10.豪華、並盛高校文化祭!
中間試験が終了し、並盛高校は怒涛の文化祭準備期間に突入した。一年三組は隣の四組が中庭でポップコーンを販売するということを聞きつけ、教室を貸してもらうよう打診し了解を取り付けた。ちなみに交渉に行ったのは京子だ。綱吉は衣装担当の女子に捕まり、身長から肩幅に腰周り、ついでに胸囲や足のサイズまで計測され、きゃー沢田って結構いい身体してるじゃない、とぺたぺた触られて悲鳴を上げていたのである。山本は気軽に喋りながら、獄寺は眉間に皺を寄せながら、出来上がった服を次々と試着していた。男子は写真撮影に使う背景を作ったり、簡易更衣室となる仕切りを段ボールで組み立てたりと、毎日下校時刻ぎりぎりになるまで準備は続いた。けれども下校時刻を過ぎると残っている生徒が一人もいないというのは、さすが風紀委員の仕切る文化祭である。ちなみに当日は抜き打ちチェックが委員長じきじきにあるらしいので、全クラスともに滅多なことは出来ないと気を揉んでいた。二重帳簿なんてもっての外。雲雀の嗅覚おそるべし、だ。
そして必死の作業も終焉を迎え、ついに並盛高校文化祭―――略して並高祭は、快晴の空の下、その幕を開けた。
結果から言えば、一年三組の「並盛写真館〜素敵なあの人と素敵な写真を撮りましょう〜」は大成功だった。これなら黒字間違いないと、初日の昼に確信させたくらいに、人の入りが凄まじかったのだ。
「はーい、獄寺は只今15分待ちでーす! 衣装とポーズを選んで、番号札をもらって待っててくださーい!」
「山本君をご指名の40番の方、撮影室へどうぞー!」
ただでさえいつも以上に人の多い廊下が、一年三組のまえだけ元旦の明治神宮のようになっている。あまりの人だかりに興味を引かれてやってきた人々が、出し物であるコスプレではなく、それに付属してくるモデルに見入り、いそいそと申し込みの最後尾に並ぶものだから列はどんどん長くなっていくばかりだ。あまりの好調ぶりに、発案者の花は喜びを通り過ぎ頬を引きつらせた。
撮影室のドアは常に締め切り、室内での撮影は専用のデジタルカメラのみ。価値を下げないため携帯による撮影も禁止した。いつもは机の並んでいるだけの教室も、今日は完全な異世界になっている。
「はい、獄寺君ご指名ねー。パターンはどれにします?」
「えっと、じゃあ、一番のダンスパーティー編で」
頬をバラ色に染めて少女が申告する。彼女が着ているのはワンピースにレースやらリボンやらを付け加えて細工したドレスだ。そして仏頂面で彼女の手を取り、優雅な育ちを感じさせる仕草でダンススタイルを構える獄寺は、仕立てのいいスーツで身を固めている。背景の絵は上流階級のパーティー会場。
獄寺は19世紀英国風がテーマだった。紳士な格好に身を包んでいる彼と一緒に写真が撮れる。ちなみにポーズはダンスパーティー編、手の甲に口付け編、並んで撮影の三パターン。
「はい、山本33番の方、写真出来ましたよ」
「きゃーっ! ありがとうございます!」
着物に身を包んでいる少女が歓声を上げながらプリントアウトされた写真を受け取る。襟口を合わせてボタンで止め、これまた帯をマジックテープで貼り付けるだけの着物だが、十分に感じは出ている。背景に江戸の下町を従えつつ、プラスティックで出来た刀を構えている山本は渋い色の着流しだ。
彼のテーマは日本時代劇風。着物に身を包んでいる山本と一緒に写真が撮れる。パターンは団子屋看板娘とその幼馴染、姫様を守るお侍、そして並んで撮影の三種だ。
彼らの人気は凄まじかった。しかも自分がヒロインになれるということで更に需要は増し、ほとんどの女性が全パターンを二人分、つまりは一枚300円×3種×2人=1800円を支払い、六枚の写真を購入していく。黒字だ黒字。打ち上げ+返金の文字が一年三組一同の頭をひらひらと漂っている。
しかし一番の功労者は何と言っても彼―――いや、彼女だった。
