11.絢爛、並盛高校文化祭!





一年三組の出し物は、初日だけでものすごい売上を叩き出した。高校生の文化祭でこれだけの収益を得れば大したものだろう。おおよそを記入した中間報告を見た雲雀が「へぇ」と一言漏らすくらいには素晴らしい人気ぶりだったのだ。その一端を担った写真は、もちろん宣言通り応接室に額縁付きで飾られている。
そして二日目は、獄寺が時代劇風、山本が19世紀英国風とそれぞれのパターンを入れ替え、綱吉ことクロームはメイド服の上に髪の毛と同じ色の猫耳をつけ、スカートからは尻尾を覗かせ、見事なアニメ系キャラクターへと変身を遂げていた。それを知った客たちは、昨日来た人々も再び写真を取りたがったため、一年三組は終日フル稼働を義務付けられた。しかし最も災難なのは綱吉以外の何者でもないだろう。首に鈴付きの首輪をつけている彼に、京子がにっこりと愛らしい笑顔で「ツナ君、すっごく可愛い!」と言ったのだ。それを聞いたクラスメイトたちは、誰もがみな綱吉に同情した。好きな子を守るために女装したのに、その彼女から「可愛い」と言われてしまう男って一体。クラスメイトたちは隅で丸くなっていじける綱吉に優しくしてあげようと心に決めた。でも似合うのは本当だよ、とやはり心中で思っていたけれども。
ヤケになった笑顔で応対する綱吉と、彼の頑張りを無駄にするわけにはいかないと思ったらしい獄寺と山本により、一層「並盛写真館」は繁盛した。二日目の開場して二時間が経った11時ごろまで、忙しいけれどもとりあえずは平穏だったのだ。



「ここから沢田綱吉の匂いがするびょん」
そんな言葉と共に、撮影室のドアががらりと開いた。現れたのはニット帽の男子と、髪の毛をつんつんとさせている男子と、眼帯をしている小柄な女子だ。本来ならば撮影室は、隣の教室で受付を済まし、衣装に着替えた客しか入れないことになっている。故に唐突にドアを開いて現れた三人に、中にいた一年三組の生徒は慌てた。すいません、隣で受付をしてから。そう言いかけて、彼らは一様に気がついた。登場した三人が着ているのは、ここから歩いて五分のところにある黒曜第一高校のものだ。そしてニット帽。あれ、何だかこのフレーズに聞き覚えがある。黒曜一高、ニット帽、犬、パイナップル女。言ったのは誰だ。弁当。そうだ、雲雀さんだ。沢田の弁当を食べながら雲雀さんが言ってたじゃないか。新しく黒曜一高を仕切ることになった一年生三人組。そういえば髪をつんつんとさせている男子は犬歯が鋭くて動物を思わせるし、小柄な女子の髪形はどことなくフルーティーだ。つまりあれか、これが例の三人組か。沢田の子飼いじゃないけど知り合いという。それならば放っておくのが一番無難。そう考え、クラスメイトたちは注意するのを止めた。後はよろしく沢田、と観客に徹する用意をする。
「何だおまえら、やっぱり来たのか」
山本が明るく声をかける。沢田の知り合い=獄寺と山本の知り合い、という方程式は、すでに一年三組では学習済みだ。
「こいつが来たいって言うから仕方なくだびょん」
髪の毛つんつん、長いので犬でいいやとクラスメイトたちが略称を決めていると、彼によって指さされたフルーティーな女子はきょろきょろと撮影室内を見回している。山本を素通り、獄寺を素通り。そうすると残る目当ては綱吉くらいしかないのだが、奥にいる猫耳メイドが彼だとは分からないらしい。しかし直感が働いたのか、左目だけでじっと奥を見つめている。ぴょこん、と動かないはずの綱吉の尻尾が逆立ったようにクラスメイトには見えた。
「・・・・・・犬、沢田綱吉は?」
