも、聞いたことのある名前が出てきたことで、慌てて心のノート沢田綱吉のページを開く。人物表によれば、凪は黒曜一高に通う眼帯のフルーティーな髪形の女子。ビアンキは獄寺の姉で大人の魅力満載のイタリア人。どちらも文化祭にて確認された、綱吉に近しい人間だ。彼女らの名を出すということは、このハルという少女も沢田カテゴリーの一員なのだろう。いそいそと赤ボールペンで情報を書き込んでいく。
「あのなぁ、自分の女装を宣伝する男なんていないって、普通」
「でも、すっごく可愛かったですよっ!」
「・・・・・・あぁ、見たんだ?」
「はひっ! 凪ちゃんとリボーンちゃんが写真を見せてくれました! ずるいですよ、ツナさん! 彼氏が自分よりも可愛いなんて、ハルは一体どうすればいいんですかっ!?」
その瞬間、クラスメイトたちは心で握っていた赤ペンを落としたり、間違ってノートを破いたり、激しく線を引いてしまったりしたが、行動などには出さなかった。しかしそれぞれが信じられない面持ちで綱吉を振り返る。鞄につっぷしていた彼もさすがに動揺したのか、がばっとその顔を上げてハルを見た。
「か、彼氏じゃないだろっ!」
「はひ、間違えました!? えっと、未来の旦那様が自分よりも可愛いなんて、ハルは一体どうすればいいんですかっ!?」
「言い直しても違うし! 旦那とか、約束した覚えないから!」
綱吉が慌てて周囲を見回す。それが何を探しているのか気がついた一部のクラスメイトは、彼を安心させるように頷いてみせた。大丈夫、笹川は用事があるって言ってもう帰ったよ。その呟きはやはり心の中でのみだったけれど、綱吉も京子がいないことを確認したのか、ほっとしたように肩を下ろす。しかしハルはむうっと唇を尖らせた。
「ずるいです! ツナさんが女装するって知ってたら、ハルも緑女の文化祭休んで並高に来ました!」
「だってハル、新体操部の発表があったんだろ?」
「ありましたけど、ありましたけど! ツナさんに見てもらうために頑張って練習したのに、文化祭が同じ日だなんてひどいですっ! しかもツナさん、あんなに可愛いし!」
「そんなこと言われても全然嬉しくないんだけど」
「それはツナさんが可愛いから言えるんです! ずるいです、ツナさん! 男なのにあんなに可愛いなんて!」
「それ、逆恨みだよな!?」
綱吉は思わずつっこみを入れるが、クラスメイト女子たちは全員がハルと同意見だ。男のくせに、あんなにメイド服と猫耳が似合うってどういうこと沢田。自分たちがやらせておいて何だが、あれには女子の沽券を揺るがされた。人間はすべて男でもいいのかもしれない、なんて少しだけ思ってしまったくらいなのだ。いろいろな意味で沢田は奥深いと知った、ある意味魔の文化祭だった。
「じゃあツナさん! ツナさんは、女装したツナさんとハル、どっちが可愛いと思いますかっ!?」
「―――は、ぁ!?」
「答えて下さいっ!」
あ、何か面白いことになってきた。猫耳メイド綱吉をそれぞれに思い出していたクラスメイトたちは、ハルの言葉に意識を教室内へと戻す。眉を吊り上げているのに、頬を真っ赤に染めているハルはとても可愛らしい。そんな彼女ににじり寄られて、綱吉もつられるように顔を真っ赤にしている。綱吉と京子が並ぶと独特な世界が形成されるのはお馴染みだが、この組み合わせも結構よいかもしれない。そんなことを思うクラスメイトたちは、今まさに青春真っ盛りの青少年なのだからまっとうな反応だろう。
「えぇ・・・・・・!?」
「答えて下さい!」
「や、その・・・・・・!」
「ツナさん!」
迫るハルに、引き気味の綱吉。獄寺が割り込もうとするが、山本によって押さえられる。この分野においてはさすがに邪魔をするのもどうかと思ったのか、獄寺もしぶしぶと引き下がった。綱吉からしてみれば、助けて獄寺君、と言いたかったのかもしれないが。
じっとしばらく睨み合いが続き、先に折れたのはやはり綱吉だった。彼は女の子に弱いという認識が、一年三組内では出来つつある。意外にジェントルマン沢田綱吉。
「〜〜〜分かったよ! ハルの方が可愛いっ!」
「ほ、ほんとですか!?」
「本当だよ! 俺なんかよりハルの方が全然可愛い! 百倍は可愛い!」
「〜〜〜嬉しいですっ! ツナさん、大好きです!」
やけになった感じの断言ではあったが、ハルはそれでも十分らしい。きらきらと目を輝かせて綱吉に「大好き」と告げる。もしかしたら初めて目にした正当な告白に、クラスメイトたちは心中で「おお!」と叫んだ。やっぱり沢田ってもてるんじゃん、と再認識しながら二人を眺める。ハルは元気良く綱吉の鞄を持つと、ぐいぐいと彼の腕を引き始めた。
「ツナさん、プリクラ撮りに行きましょう! 文化祭で撮れなかった分、ハルと一緒に撮って下さい!」
「ああ・・・・・・うん、分かった。だけど女装はしないからな」
「つーかテメー! 十代目に何してやがる!」
「うるさいです、獄寺さん! ツナさんは今日はハルとデートなんです! お邪魔虫は引っ込んでて下さい!」
「何だとぉ!?」
「あはは、相変わらずだなぁ、おまえら」
引きずられていく綱吉を追い、獄寺がハルに怒鳴る。そのさらに後を山本が笑いながら追っていく。何とも騒がしい集団だけれども、すでに雲雀のいない並高内で、彼らを咎める輩はいない。やはりドップラー効果で遠ざかっていく一団を見送り、一年三組一同は心のノートを閉じた。もうそろそろ二冊目が必要になりそうな、高校一年生の秋だった。
セーラー服なのは久堂の趣味です。
2006年12月14日(2007年2月11日再録)