撮影室の一番奥、そこはもはや異世界どころか亜空間に変わっていた。何と言うか、すごい。ものすごい。獄寺と山本に群がっているのが女性ならば、そこは男八割、女二割で構成されていた。お屋敷風の背景をバックに、椅子に座っている客人を、メイド服に身を包んだ少女がもてなしている。
「ご主人様、お口を開けて下さいませ」
メイドの言葉に、少年がぽかんと無意識のまま口を開ける。そこにポッキーが少女の手によって差し入れられた瞬間、デジタルカメラのフラッシュが光る。はい撮影終了です、なんて声が聞こえても少年は立ち上がれない。視線はメイドに向けられたままだ。
沢田綱吉―――今日に限っては素性を秘するためにクロームと名乗っている彼は、ミニスカートに胸を強調した現代アニメ風のメイド服を着ていた。しかしそれが見事なほどに似合っているのだ。ふわふわのウィッグとうっすらとした化粧が効果を倍増させ、どこからどう見ても美少女以外の何者にも見えない。
彼のこの姿がお披露目されたとき、クラスメイト女子たちは本気で「何こいつ」と思った。「何この可愛さ。男でこれってどういうこと。私たちへの挑戦?」とまで思った。そして男子たちは、「沢田、何で女に生まれてきてくれなかったんだよ!」と心中で号泣した。男泣きだった。結局のところは、沢田って何でもありだという結論で落ち着いたのだけれども。
メイドな綱吉のポーズも三種類あり、ポッキーあーん編、ご主人様の足元にお座り編、そして並んで撮影だった。一番人気は意外にも足元お座り編で、可愛らしい美少女を屈服させたがる男の性を見込むという花の意見を、綱吉はうんざりしながらも認めざるを得なかった。今日の彼は死ぬ気で女を演じている。
そして嵐は訪れた。
最初の嵐は並高関係者だった。抜き打ちチェックが行われるという噂に違わず現れた風紀委員長―――雲雀は、撮影室内を一瞥し、最奥のメイドに目を止めた。その瞬間、滅多に崩れない彼の表情が動いたのを綱吉は見逃さなかった。顔が引きつるのを堪えきれない。あぁ笑われる、と今にも泣きそうになっていると、雲雀が近くの生徒を振り返る。
「一枚300円?」
「えっ!? あ、はははははいっ!」
ちゃりーん。小銭が鳴った。百円玉が三枚、雲雀の手からその生徒の手へと移動した。そしてすたすたと教室を横切ると、山のように連なっている順番待ちの男たちをポイ捨てし、さっさと背景の前を陣取る。顔を引きつらせたままの綱吉を上から下まで眺めまわすと、雲雀はそれはそれは楽しそうに唇の端を吊り上げた。
「よく化けたもんだね」
「す、すすすすすすすすすいません・・・・・・っ!」
「何で謝るのさ。褒めてるんだけど」
「あ、ああああああああありがとうございます・・・・・・っ!」
「ポーズは何でもいいの?」
「や、えっと、一応決まってて」
「ふぅん。面倒だからいいよ、これで」
雲雀はそう言うなり、見事なスピードで綱吉の手首を掴むと、足払いを仕掛けてテーブルの上に押し倒した。上がった悲鳴は何に対してのものなのだろう。雲雀という美形がメイドに迫っている光景に対してなのかもしれないし、倒れた拍子にめくれ上がったスカートから覗く白い太股に対してなのかもしれない。どちらにせよ雲雀の暴挙に対する非難の悲鳴はまったく聞こえず、綱吉は人間って何て薄情なんだろうと思った。獄寺と山本が止めようと人波をかき分けてくる前に、雲雀の視線を受けてシャッターを押してしまったカメラ担当により撮影は終了する。現像された写真に、雲雀は満足そうに笑った。
「応接室に飾ってあげるよ」
「マジで止めて下さい・・・・・・」
よよよ、と泣き崩れる綱吉はちゃんと理解している。並高祭はまだ始まったばかりで、今日の午後と明日丸一日、この状況が続くのだ。
そしてイベント時には必ずと言っていいほど騒ぎ出す自分の知り合いたちのことを、綱吉は嫌というほど理解していた。
ツナは女の子の振りをしているので、クロームを名乗っております。いわゆる源氏名。凪ちゃんは「六道凪」で女子高生をやってます。
2006年12月9日(2007年2月3日再録)