眼鏡を押し上げ、ニット帽がやる気なさげな声で呟く。くんくんと鼻を鳴らして匂いをかいでいる犬に、やっぱりこれが噂の三人組だ、とクラスメイトたちは確信した。そして見事に猫耳メイドを指さした彼は、やはり動物だと感心する。雲雀さん、あなた正しい。犬と綱吉の目が合った。ニット帽の目が少しだけ見開かれた。フルーティーな女子が、ほう、と感嘆の溜息を吐き出す。
「ボス、可愛い」
「ああああああああああっ! だから来るなって言ったのに! 何で来るんだよ、凪っ!」
「だって、ボスに会いたかったんだもの」
「つーか何で止めてくれなかったんだよ! 千種さんも犬さんも!」
「・・・・・・めんどい」
「俺知らねーびょん」
綱吉が猫耳をぴくぴくさせて頭を抱えるが、クラスメイトたちは合点がいった。綱吉は今、フルーティーな女子を「凪」と呼んだ。つまり彼女は、先日の雲雀VS獄寺・山本、飛び入り参加了平バトルを巻き起こした原因である、綱吉へ電話を入れてきた少女なのだ。やっぱり美少女じゃん、と男子たちは思う。どことなくアンニュイな雰囲気を持つ凪は、ブーツのかかとを鳴らして綱吉へと近づく。自然と人波が分かれ、彼女に道を譲った。
「ボス、可愛い。すごく可愛い」
「嬉しくないよ、凪・・・・・・」
「骸様が見たら、きっと喜ぶ」
「高笑いするあいつが目に浮かぶよ・・・・・・」
がっくりとうなだれている綱吉の隣に膝をつき、凪は鞄の中から財布を取り出す。それが綱吉のストラップと同じブランドのものだということに気がついたのは、ほんの一部のクラスメイトだけだった。千円札を一枚と五百円玉を一つ取り出し、凪はカメラ担当へと差し出す。
「撮って」
「あっ、は、はいっ!」
凪に見惚れていたらしい男子は、慌ててデジタルカメラを構える。レンズが向けられると笑顔になる綱吉は、モデルが天職なのか、もしくは完全なヤケだろう。凪と両手の指を絡ませ、向かい合うように膝立ちして首を傾けている姿は美少女ユニット以外の何物でもなかった。五回フラッシュがたかれている間に、ニット帽―――おそらく千種と思われる男子が、これまた1500円を近くの生徒に渡し、領収書を所望している。
「げっ! 柿ピーまで何考えてんの!?」
「・・・・・・骸様が、多分欲しがる」
「じゃー俺も撮って、骸さんに自慢しちゃおー」
彼らの言っている「ムクロサマ」とは、クラスメイトたちの記憶が確かならば、獄中にいるらしいムクロさんだろう。雲雀さんが出てくるのを待っている、沢田の知り合い。なるほど、彼ら三人はムクロさんの部下なのか。一年三組の面々は、綱吉に関する人間関係を一つ理解した。沢田、おまえやっぱり類友なんじゃ、と思いながら。



昼を少し回った頃に、撮影室はまた違った騒ぎに見舞われた。今度は先ほどの危険性を帯びた組み合わせではなく、子供たちによる純粋な騒々しさだ。おそらく小学校高学年だろうと思われる少年が、綱吉の前に立ち瞳をきらきらと輝かせている。将来有望な美少年ね、とクラスメイト女子たちは評価した。
「ツナ兄、すっごく可愛いよ! 猫耳の似合うランキングの一位間違いないよっ!」
「ありがとう、フゥ太・・・・・・」
「サワダサン、スゴクカワイイ!」
「ありがとう、イーピン・・・・・・」
「ツナ! 俺っちが大きくなったらお嫁さんにしてやってもいいぞっ!」
「それは無理だよ、ランボ・・・・・・」
小学校低学年だろう三つ編みの少女が片言で、ふわふわ黒髪に牛柄シャツの少年が元気な声で、それぞれに綱吉を褒め立てる。本来ならば獄寺が「十代目に何ふざけたこと言ってんだバカ牛!」と怒鳴り散らすはずだが、彼は今、見事に着物を着こなしている自身の姉と写真を撮らされまくっていた。渡されたのが万札だったので、それなりの時間がかかるだろう。ビアンキが獄寺の姉ということで女生徒が、かなりの美人ということで男子生徒が、それぞれ時代劇スペースに集中している。そのおかげで子供たちが少々騒いでも迷惑にはならなかったので、ありがとう獄寺君、と心中で綱吉は礼を言った。しかし、彼はまだ甘かった。
「つっくーん! どう? お母さん似合うかしら?」
そんな可愛らしい声と共に撮影室のドアが開かれ、中にいた人々は何気なく視線を動かし、絶句した。度肝を抜かれた。天使の降臨だと言われても信じただろう。現れたのは黒の膝丈ワンピースに白のフリルエプロンをし、ヘッドドレスをまとった、少しおとなしめではあるが完璧なメイドさんだった。むしろクラシカルなところが清楚な印象を手助けし、素材の魅力を全開で引き立てている。そんな彼女は綱吉と、今日はクロームと名乗っている猫耳メイドとそっくりだった。髪が長いか短いかの差だけで、後はほとんどのパーツが一緒である。並べばさらに見分けがつかず、双子としか思えない。ぎゃあ、と綱吉が叫ぶ。
「母さんっ!? 何て格好してんの!?」
「だって京子ちゃんと花ちゃんが、『せっかくだからお揃いはどうですか』って言ってくれたんだもの」
「黒川・・・・・・!」
「でもダメね、やっぱり恥ずかしいわ。つっくんみたいに若くないからかしら」
「若さで似合って堪るか・・・!」
綱吉は怒りを漂わせているが、驚愕の周囲はそんなものを意識すらしなかった。この、可愛らしい清楚なメイドさんが、沢田の母親? この、制服を着れば間違いなく女子高生に見える人が、沢田の母親? この、頬を染めてはにかんでいる美少女が、沢田の母親? 嘘だろ、という叫びは間違いなくその場にいた全員の声だった。何これ沢田って家族そろってエイリアン!? つーかお母様、若さを保つ秘訣は何ですか!? 沢田、おまえマジ何で女に生まれなかった! 悲鳴すら聞こえそうな周囲をよそに、着物姿のビアンキが獄寺の横から声をかけてくる。
「素敵よ、ママン。とてもよく似合ってるわ」
「ありがとう、ビアンキちゃん」
「綺麗だよ、ママン!」
「スゴク、キレイ!」
「ママン、ツナそっくりだぞ!」
「ありがとう、フゥ太君、イーピンちゃん、ランボ君」
微笑んでいる顔は、よく見れば綱吉よりも柔らかいかもしれない。綱吉がヤケになっている今だからこそ、そう感じるのかもしれないが。とにかく一年三組はしばらく、綱吉と彼の母親による撮影会に終始した。可愛らしいメイド二人によって、一層申し込み希望者が増したのは確実だった。



はっきり言って、客全員をさばくことは不可能だった。文化祭は四時終了だったが、一年三組は延長の危険性を考え、申し込みを三時までとし、残りの一時間でひたすらに客の応対をした。どうにか最後の客まで見送り、綱吉はその場に崩れるように座り込む。
「終わった・・・・・・っ!」
心底疲れ切った彼の声に、クラスメイトたちから慰労の拍手が起こる。それは獄寺や山本にも向けられ、彼らも同じように綱吉の傍に座り込んだ。
「お疲れ様でした、十代目!」
「それにしても俺たち、どこにも見に行けなかったな。休憩も全然取れなかったし」
「ハルの文化祭と重なったのがせめてもの救いだったよ・・・」
本日一年三組を強襲していった面子は、その足でハルの通う緑女子高校の文化祭に行っている。日付が重なったことでハル本人は「さぼってでもツナさんのところに行きますーっ!」と叫んでいたが、やはり新体操部の発表は休めなかったらしい。いい加減に猫耳とヴィックを外してしまおうと綱吉が頭に手をやったとき、教室の扉が開かれた。げ、と呟いたのは間違いなく綱吉だ。何も知らない女生徒が現れた人物に腰を折って話し掛ける。
「ごめんね、もう写真は終わっちゃったの。あ、それとも迷子かな?」
「・・・・・・・・・ごめん、それ、俺の知り合い。悪いけど通してやって」
沢田の知り合い来ましたー! やっぱり沢田で始まった文化祭は沢田で終わるべきだろう。期待すら抱き始めたクラスメイトたちが素直に道を開けると、小さな人物は堂々と教室の中を横断していく。外見は小学生以下どころか幼稚園に入学しているのかどうかの年齢に見えるのに、隙なく着こなされた黒のスーツが何故かとても様になっている。獄寺が立ち上がり、子供に向かって頭を下げた。
「こんにちは、リボーンさん!」
「よぉ、獄寺。似合ってんじゃねーか」
「やっぱり坊主も来たかぁ」
「ちゃおっす、山本。せっかくのイベントだからな。雲雀から招待状ももらったし、そこそこ楽しめたぞ」
子供の口から風紀委員長の名前が出てきたことに、クラスメイトたちは息を飲んだ。綱吉と雲雀が懇意らしいことは判明しているが、雲雀という男は子供の情操教育にとって間違いなくよろしくない存在である。三つ子の魂百までと言うが、今からでもまだ間に合う。その子を雲雀さんから遠ざけろ沢田、とクラスメイトたちは思った。
子供は綱吉の目の前に立ち、小さな手を彼の頭へと伸ばす。茶色の猫耳を引っ張るが、当然のごとく痛みが生じるわけがない。つまらなさそうに手が離れたところで、綱吉は本日最大の溜息を吐き出した。
「・・・・・・そうだよな、おまえが来ないはずないよな・・・・・・」
「何言ってやがる、ダメツナ。笑えるほどに似合ってるぞ」
「そーかそーかじゃあ笑ってくれ。いっそ笑われた方が諦めもつく」
「あははははははは」
「無表情で笑うなよ。怖いよ、おまえ・・・・・・」
どうやら子供のポジションは獄寺や山本よりも上で、もしかしたら雲雀よりも上なのかもしれない。綱吉とのパワーバランスは微妙なところだが、これは只者ではないぞ、とクラスメイトたちは気を引き締めた。心のノート沢田綱吉のページを広げる。すでに赤ペンばかりのそこに、今回は青ペンを用意しながら。
「新しい発見だな。今後はこの路線で行くか?」
「勘弁してよ・・・・・・。ただでさえダメージ大きいんだから」
「マフィアのボスたるもの変装の一つや二つは当然だぞ」
「いやいやいや、そもそもそんなものになる気ないから」
その瞬間、クラスメイトたちの中で今までのすべての出来事が一本の線で持って繋がった。マフィアのボス。つまりはそういうことなのだろう。雲雀たちとの関係も、イタリア在住の金持ちも、すべてはそれ故の出来事なのだ。クラスメイトたちは心のノートにしっかりと書き込んだ。沢田は対岸で眺めるに限る、と。
子供はぽすんと綱吉の膝に乗り上げる。目をパチパチと瞬いている猫耳メイドをよそに、彼は獄寺へと命じた。
「早く撮れ」
しばしシャッター音が続き、黒スーツの子供と猫耳メイドという倒錯的な光景が終了すると、子供はすたすたと教室を横切っていく。去り際にニヒルな笑みで彼は告げた。
「ツナ、代金は払っておけよ」
「〜〜〜〜〜〜最後の最後までこれかよちくしょーっ!」
猫耳とウィッグが勢い良く床に叩きつけられる。拡声器から聞こえてくるのは、これからグラウンドで行われる後夜祭の呼びかけだ。窓から差し込む夕日がまぶしい。



こうして並高祭は派手なインパクトを周囲に残しつつも、無事に終了したのだった。





ポイントは言わずもがな奈々ママです。沢田エセ姉妹万歳!
2006年12月10日(2007年2月7日再録)